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創世の書  作者: マリヤ
第一章 赤の書
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職業申請

 施政所の中は人でごった返している。通常の施政所業務はもちろんのこと、首都でしか行えない業務も存在しているためだ。新成人の職業申請や身分証の交付のため絶えず人が訪れることになる。

 五人は案内板を見て三階に上がる。昇級や身分証発行は受付が三階にあるのだ。

 三階も人が多く、順番待ちの札を受け取って空いた席に座る。受付もずらっと数十人が並んでいるがそれでも処理には時間がかかるようだ。


「その、イサラさんは職を得たらどうするんだ? やっぱり国の研究機関か? あ、いや、それは難しいのか……」

 たとえ今回受からなかったとしても諦めるようには思えない。なら仮に合格したならどうするのだろう。話によると研究機関への立ち入りは禁止されているようだが、それでも就職を望むのだろうか。

「いえ、わたしは旅をしようと考えています」

「旅?」

 予想外の答えだった。たとえこの国の研究機関に入れなくても、他国なら受け入れてくれるところもある。むしろ、研究家職に就いて、研究機関に属さないものの方が珍しいのだ。


「はい。研究機関に入る人は多いそうですが、わたしには目的があります。興味深い実験などがありましたら、ぜひ見てみたいとは思いますが。しかし、世界には、研究機関の外にはまだまだたくさんの謎があります。色々な知識や魔術が眠ったままです。わたしはそれを解き明かし、発展させ、いつか世界のために役立てたいと思っています。それがわたしの使命なのだと、考えています」

 単なる思い付きか当てつけかと考えていたが、そんな小さなものではなかった。それよりもずっとはっきりとした、しっかりとした大きな展望。ぼんやりしているように見えて、強い意思の力。


 ジェイドは圧倒される思いだった。自分が心配するまでもない。彼女は強い。たとえ一度や二度つまずいたところであきらめることなんてない。くじけたりしない。必ず夢をつかむだろう。

 なんだか自分まで力のわいてきたジェイドは、ヨシッと気合を入れなおす。

 一般職と技能職とでは受付が異なり、ナルとハレスは先に受付を済ませる。やはり身分証の発行は昼からになるようで、それまで施政所の中で時間をつぶすことにしたようだ。下手に出歩いて、迷子になったり先ほどのようなことに巻き込まれてはたまらないと考えたのだろう。


 レオルやイサラの待ち時間によっては街に繰り出そう、そう計画しているようだ。

「……それにしても、暑くないか? まだ夏になっていないとはいえ、ヤックなんて着てて」

 イサラ達の故郷ではようやく雪解けを迎えた頃だが、暦の上では初夏。少し気温も上がってきている。ジェイドもヤックは持っているが、荷物の下の方に押し込んでいる。

 北国といえど夏場に毛皮の防寒着は暑い。そんな場違いな格好をしているからごろつきたちに狙われるのだ。


 ヤックはトレスという魔物の毛皮から作られており、その毛は水を弾き皮は保温に長けている。雪国では欠かせない防寒具となる。形としては全身を覆うローブのようなもので、フードもついている。モフモフした見た目に反して軽いのも特徴で、冬場になると誰もが身に付けている。

 便利なのだが、やはり動きは鈍くなるし、夏場に着るべきものではない。まだヤックを着ていられるような所から来たのではなおさら暑いのではないか。

 寒い地方の出身者は暑さに弱い傾向にある。それなのに、辺境の村から来た四人は涼しい顔でけろりとしている。やせ我慢をしているわけではないのは、額に汗一つ浮かばないことから確かだ。むしろ薄着の自分より快適そうに見える。


「暑くねーよ。ミール村のヤックは寒暖両用でみんな年中着てる。いろいろと便利だしな」

「寒暖両用?」

 ずっとふてくされていたレオルがぶっきらぼうに答えるが、その内容の方が気になり怒りがわいてこない。ヤックは国や地域によってさまざまに手を加えたりデザインが変わったりしているが、寒暖両用のものなど聞いたことがない。

