常識外れのお土産 中編
「まぁ、器用なのね」
さして動じた風もなく手に取っているのはシイナだ。アクセサリーはともかく、薬や靴なら使い道はある。特にシイナは趣味で薬剤師の資格を持っているため薬に興味を示していた。
瓶には白い紙が貼られ、イサラの細かくもきれいな字で用法用量が丁寧に記されている。蓋をとってみると、内傷薬は粉薬、外傷薬は液体状の塗り薬のようだった。
シイナは少し思いついたような顔をして、昨日料理中に誤って切ってしまった指から包帯を外すと外傷薬を付けてみる。指示通りにほんの少しの量を指先に塗る。と、指先がふわっと光に包まれたかと思えば、傷が消えていた。
魔術の栄えたファンダリアだが、通常の薬は傷の消毒をしたり回復を早める効能のあるもので、一瞬で傷が治ってしまうような代物ではない。それでは、もはや魔法薬に分類されるものになってしまう。
魔法薬はその効果の分、材料も高く、また調合も難しい。一家庭に一つぽんと置いてあるものではない。大きな病院や重要施設、特権階級の人しか所有していない。一般にはあまり流通していない代物なのだ。
これにはさすがのシイナもポカンとする。それを見ていたトールやシリルもだ。小さな怪我や命に関わらないような病気では魔術に頼らないのが常識だ。全てを魔術に頼れば、体自体の抵抗力や回復力が損なわれ逆に害となる。だからこそシイナも自己治癒力に任せていた傷だった。
シイナは恐る恐るもう一つの内傷薬を手に取る。そこに書かれている用量も普通の薬と比べて異常に少ない。ということは、つまりそれだけ強力な薬であるということだ。摂取しすぎれば危険になるほどの。
シイナは空いていた外傷薬の瓶の蓋を慌てて閉める。アクセサリーだけではない。薬もとても日常的に使えるものではない。値段など考えたくもない。何というものをお土産にするのか。
「使えそうなのは靴くらいか」
トールは聞いていた以上のイサラの非常識さに顔を引きつらせつつも、最後に残った靴を手に取る。まさかこれまでとんでもない代物ということはないだろう、そんな淡い期待をして。
最初、それに気づいたのはシリルだった。さすがに魔道書研究家を目指して日々勉強してきただけのことはある。靴の内側に目立たないように縫い込まれたいくつかの魔法陣に気付いた。父親の手からパッと靴を取り上げ、まじまじと見つめる。
生地と同じ色の糸を使っていて判別しづらいが、何とか魔法陣だと読み取れる。だが初めて見る形や内容に、効果が判断できない。シリルの困惑を読み取ったのか、ティムが近づいてきて同じように靴の内側を覗き込んで言葉を失った。
ティムは魔方陣にはそれなりに詳しかったため、なんとなく効果が分かった。だが、既存の魔法陣とは一線を画す作りだ。魔法陣一つ一つが独立して存在するのではなく、重なり合い、交じり合っている。それなのにお互いを阻害することなく、むしろ補強補完し合って存在している。
「これは……この魔法陣は、イサラ、これも君が考案したものなのか?」
ティムの言葉に説教していたフィオナもされていたイサラも顔をそちらに向ける。レオルとジェイドは精神衛生のため我関せずで出された紅茶を楽しんでいた。
質問されたら答えなくてはならない。フィオナはしぶしぶ説教を打ち切る。
「はい、そうです」
「そうか……。だが、こんな魔法陣はあり得ないだろう? 魔法陣はそれ一つのみで完成し機能するものだ」
「そうですね、通常魔法陣は一つ一つが独立しております。そしてどこかが欠けると効果が薄れたり機能しなくなります。ですから考案いたしました。複数の魔法陣をつなぎ合わせて一つの魔法陣とする方法です。便宜的に連結魔法陣と呼んでおります。つなぎ合わせた魔法陣が互いを高めあい、どこかが欠けたとしても別の魔法陣がそれを補える形になっております」
