表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
創世の書  作者: マリヤ
第一章 赤の書
23/64

無知なる天才

 毎年イサラの誕生日に合わせて送られてくるので、突き止めようとしたが不思議と誰も目撃した者がいない。気が付けばぽつんと置かれている。イサラが大きくなって一度見張ったことがあったが、その時に何を見たか何があったのかは教えてくれたことはない。

 イサラの里親であったエレザイル家は決して裕福というわけではなかった。むしろ子供が多い分他の家よりも負担は大きかったはずだ。しかし、イサラ自身に定期的な収入があるとみなされ、サポートの一切を受けられなかった。


 また、子供を捨てた割には毎年相当額が送られてくることに不信感を抱いた役人もいた。調べるうちに、その金額に目がくらみ、どうにかすれば手に入れられるのではないかと画策したのだ。

 当時幼かったイサラは、取り調べという名目で拘束されあわや衰弱死するところだった。それは、役人の動きに不審を抱いたテッドを始めエレザイル家の人達によって回避されたものの、騒ぎになり役人は逮捕された。謝罪はなかった。疑われる方が悪いと決めつけられた。

 そんな仕打ちを受けながらも、イサラはこの国には恩があるというのだ。心が広いのか鈍いのか難しいところだ。


「ほんと、見かけによらず苦労しているわね。でも、イサラの両親も薄情よね。養育費だけ送ってそれでおしまいなんて。そもそも、一歳の子供を置いて出ていくなんて」

 シリルはイサラの両親の行動が信じられなかった。どんな事情があろうとあんまりだ。養育費を送ってくるくらい気にしているのなら、なぜ会いに来ないのか。少なくとも身元や連絡先位教えてくれてもいいのではないか。それさえできないのはどういうわけだろう、と。


「……確かに、両親がいなくなった時には世界が終わったような気がいたしました。いくら待っても戻ってはこず、いくら探しても見つけられず、いくら呼んでも返事はありませんでした。哀しくもあり辛くもあり恨みもしました。けれど、今では感謝もしております」

「どうして? 忘れられたわけじゃなさそうだけど、一年しか一緒にいなかったのよ? お金さえあれば子供が育つって思っているのよ?」


 両親がそろい、あふれるほどの愛情を注がれて育ってきたシリルにはイサラの心境が想像できない。愛する両親に裏切られ、義務のようにお金だけを送ってくる。そんな人達に感謝できるとは思えない。

「両親がいなければ、わたしは生れてさえいません。そしてまた、養育費として送ってくださったお金がなければ魔道書研究家になるための勉強さえ難しかったでしょう。ご存知でしょうが、何かとお金がかかるものですから。ですから、生んでくれたこと、お金を送り続けてくれたことには感謝しております。もし再会できたとすれば、その時には恨み言の一つや二つ言ってしまうかもしれませんが」


 シリルはそれを聞いてなるほど、と思う。二人がいなければイサラが世界に誕生することはなかった。養育費がなければ、費用のかさむ研究や実験を続けることができなかった。言いたいことはいろいろあるのだろうが、確かにその部分だけは感謝してもいいのかもしれない。

「それに、わたしには育ての親がいます。本当の娘のようによくしていただいて、寂しい思いをしたことはありませんでした。村の人達にも親しくしていただきましたし、友人にも恵まれました。わたしがこうしていられるのは、みなさんに支えていただいたおかげです」


 イサラの言葉にレオルは恥ずかしそうに頭をかき、フィオナは鼻をすする。ミール村にいたからこそ、あんなにいろいろあってもひねくれずに育った。どんなことがあろうと、国令処分を受けてもミール村にとどまり続けたイサラ。イサラにとってミール村こそが自身の居場所だと確信できた。