 見た目は自分の持っているものとあまり変わりがない。しいていえば、首の前で留め具になっている飾りくらいのものだ。こぶし大の逆三角形で、普通の留め具よりも大きい。


 不思議な光沢のある石がはめられているそれは、個人で色が違う。レオルは藍色、イサラは透明、ナルは緑で、ハレスは青だ。イサラを除けば髪の色と共通している。

「はい。ミール村は一年の大半が雪に閉ざされておりますので、少しでも使いやすいようにと改良いたしました」

「ってことは、イサラさんが?!」

「はい。みなさんにも気に入っていただけて何よりです」

 まさか独学でそこまでできるようになるとは。試験もひょっとすればうまくいくのでは? ジェイドの中にそんな考えが浮かんでくる。そうだ。今からでも遅くはない。

 試験はある一定の人数がそろわなければ行われない。その間に知り合いから問題集を借りられたなら。

 気分が高揚するジェイドだが、その目論見は見事に打ち砕かれた。受付から帰ってきたイサラの言葉によって。


「試験日、今日になりました。わたしの申し込みでちょうど定員の四十名になったそうです。九時から試験開始ですので、あと半刻ほどですね」

 イサラは嬉しそうに受験票を見せる。ファンダリアでは一時間を四つに分け、一刻、二刻(半刻)、三刻と呼んでいる。

「そっか! すげータイミングいいな。となると、俺も今日が試験だといいんだけどな」

「試験かー、じゃあ終わるまで街の散策は無理ね。いつぐらいに終わるの?」

「そうですね。少なくとも昼過ぎまではかかるようです。夕方までには終わるようですが」


 イサラは受験票に書かれている時間を見る。開始時間は書かれているが、終了時間はそれぞれに違うようだ。

「ってことは、俺達は身分証をもらってもイサラの終了待ちになるわけだ」

 ハレスも受験票を覗き込んで難しい顔をする。どう時間をつぶそうか考えているのだろう。

「あっ、ならわたしがついていってあげようか? これでもそれなりに街には詳しいし。試験会場にわたしは入れないと思うし」

 難しい顔で考え込む二人に、フィオナが胸をたたいて請け負う。イサラの付き添いで何度もツィベルには来たことがある。主な場所くらいなら案内できるくらいには詳しい。


「でもなー、もしあんなのがまたいたら」

「あー、何なら俺もついてってやろうか? この街出身ってわけじゃないが、まあそれなりには利用してるからな」

 それでも渋る二人に、ジェイドが買って出る。イサラのことがなくても、もともと情には厚いジェイド。見知らぬ都会に出て戸惑っている後輩達の面倒を見ることくらいなんでもない。

「そうですね。フィオナ、ジェイド、お願いできますか?」

「任せて! 後悔はさせないわ。適当な時間に戻ってくるから、試験が終わったら一階のロビーで待ち合わせをしましょ」

「あ、ああ。任せてくれ!」

 イサラはフィオナを信頼していたし、ジェイドがついてくれるなら心配もない。彼らになら二人を任せても大丈夫だろう。ジェイドも前のめりに二つ返事で受けてくれる。

 二人も乗り気で、今からお土産の話をしている。


「じゃあ、イサラも頑張ってね!」

「そうだな。いつも通りやれば大丈夫だろ」

「頑張って来いよ」

 ナル、ハレス、レオルと同郷の幼馴染たちが声援を送る。

「あ、あの、イサラさん」

 長い付き合いの彼らとは違い、ジェイドは何と言っていいのか分からない。すぐに試験を受けられると喜んでいる彼女に、何を言えばいいのか。


「きっと、きっと合格する。だから……」

「はい、ありがとうございます」

 だから、もし不合格でも落ち込むな。という言葉は対にジェイドの口からは出なかった。言えるわけがない。もうすぐ試験本番なのだから。その直前に不吉な言葉などかけられるわけがなかった。

 足取り軽く試験会場に向かうイサラの背中を見送ることしかできなかった。


「ちょうど俺も今日試験受けられるってよ。幸先いいな。俺のは十時だからまだ時間に余裕があるし」

 受付を済ませたレオルが帰ってくる。イサラの方が試験が後になるだろうと考えていただけに、自分が足を引っ張ることにならなくて安堵していた。こういう運も旅をする上では欠かせない。