「それが本当なら世紀の大発見だ!! あの魔導大国ですら魔法陣の技術においては他の分野より遅れをとっているというのに」
ティムが興奮する。魔法陣は魔術とは違い、その式が複雑で、改良を加えようにも膨大な知識と技術とひらめきが必要になるとされている。少しいじるだけで効果が無くなったり、全く違う効果を生み出してしまったりするのだ。
そのため世界でも魔法陣を専門に研究するものは少なく、新たな技術が生み出されたらそれだけで話題になる。
「? そうなのですか? わたしは古い遺跡を探索した折に発見した魔法陣を参考に、改良を施しただけですので、技術的には知られているものとばかり思っておりましたが」
「何てことだ、こんな、これを……これほどものを……」
師がいないゆえにその価値を知らなかったイサラ。ティムはそれを悟って言葉が出てこない。何より脱力させるのはその使用先だ。
「それに、何だってこんなものに使っているんだ。この技術は、……これ一つで一生食うに困らない生活ができるというのに」
「この薬もそうね。これは魔法薬なの? 魔力は感じないのだけれど」
「必要な技術を必要な道具に付与することはおかしなことだとは思いませんが。お金になるとも思いませんでしたし……。薬に関しては魔法薬などではありません。一般的な傷薬です」
「……一般的な傷薬というものは、傷を一瞬で治したりしないわ」
「そうなのですか? ですが材料も作り方にも魔術も魔力も一切関係しておりません。あくまで自己治癒力を高めることで傷の再生を早めるという効能ですので。一般の傷薬として気軽に使っていただいたので構わないのですが」
イサラはそれぞれに回答していくが、そのたびに聞いた方がへこんでいく。イサラもまさか薬や靴でここまで問題になるとは思っていなかった。
イサラも魔術による回復が体に悪影響だと知っている。そのため、あえて普通の薬を用意したはずだった。ミール村ではよく使われている家庭の常備薬を。
実のところ、ミール村での死傷者が減ったのは、イサラによって改良開発された日用品もさることながら、この薬の果たした役割が大きかった。後遺症や悪影響を心配することなく、気軽に魔法薬ほど高い効力を持つ薬が使える。それによって救われた命がどれだけあるだろうか。
だが、残念なことにミール村では魔法薬の存在や効能を知る者がおらず、イサラの薬を一般的な薬として認識してしまったため誰もその薬の効果の高さに疑問を覚えていないのだ。村の医師や薬剤師も、イサラの作るものだからと納得し感覚がマヒしているためあてにならない。
フィオナは聞いていて顔色を失う。薬や靴はミール村でも普及していて、基本的な値段で買えるため油断していた。フィオナだって初めて村に来て、それらの効果や機能を知った時には随分驚いたのに、それがあまりにも当然のごとくみんなが使っているので慣れてしまっていた。毒されていた。
「と、いうことはだ。お土産であるこれらは、どれも相当の価値があるものということだね」
トールは少し疲れた様子だ。変わった子だと聞いてはいたが、ここまでとは。振り回されてばかりだ。
「そういうことなら、どれも受け取れない。気持ちはありがたいし、手作りのものを突き返してしまうのも失礼かもしれないが、ここまでしてもらういわれはない」
「ですが……」
「君達の生活の足しにするといい。気持ちだけ受け取っておくよ」
「まあまあ、そう難しく考えることもないんじゃないか? 物の価値がどうだろうとイサラは感謝の気持ちとして、また気を使わせたくなくて手作りにしたんだろ?」
「はい。お土産の相場は三千~五千フェスと聞きました。それらの品は材料などの必要経費をすべて合わせましても三千フェスほどでしたので、ちょうどいいかと思っておりました」