「……そうか。すまなかった、君の事情も知らずに勝手なことを言ってしまったようだ」

「いいえ、元はといえばわたしのお土産が原因ですから」

 ティムがイサラに謝り、イサラは原因は自分にあると快く許す。何とはなしにその場の空気が緩んだ。




 話がひと段落した頃には、紅茶はすっかり冷めてしまっていた。そして、タイミングを見計らったように使用人が夕食の準備ができたことを告げた。実際に話が一区切りつくのを待っていたのだろう。

 イサラ達はリビングからダイニングへと移動する。その間に、イサラ達の荷物はメイド達によって今日泊まる部屋へと運ばれていった。

 ダイニングには細長い大きなテーブルがあり、椅子が両側にずらっと並べられていた。奥側のテーブルの端にトールが座り、右隣にシイナとシリルが並んで腰かける。左隣は空いていた。


 シリルの横にはサーシャが腰かけ、その正面にティムが座る。イサラ達は近い方がいいということで、サーシャの隣にイサラ、正面は内内の小競り合いがあったもののレオルが、レオルの隣にジェイドという並びになった。

 全員が座ると料理が運ばれてくる。コース料理のようで前菜から食事のペースに合わせて運ばれてくる。

 レオルとジェイドは慣れない作法に悪戦苦闘しつつも何とか形を取り繕う。周りをきょろきょろ見て確認しているのが挙動不審に見えたが、大きな問題は起こさなかった。イサラはごく自然に使いこなしていた。


 旅をしていてテーブルマナーを身に着ける機会もあったし、イサラならシヴァ流の応用で人がするのを見て同じように真似できるため苦労しない。

 料理はどれも上等の素材を使い、名のある料理人が腕を振るい、丁寧に盛り付けられていた。レオルは初めて食べる高級料理に舌鼓を打ちつつも、がっつかないように必死だった。ジェイドも似たようなもので、食べなれていないのが丸わかりだった。

 デザートが運ばれてくる時には、みんな満足げな顔をしていた。イサラだけはいつもと変わらない。


「どう、おいしかった?」

 デザートを食べ終えてナプキンで口元をふくとシリルが尋ねてきた。

「はい、おいしくいただきました」

「すっげーうまかった。ミール村ではさぁ、乾物とかばっかだし」

「こんな贅沢はそうそうできないな」

 それぞれ感想を言う。フィオナにもフルーツの搾り汁に蜂蜜を加えたジュースが出されていた。食器の大きさは妖精サイズだ。

「そうね、素晴らしい料理だったと思うわ。でも、イサラに感想を求めちゃ駄目よ」

 フィオナは小さなカップを置いて飛び上がる。


「どうして?」

「この子はね、自分の興味がないことや必要としないものにはとことん鈍いのよ。無神経と言ってもいいわ。食事だって誰かに言われたり、無理やり突きつけられたりしないと自分からは食べようとしないのよ?」

 シリルは今日の昼、シリルに言われて初めて食事を口にしたイサラを思い出した。あの時にはまずいと評判の携帯食料をもそもそと食べていた。


「興味がないって、食事に? 食べなきゃ死んじゃうでしょ?」

 食事は生物にとってエネルギー供給の唯一の手段と言っていい。どんな屈強な魔物でも食べなければ死ぬ。それは自明の理だ。それなのに、その食事に興味がないというのはどういうことなのだろう。

「何度もそう言ってるんだけどね。読書や研究に夢中になると平気で一日二日食べないでいるのよ? それだけならまだしも、眠ろうともしないし」

 食欲と睡眠欲は人の三大欲求の内の二つだ。根源的な本能からくる欲求と言っていい。それを全くの無視とは確かに無神経だ。


「眠らないって……そんなこと。本当なの?」

 シリルはイサラとは古い付き合いのレオルに顔を向ける。レオルは呆れ顔を作っていた。

「まあな。昔はそれでしょっちゅう倒れてた。無理ないけどな、食べもせず眠りもせずに勉強したり、おまけに剣を振ったりしてたら体が持たない」

 それまでは普通にしていたのに、ある時点で力尽きたようにパタリと倒れるのだ。最初は大騒ぎをしたが、次第に慣れてまたかというようになった。倒れたら薬湯を飲ませて眠らせる。そんな処置がとられるようになった。


