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創世の書  作者: マリヤ
第一章 赤の書
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研究家の義務と国の失態

「幻ですか、確かにそれに近い性質はあるでしょうか。ですが、実際にウレイルの泉は存在します」

「あの、物語のようなウレイルの泉が?」

「はい、そのウレイルの泉そのものですね」

「君は、それを見つけたのか?」

「はい、偶然ではありましたが実在は確認いたしました」

「なんと……! そ、それでどこにあるんだ? 無事でいるということは近づいてはいないのだろう? それでどうやって魔道具を再生させたというんだ? そもそも、あの短時間でどうやって?」


 ティムが続けざまに質問してくる。興奮するのも無理はない。伝説の泉にして、研究家達にとっては夢の泉、宝の泉だ。利用法が確立されなくても、実在が確認されただけでも大きな進歩となる。

「実際に見たのはずいぶん昔のことですから記憶違いでなければ、セノイ島の南西部に広がる森の中でした」

 イサラは慌てずに、ウレイルの泉の目撃場所を告げる。

「なんだと? だが、ウレイルの泉の発祥の地は確か東大陸だと思ったが」


 ジフテル共和国があるのは北大陸。セノイ島はその北大陸と西大陸の間にある島だ。場所が違いすぎる。

「はい、伝承ではそうなっております。しかし、再び見に行った時に泉がなくなっていたように、ウレイルの泉は定期的に場所を変えて出現と消失を繰り返しているようです。ですので、今はそこにも存在していないかと思われます」

 ティムは納得すると同時に落胆する。そんなに神出鬼没では見つけようがない。よほどの幸運か不幸でない限り、偶然に頼るしかない。

「一応聞いておくが、何年前のことだね?」

「確か八歳の頃だったと思いますので、十年ほど前のことでしょうか」

 年数を聞いてさらに落胆する。それではあったという痕跡すら確認できないかもしれない。


「そうか……。だが、ウレイルの泉が実在するとして、今は近くにないのだろう? どうやって魔道具を再生したというんだ? 近づくことで起きるリスクにどう対処する?」

 もし首都の近くにウレイルの泉が出現しているなら、噂くらいになっていてもおかしくない。何せあれほど分かりやすくも危険な現象が起こるのだから。

「はい、このあたりにはないでしょう。ですが、わたしは偶然泉を発見した際、その仕組みを解明し理解することができました。そして、リスクを負うことなく、人工的に泉を抽出する方法を確立いたしました」


「何だって!!」

 今度こそティムは立ち上がって叫ぶ。そんなことが可能だとすれば、まさしくそれこそ世界を揺るがす大発見だ。今まで発見されつつも、効果が失われたり原型をとどめていない魔道具がどれほどあるというのか。それらをすべからく再生できれば、魔道具の歴史は大きく躍進する。

 だが、いまだそんな技術が国際魔術会議にて発表されたことはない。イサラが確立したとすると、提出されていなければおかしいのだ。ティムはイサラが受けた国令処分の内容を知らないため、色々と可能性を模索している。


 確立していても提出していない。そんな可能性があるのが成人後にその技術を確立した場合だ。国際法により未成年者の発見した新しい理論や技術は全て国と世界に提出する義務があるが、成人者においてはその限りではない。各々の利益を守るため、秘匿することも可能となる。

 『成人者の知的財産および魔導技術の保護と秘匿の権利、および任意公開の権利』とよばれるものだ。これは未成年者の場合と真逆で、どれだけの技術を有していようとその扱いは全て発見者や発明者に託されるということだ。

 つまり、成人してしまえば、その後どんな発明や発見をしようと個人の自由になる。他者や国が無理にその権利を侵害しようとすれば国際的な裁判沙汰になる。


 もっとも、名誉や利益、国益、世界の発展のために積極的に公開するものが多いため、そこまで大きな問題にはなっていない。研究機関に属するものが多いため、秘匿が難しいこともあげられる。