イサラは若干落ち込んでいる。気を回した結果、裏目に出てしまった。イサラにとっての価値とは元値を意味していたので、そこに技術や付加価値による莫大な価値の高騰など考慮に入れていなかったのだ。
どれも売れば一財産作れそうな代物の、元となった値段はわずか三千フェス。一日の食事代程度だ。夢のような錬金術だ。魔術としての錬金術も存在するが、ここまで価値を上げることは到底できない。
「三千フェス? これらすべてが三千フェスで作れたと?」
トールは交易を生業にしているからこそ分かる。なるべく安く買って、付加価値を付けたり市場の動きを見て高く売るのが基本の交易。その理念に照らし合わせれば、イサラという存在は砂を金に変えるような奇跡を平然と起こせるということになる。
「はい、材料のほとんどはこの街で購入いたしました。薬が千五百フェス、靴が千フェス、アクセサリーが五百フェスほどだったかと。ですから、問題がないと思っておりました」
一番元値が安かったのがアクセサリーだと聞いてトールは閉口する。それを最初に突き返されそうになったイサラの困惑も分かろうというものだ。何せ元は一番安かったのだから。
トールは知らないがアクセサリーの五百フェスとは、イサラが再生させたガラクタ全部合わせた値段だったりする。送った二つだけなら十フェスほどの価値しかなかった。
「はははっ、全くすごいもんだ。何をどうしたら、それがこんなふうに化けるんだか。だが、これで分かったろ? イサラには高いものを贈ったって認識がなかったんだ。感謝の気持ちを込めて作ったものを、いざ価値があるからって突っ返すのはちょっとあんまりなんじゃないか?」
元は安いものでも気持ちを込めて手作りし、お土産として持参してきたのに突き返されたのでは無駄になってしまう。これらは売るためではなく、ティファナ家で使ってもらうために作った品だったのだから。
サーシャの言いたいことが分かったのか、トールはうなる。イサラと一般との価値観の違いによって起きた行き違い。このまま返しては、イサラの思いを無下にすることになる。
イサラにとっての物の価値とは、完成品の評価額ではなく、材料費と労力をさす。そういう意味では適切な額だと考えていた。元値は安くとも、完成品にかけた労力が、贈り物として十分な価値を与えただろうと考えてのことだ。十分どころか過剰だったが。
イサラは物やお金に執着がないというより、物の真価に対する考え方がそもそも違うのだと思い知らされる。同時に俗っぽい自らの考えが恥ずかしくなってくる。イサラは必要なことと考えれば出し惜しみをしない、そんな性格なのだと納得できた。
トールは改めてそれぞれの品を手に取ってみる。薬は常備薬として重宝するだろう。ただし、世間に出せば混乱を招くことは必至なので、ティファナ家でのみ使用するしかない。
アクセサリーは魔道具のため、詳しい効果は調べるかイサラに聞いて管理を決めなければならない。おそらくだが、とんでもない代物なのでこれもティファナ家からは出せない。
そして靴。技術的には世界的な革新を起こせるが、手に入れた経緯が経緯のため勝手に公にはできない。物は譲られても、その技術の公開の有無はイサラに権利がある。まあ、こちらは見た目普通なので気づかれなければ問題なく日々の使用が可能だろう。
「…………いいだろう、受け取ろう。だが、それぞれの効果は教えてほしい。これだけ強力だと不用意に扱えない」
トールは決断を下す。シリル達は驚いていたが口は出さない。家長の決定に従う形だ。サーシャは納得した顔をしていた。イサラは若干嬉しそうにうなずくと、早速説明を始めた。
「こちらの外傷薬ですが、幹部に適量を塗るか垂らすかすれば効果があります。内傷薬は病だけではなく、胃痛や胸やけ、食中毒と言ったものにも対応しております。ですが、どちらも用量を間違うと効果が強く副作用がありますので注意が必要です」