「ん? どうしたんだ?」

 ジェイドの表情に気付いてレオルが声をかける。気に食わない相手とはいえ、イサラを大切に思っているという点では共通するものがある。らしくなく沈んでいると少し気になる。あくまで少しだ。


「お前、イサラさんは合格すると思ってるか?」

 なんだ、そんなことを悩んでいたのか。レオルは心配して損したという思いがぬぐえない。顔にもそれが現れる。

 まあ、イサラを知らないものから見れば無謀な挑戦と映るのだろう。イサラのような環境でこの難関に挑むことを。

「心配いらねーよ。イサラだぜ? あいつが受からなきゃ、他の誰だって無理だ」

「そうよねー、想像できないもの。イサラが落ちることなんて」

「ないな、絶対にそれだけは」

「そうよ、あれでもあの子はすごいんだから!」

 レオルが言い、ナルがうなずき、ハレスは首を振る。フィオナは自慢げに胸を張っていた。


「なんでそんなに自信が持てるんだ?」

 同郷だからというだけではないだろう。そんなものより、ずっと確信を持っているとしか思えない。

「見てきたからな、ずっと。あいつのすごいところ。イサラがあの職に就くために何年勉強してきたと思ってる?」

「五年……くらいか?」

 長くてそれくらいだ。ジフテルでは七歳から基礎教育が始まり、最高でも十二歳で修了する。その後、素質と希望に応じて自身の未来を決め、誰かに師事したり手伝いをしたりしてノウハウを得たり、専門的な知識を身につける。


 この基礎教育は合格基準があり、それさえ満たせば基礎教育修了として職業教育に移ることができる。つまり才能があれば十二歳を待たずして職業教育を受けられる。

 ミール村の教育水準がどれほどのものか分からない。しかし、イサラが独学で学んだくらいだ。魔術や魔導書の専門家などいなかったのだろう。ともすれば専門的に学び始めた年月も制限される。そう、ジェイドは思っていた。

「甘いな。イサラを馬鹿にするなよ? 俺達の村一番なんだぞ?」

 レオルはにやりと笑う。そこいらの有象無象と一緒にされては困る。


「十五年。それがあの子が費やした時間よ」

「じゅ、十五年……!?」

 フィオナが割り込む。いっぱしの研究者並の研鑽期間。十八で成人だから、ほぼ物心つくかつかないかの頃から始めていたことになる。そんな頃から自分の将来を決めていたことになる。

「俺らがまだ将来のことなんて考えず、親の世話になってた頃からイサラは目標に向かって進んでた。だから、俺も村のみんなも、イサラが落ちることなんて考えたことがない。それだけの努力を積み重ねてきたんだからな」

 それが報われないわけがない。そして、村のみんなは努力だけではなく数々の成果だって目にしてきたのだ。


「わたしにはとても真似できないわよ、あの子の一途さは」

「ま、村一番の変人だしな」

 ナルは呆れたような顔をして、ハレスは茶化す。本当に自分達とは何もかも違う。普通ならできないようなことを、当たり前のような顔をしてこなしてしまう。それを一切誰にも知らせずに。それが自分達の知るイサラだ。いつだって自分達を驚かせ、いつだって予想外をもたらしてくれる。

 ジェイドは言外にそれを感じたのか口をつぐむ。イサラをよく知る者達がこうまでいうのだ。なら自分も信じるしかない。それが、今の自分にできる精一杯の応援なのだろう。

 ジェイドは祈るような気持ちで、イサラの向かった方向を眺めていた。




 一方、レオル達と別れたイサラは五階にある試験会場にたどり着いた。中にはもうすでに人が集まっている。先に受付を済ませている者達は、規定数に近くなると毎日ここで定員がそろうまで待機していたのだろう。

 中に入ると、一番前に係員がいる。

「君が最後だね。受験票は?」

 全員の視線がイサラに集まるが、イサラは気にせず係員のところまで歩く。

「こちらです」

 イサラは受験票を手渡す。係員はじっくり見て、先ほど連絡があって追加された名簿と照らし合わせる。確認が済んで、受験票を返してきた。


「席には番号を振ってある。受験票と同じ番号の席に座って開始まで待ちなさい。その間復習しても構わないが、試験中は書物を見たり不正行為は厳禁だ。荷物は預かるし、一人一人に監視が付く。不正行為は見つかり次第失格になる。気を付けるように」