「それは成人してからできたものかい?」

「いいえ、そうではありません」

「ではなぜっ! 君も国民の、いや国際法加盟国の義務は知っているだろう? なぜ、提出しなかったんだ! 君ならその価値を理解できるはずだ!」


 つい語気が強くなってしまうのは、ティム自身が世界の発展に関わるような重要な発見は、すべからく多くの人々に知らせるべきだという信念を持っているためだ。

 魔術の新理論や発見や技術は、時として戦争など負の面で使われることもあるが、それ以上に人々の生活をより良くするためにも使われるべきだ。ティムが魔道書研究家になったのは、自身の発見や理論で人々の生活を豊かに、便利にしたいという思いがあったからだった。


「何よっ! イサラの事情も知らずに好き勝手言わないでっ!」

 イサラに詰め寄り責めるような口調になってしまったティムに反論したのはフィオナだった。イサラを率先して説教するのも彼女だが、イサラを一番弁護し守ろうとするのもまた彼女なのだ。

「事情? どんな事情だね?」

 フィオナに怒りを向けられ、多少冷静になったティムが聞き返す。

「イサラだってね、何もしてこなかったわけじゃないのよ。独学だったけど頑張って勉強して、いろんな実験を繰り返して結果を出して、精魂込めて研究資料をまとめたわ。けれど、それを受け取らなかったのは国の方じゃない!」

「何だって? 受け取らなかった? 国が?」


 ティムは理解できない。これほどの大発見の研究資料を受け取らない研究家がいるだろうか。国家、世界レベルで重要な発見だ。ティム自身も長く研究機関に所属しているからわかる。

 彼らは多少閉鎖的なところや排他的なところがあり、競争意識も高いとはいえ判断能力のないぼんくらではない。

 いずれも超難関の試験を合格してきたエリートなのだ。価値が分からないわけがない。

「はい、それだけではなく他にも何種類か研究資料を提出したのですが、いずれも受け取ってはいただけませんでした」

「だよな。じいちゃん、すげぇ怒ってたもんな。『人が苦労してまとめて、国のため世界のためを思って提出した資料を、本人の目の前で焼却処分するとは何事だっ! そんな狭い了見しか持たない国などこちらから願い下げだ。二度と技術をくれてやることはないっ!!』って珍しく声を荒げてたもんな」

 レオルが祖父の口まねをする。


「だが、だからといって提出しない理由にはならないだろう?」

 一度棄却されたとはいえ、義務は義務。守らなければならない、どのような事情があろうとだ。

「はい。村の人達には反対されましたが、最初の提出資料が処分された後も出し続けてはいたのですが、いずれも理解を得られませんでした」

「ぜーんぶ焼却処分。挙句には国令処分を受けたってわけ」

「国令処分!? どうしてそんなことに……」

「イサラ、国令処分なんて受けてたの!?」

 ティムは憂い、シリルは驚愕する。


「はい。わたしに魔道書研究家の師匠がいないことはご存知かと思いますが、多少はそちらにも関係しております。その後、資料を提出できなくなった理由でもありますが」

「提出しなかったのではなく、できなかった?」

 確かに国際法は遵守されるべきだが、それより強い効力を持つ国令法によって守れない場合もある。イサラもそのパターンだということか。

「はい。わたしに下された処分は、国立魔道機関への永久的な立ち入り禁止及び国内での魔術関連における師事の禁止、です」

「それって……」


 予想以上に重い処分にシリルは手で口を覆う。それはつまり、国内では研究を続けていくことが不可能に近くなるということだ。

「はい、ですのでわたしはそれ以降研究機関への立ち入りができませんでしたので、資料の提出もできませんでした。また、元々いなかったとはいえ、それ以降も国内では誰かに師事することはできなくなりました」