「最近は大分ましになったけど、相変わらず寝ようとしないし食べようともしないのよ。昨日も徹夜だったんでしょ?」

 試験の前日だというのに、相変わらず生活習慣を変えようとしない。よく体が持つものだと呆れるが、心配でもある。イサラは慣れてしまって平気なのかもしれないが、見ているほうはハラハラするのだ。

 ここ数年は体調管理と、自己の限界を見極められるようになったのか倒れることはなくなった。だが、以前も前触れなく倒れていたので、いつそうなるか全く予測がつかない。困った習性なのだ。


「徹夜? それで試験を受けたの? なに、試験勉強?」

「いえ。ご存知のように試験で何をするのかも知りませんでしたので。ただ、少し前に見つけた魔道書が面白くて、つい十日ほど徹夜してしまいました」

「つい? 十日!? イサラ昨日だけじゃなかったの!?」

 フィオナは四六時中イサラと一緒にいるが、妖精も睡眠をとる。寝る前も起きた時にもイサラが起きているのはいつも通りだったため、まさかずっと眠っていなかったとは思っていなかった。フィオナが寝ている時に、イサラも多少は寝ているものと考えていた。甘かったようだ。


「はい、ですので今日少し眠りました」

「いつ?」

 分かれる前も合流した後も、イサラに眠った様子はなかった。ならば離れていた間ということになるが、その間は確か試験を受けていたはずだ。フィオナは嫌な予感がする。

「…………試験中よ。この子、筆記試験の間三時間ほど寝てたわ」

 あの時寝てもいいかと聞いた背景にはこんな事情があったのか、と納得はできたが承服はできない。イサラの話を聞き、できることを鑑みる限り、試験には合格できるはずだ。あの時は諦めたのかと思ったが、なぜわざわざ放棄るような行動をとったのか。


「試験中に? よくそんな時間あったな。三時間なんて……それではほとんど問題は解けていないだろう? 次にかけるのかい? それにしては、自由課題を書いたというし……」

 ティムはイサラのちぐはぐな行動に理解が及ばない。二時間ではティムやベテランの研究家でも最上級問題に入れるかどうか微妙なラインだ。自由課題を書いたというなら、問題にあてられた時間はもっと短いだろう。

 眠かったのは分かるが、せっかくのチャンスを棒に振ることになる。シリルも三回試験を受ける過程で、それなりの時間を費やしたのだから。


「イサラ、それはちゃんと試験を終わらせてからなんでしょうね?」

 フィオナはティムの話を聞いていなかったのか、イサラに尋ねる。

「いや、だからその時間では……」

「はい。すべて終わらせました」

 困惑のティムを置いて、イサラも答えを返す。

「そう、ならいいの。ちゃんと眠ったってことだし、次からはそんな無茶しないのよ」

「試験って難しかったか? ハンター試験の筆記はさ、結構簡単だったから。超難関って言われてるくらいだからやっぱ難しいんだろうな」


 レオルとしてはハンター試験は簡単すぎて張り合いがなかったくらいだ。もう少し苦労すると思っていた。だから、難関と名高い魔道書研究家の試験はどうなのか気になっていた。

「難しいと思うような問題はありませんでした。多少面白いと思える問題はありましたが」

「そっか、案外俺でもいけたりしてな」

「そうですね、レオルならいい点数も取れるかと思います。ただ、自由課題というものがありますので」

「あ、そっか。俺そういうのはからっきしだからな。使うのはいいんだが、作るのは苦手だし」

 ティム達を置き去りにして、イサラとレオルの話が弾む。


「す、すごいんだな、イサラさんは。俺も魔術は割と得意な方だが、理論はちんぷんかんぷんだ。使えりゃ問題ないし」

 幼馴染としての仲のいい掛け合いに嫉妬したのかジェイドも加わる。

「何事も得手不得手はありますので仕方ないかと」

「ちょ、ちょっと待ってくれ。なんて言った? 全部終わらせた? 難しい問題はななっただって? 二時間で自由課題を含む二百一問を解いたというのか? 試験問題には最上級や特級の問題も含まれているんだぞ?」