 マニュアル通りなのか、感情のこもらない声で係員が説明する。イサラはうなずきながら聞いている。すべての説明が終わると、係員は一息ついた。

「はい、了解いたしました。ご丁寧にありがとうございます。わたしで最後ということは、今いらっしゃるみなさんで全員でしょうか?」

 イサラの受験番号は四十番、最低定員が四十名なのでぎりぎりだ。今回はこの人数で行われるのか。


「朝、開始の半刻前までの受付で締め切っている。君は駆け込みだな」

 イサラの態度に少々面喰いながらも係員が答えてくれる。初受験者とは思えない落ち着きに驚いている。たいていみんながちがちに緊張して、話もろくに聞いておらず、机にかじりついて最後のつめこみをしているものだが。

「そうですか。それでは、本日はよろしくお願いします」

 イサラは軽く礼をして席に向かう。広い部屋だ。百人以上は軽く座れるだろう。机は細長いが、今は二人で一つの席を使うようだ。もちろん間には仕切りがあり、相手の手元を見たりすることはできないようになっている。


 部屋の後ろに行くほど階段状に高くなっている。横一列に五つの机が並び、イサラの席は入ってきた扉から一番奥の列、前から四番目左側だった。

 係員は、変な子だ、と内心ぼやきながらイサラを見送る。こんな難関に挑もうとしているのだ。多少変わったところがないと、受けようとは思わないのだろうが。

「係員におべっかを使っても無駄よ。ここでは点数のみがものをいうわ」

 イサラが席に着くと、隣に座っていた少女が声をかけてくる。他の受験者と違い余裕があるのか、復習はしていないようだ。


「はぁ、あの、おべっかとは何ですか?」

「は? さっきあんたがやったことよ。係員に好印象を持たせようとしたんだろうけど、無駄なあがきだわ」

 イサラは首を傾げる。

「あれはただ、あいさつとお礼をしただけですが。いけないことだったのでしょうか?」

 イサラ自身に他意などなかった。だが、周りからさんざん常識外れだといわれてきたのだ。今回も自分が間違ったことをしたのだろうかと考えたのだ。

 イサラの答えを聞いた少女は目を吊り上げたが、何も言わずに前を向いた。どうやら意図してやったことではないと気付いたらしい。格好から見ても、とんだ田舎者だ。


「あの」

「何?」

 つい言葉がとげとげしくなる。小細工をしたところで無駄だと忠告して、揺さぶるつもりがなんだか逆にペースを崩されている気がする。

「わたしはファニエール=イサラと申します。初めて試験を受けるのですが、あなたは?」

 係員が説明をするのは初受験者に対してのみだ。だからこそ、少女は揺さぶりをかけてみようと考えた。かつて自分がそうされたように。それを知ってか知らずが、イサラは少女の答えを待っている。


 嫌味か? とにらむがそんな気配はない。純粋な質問らしい。少女はため息をつく。たとえライバルでも名乗られたら名乗り返すくらいの礼儀は心得ている。狭き門を争うといえど、同期になるかもしれない相手だ。

「わたしはティファナ=シリルよ。今年成人して、今回が三回目」

 成人を迎えて、意気揚々と挑んだ試験だが、初受験のプレッシャーや他受験者からの洗礼にあって実力を発揮できず、初受験合格の夢は消えた。

 気を取り直して二回目、問題にも恵まれず、あと一歩で合格を逃した。だからこそ、三回目の今日にかけている。毎日試験会場で待ちながら今日こそはと意気込んでいたのだ。


 試験前の復習なんて所詮は付け焼刃。そんなことでは研究家になってから苦労するだけだ。求められるのは一時的な力ではなく、骨身にしみこんでいる実力。勝負するのだ。自分の持得てる知識と力とひらめきを信じて。

 今必死になって書物に向かっている人達も、人生を賭けて挑んでいる。努力してきた、すべてをかけて。だから今も二人の会話には聞き耳を立てている。ライバルの動向を探るために。

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