 何ということだろうか。イサラはそんな処分を受けても諦めず、ここまでやってきたというのか。


「それは何歳の時だね?」

「国令処分を受けたのは十二歳の時です。初めて資料を提出したのは八歳でして、それからも毎年国令処分が下るまで計五つの資料を提出したのですが……内容が突飛だったためか検分されることもなく、年齢のためか信頼も得られなかったのでしょう」

 処分を受けた年齢も、初めて資料を提出したという年齢も若いというより幼いと感じてしまう。物事の道理も分からない子供が、一人前の顔をして資料を持ち込んだ。そう取られても仕方ない年齢だった。


 ティムは、自身が魔道書研究家だからこそ分かる。イサラという子の異常性が。師匠を持たず独学で進んできたことといい、変人ともいえる言動といい、常識外れの品を数々生み出していることといい。

 実際に目で見て確かめても、まだどこか信じられないような気持が抜けないのだ。いや、理解することを嫉妬や羨望といった負の感情が邪魔をしている。若くして才能あふれるイサラに対するやっかみだ。

 協力体制を敷きながら競争社会でもある魔道書研究の分野では、いかに早く優れた芽を出すかで将来が決まると言っていい。ティムも優秀な方ではあるが、中堅といったところだ。同期でトップクラスに上り詰めた者もいれば、諦めて辞めていったものもいる。


 トップに立つ者は、いずれも二十代の頃に優れた研究結果を発表した者だ。世界で名をはせたり、歴史に残るような偉業を達成した人物は皆十台の頃の成人前に頭角を現している。

 そんな天才と呼ばれる者達の記録をさらに上回る一ケタ台での資料提出。その後も毎年のように提出される資料。担当者は呆れを通り越して、恐怖すら感じたのではないか。

 毎年研究所に寄せられる資料の多くは、明らかに井の中の蛙といったものや勘違いや自惚れで本当に重要なものは少ない。だが、彼女を知れば分かる。本物であるということが。本物の、本当の天才だということが。


 自身の理解をはるかに超えた者からは誰だって目をそむけたくなる。否定したくなる。こんなことはあり得ないのだと、頭から拒絶したくなる。そんな凡人達の自己防衛本能から封殺され、日の目を見ることのなかった天才。

 それがイサラという子なのだと、ティムはようやく理解した。底が読めないのも仕方ない。イサラはティムには到底理解できない世界に到達し、ティムとは違う目で世界を見ているのだろうから。


「実は、今日の筆記試験の自由課題に使ったのは、その中の一つです」

 沈みかけていたティムの思考が再び浮上する。

「だからあの時言いにくそうにしてたのね。ようやく分かったわ」

 一方のシリルは、魔道書研究家を目指しているとはいえ、その世界を肌で知っているわけではない。だからイサラの異常性を本当には認識できていない。あるのはイサラへの賞賛。イサラはシリルよりもすごい発見や発明を数多くしており、そのすべてを独学で頑張ってきたのことへの感心しかない。無知であることは時として純粋さをもたらす。


 もし理解できてしまえば、絶望しただろう。ライバルと認めた友人が、シリルには手の届かない天才だったと知れば。剣の腕以上に差が開いているのだと知れば。

「どれを使ったんだ? まあ、どれも俺には理解できなかったけど」

 レオルは同年代の中だけではなく、村の中でも一番と言っていいほど魔力が高く、魔術にも優れている。しかし、高度な知識や専門用語が入り混じるためかイサラの書いた理論や資料の中身は理解できなかった。


 噛み砕いて必要な部分を説明されれば、その分に関しては常人よりもはるかに高い理解度を示していたのはさすがといえるが。

 ミール村の人々も同じだ。原文のままのイサラの理論を理解して活用しているわけではない。イサラが分かりやすいようにかみ砕いて説明し、誰にでも使える、あるいは作れる形に変えてから普及させたおかげだ。難しいことは考えず、そういうものだと受け入れているだけなのだ。