 ティムは混乱する。いくら師匠がいなかったとはいえ、成人して職を得るまでは学ぶことができないとされている最上級や特級の問題を難なく解けたというのか。専門分野でなければ、本職の研究家でさえ頭を悩ませる問題が、難しくなかったと。

「最上級? 特級……ですか? シリルからもうかがいましたが、それはどの程度の問題をさすのでしょう? 職業や魔術の階級と同じようなものでしょうか?」


 職業にも魔術にも初級から特級まである。だが、職業はその職に就いて勤勉に働いていれば自然と上がるし、魔術も勉強して実践を重ねればそれなりに身に着く。確かに魔術で最上級、特級となると才能とセンス、魔力の高さなども要求されるが使うことは不可能ではない。

 習うことのできない最上級や特級の問題が、なぜ試験に含まれているのか。それを解けることがどうして問題になるのか、イサラには理解できない。そもそも、イサラは魔道書研究の勉強をするにあたり、難易度や危険性で知識や技術に階級があるなどという認識が全くなかった。必要と思われる知識を、必要に応じて次々に取り込んで発展させていった。


「知らない……のか? 君は知らないのか? 普通、成人してその職に就くまで最上級と特級の知識や技術は与えてはならないことになっている。また、教えても理解できないことがほとんどだ。わたしだって自分の専門とする分野以外の最上級や特級の知識にはあまり詳しくない。だから試験は難航するんだ」

 教わらないのに試験問題として出されるのは、受験者の才能やセンス、得意分野、基礎の習熟度を測るためだ。基礎がしっかりしていれば、その応用である問題にもある程度対応できる。部分点が設けられているのはそのためだ。


 人によって得意な分野も向いている分野も違う。試験に受かれば、ほとんどが研究機関に入る。その時の人事にも役立ち、専攻分野を見極めるために入れられている。決して先人達の嫌がらせではない。

 その問題を一問でも説くことができれば将来を期待される。シリルも最上級だが、いくつか解けたという。ならばその未来は明るい。上の人の覚えもよく、配属先も適したものが選ばれる。

 今現在天才として知られ、過去最高得点をたたき出したというかの有名な魔導大国の魔導書研究家も、試験では多くの問題を解いたと聞いている。だが、それでも全てを解けたという話は聞いたことがない。


 試験の難易度は世界共通だ。もしその話が本当なら、イサラは世界初の偉業を成し遂げたことになる。大げさに思えるが、それほど試験は難問なのだ。

「その話は初めて聞きました。本当なのでしょうか?」

「本当も何も、魔道書研究家の間では常識だ。君のように独学で勉強を続ける者は皆無だ。すぐにつまずくことになり、師を探すしかない。周りにそういうことを知っている人はいなかったのかい?」

「ミール村では魔術関連職についている人は一人もいませんでしたし、同じ職を目指す方もいませんでした。魔道書や関連資料などはよく読みましたが、そのようなことは書かれておりませんでしたので」


 これは厳密に定められている法ではなく、慣習的なものだ。だが、不用意に破ったことが知られれば処分の対象になることもある。だからこそ、誰に言われるでもなく守られてきた伝統だ。

 イサラは違う。師匠がいないため、限界を説いてくれる者がいない。見境も際限もなく必要とする知識を取り込み続ける。それがどの階級に含まれているかなどと考えることもなく、呑み込みつづける。

 無知ゆえの智、師がいないゆえの限界のなさ、どん欲なまでの探求心。三つがイサラをして化け物のような天才に育てた。イサラは食欲や睡眠欲の代わりに知識欲や探究心が異常なまでに発達しているのだろう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