「八歳の時に、初めて提出した資料です」

「あれね。まあ、あれには思い入れもあるだろうしな。イサラが初めて本格的に研究してまとめた理論だし、相当時間かけて実験もしてたもんな」

 レオル達同年代の子供達が何も考えずに遊んでいた頃、一人黙々と研究に取り組んでいたイサラ。試行錯誤し、実験を繰り返し、失敗しつつも時間をかけてまとめた理論であり、資料だ。


「はい。三歳の時に将来を定めて、勉強と研究を開始してから初めて出た成果でした。その分、捨てられた時のショックは大きかったですが、あれがわたしの始まりともいえます。ですから、成人して世界に飛び込む今、またそこから始めようかと思いまして」

「そんなこと言って、どうせ恩返しだなんだと考えてたんだろ? 別に国にそこまで恩義を感じる必要なんてないと思うぜ? 散々イサラをコケにしてきたんだからさ。おまけに処分だなんて、経歴に傷までつけやがったんだから」


 レオルは悪し様にののしる。一度経歴に付けられた傷というものは一生ついて回る。その姓で就職先で不利になったり、敬遠されたりもするのだ。

 義務を果たしただけなのに理解できないからと、勝手に処分まで下した国に恩義を感じる必要がどこにあるというのか。仇に対して恩で報いてやるほどレオルの心は広くない。


「そうはおっしゃいましても、元はこの国の者ではないだろうわたしを受け入れてくださいましたし。何より生まれた国でもありますから」

「んなこと言っても、結局身元が不確かだから、とか連絡が取れなくても両親からの援助があるから、とか理由つけて孤児に対する幇助はなかったじゃないか。挙句の果てには、イサラに贈られてくる養育費が普通よりずっと高かったことに中央の役人どもが目を付けて、不正収入に当たるとか適当な理由をつけて没収しようとしたり。俺がイサラならとてもじゃないけど国に恩なんて感じないけどな」

 ファンダリアでは事件や事故、魔物の被害などにより未成年で孤児となった者に対しては成人するまで国から幇助がある。


 幇助の内容は様々で、親の残した資産を代わりに管理運営したり、借金があれば肩代わりして成人後に返却する延長措置をしたりもする。捨てられたり、身元が分からない子供に関しては引き取り手がなければ国営の施設に入れて、衣食住を保障し、毎月一定額のお金も支給される。

 どちらの場合でも、職を選んだり、そのために専門的な教育が必要な時には専門家を講師として呼び、講習や弟子入りを推薦し師を紹介したりもしてくれる。成人して職に就くまで様々なサポートをしてくれるのだ。


 ただし、成人すれば借金がなくても一定額の返金が義務付けられており、そのお金は施設の運営資金として用いられる。同じ境遇の子供達の幇助資金になるのだ。

 だが、まれに孤児でもその幇助を受けられない場合がある。敵国や外交のない他国の子供であることがはっきりしていたり、親が偽名であったり国籍を持たず、あるいは偽っていて子供の国籍や名前があやふやだったりする場合だ。

 その場合は、衣食住の最低限の面倒を見るというだけのサポートに終わる。食わせてやっているだけでもありがたいと思え、ということらしい。

 また、孤児になった後引き取られた先が裕福な家で幇助の必要がないと判断された場合も同様で、こちらは一切のサポートが打ち切られる。


「それは事実ですが、わたしの両親が外国から来た身で、身分証を持っていなかったこともまた事実ですから。それに、毎年贈られてきた養育費は一般家庭の収入をはるかに超えていたので、不審がられても仕方のないことかと」

 イサラの場合、一歳で親に去られて孤児になった。だが、死別というわけではなく、一方的だが連絡があり養育費も送られていた。送り先から両親の居場所を突き止められれば良かったが、いつも箱に入れられて村の施政所の玄関に置かれているというありさまだ。誰か使いの者が直接運んできて置いていっているらしい。

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