イサラの言葉にトールやシイナが真剣な顔になる。これだけ強力なら命に関わるのでは、という推測をしていたためだ。
「その場合はどうなる?」
「そうですね、外傷薬であれば、薬を使用した部分から毛が大量に生えてきたり、爪が異常に伸びたり、骨が固くなったり皮膚が変色したりします」
「……それは、命に関わるのか? 副作用はそれだけなのか?」
思っていたより軽い、というよりよく分からない副作用に二人は微妙な顔になる。
「命? いえ、命には別状在りませんし、しばらくすれば副作用も収まります。副作用としてはそれくらいですが、用量をあまりにも超えて高頻度で使用してしまいますと、老化を早めてしまうということはあるかもしれません」
薬の副作用としては全く問題ないレベル。皮膚の変色は気になるが元に戻るなら命には代えられない。用量を間違えても頻度を間違えなければ命には関わらない。
「はははっ、そういやいたな。薬を毛生え薬代わりに使ったやつ。ただ、妙な色の縮れ毛が生えてきたりして、結局元の木阿弥だったんだっけか」
レオルは何とかことがおさまりそうなので会話に参加し、在りし日を思い出す。副作用を聞いて、己の髪の命運を託した人がいた。結果はあえなく惨敗だったが、その後不憫に思ったイサラがちゃんとした毛生え薬を作って渡し、涙ながらに感謝されていた。
「はい、あの時はさすがに騒ぎになりましたね。まさか、マーブル色の髪が生えてくるとは思いませんでした」
マーブル色の縮れ毛を頭から生やした人、なんだか悪夢に出てきそうな光景だ。想像してみて、絶対に用量は守る、とティファナ家のみんなは心の中で一つになった。
「内傷薬はとりすぎると数日間眠り続けたり、二日酔いのような副作用が出るようです」
こちらも問題ないレベルだ。ストレスも多い仕事では胃腸の守り神になるだろう。
イサラは夫妻が納得したのを見届けてから、他の品について説明を続ける。
「靴は一般レベルのもので、履く人に合わせてサイズを変える伸縮機能、歩く時の衝撃を減らす衝撃吸収機能、そして雨や雪の日も大丈夫なように防水機能を持たせてあります。耐久性もあげておりますので、無理な使い方をしなければ十年ほどは履けるかと思います」
「十年?! それに、機能が三つも……」
靴は一年持てばいい方というのが常識だ。それを十年持たせる加工、さらにはぜいたくすびるほどの機能を付けられている。シリルは頬が引きつった。相変わらずぶっ飛んでいる。
「これのどこが一般レベルなの? 魔道具って言われても驚かないわ」
「いいえ、魔道具ではありません。あくまで自動魔術の範囲内です。ミール村ではみんな使用しております。薬も各家庭の常備薬ですので」
イサラの返事を聞いて、シリルは頭を抱えた。
「どんな村よ、それ。そんなとこにいるからあなたの常識がずれるんだわ」
「だが、その耐久力では靴の需要も落ちるだろう? 文句を言われたりしなかったのかい?」
需要と供給の関係で利益を得ている商売人からすれば、下手に長持ちするのはよし悪しだ。最初は品がいいことで売れ行きも伸びるだろうが、普及してしまうとガクッと売り上げが低下するはずだ。
しかも十年持つとなれば商売あがったりだ。
「そんなこともなかったけどな。みんなすごく喜んでたし」
「そうね。前はどんなに頑張っても、一度山に狩りに出たり、雪の中を歩いたりしたら駄目になってたって言っていたわね」
極寒の雪山では、工夫を凝らしても全てを凍り付かせる外気とまとわりつく雪が品物の寿命を極端に縮める。ミール村では日用品や衣類の消耗が他の村などに比べて数倍以上激しかった。それがまた貧しい人々の生活を余計に圧迫していた原因でもある。
ミール村の主な収入源は、年間通じての寒さを利用した乾物や加工品。長い冬を利用することで編み出される織物。狩りで得た素材や、山で採掘される金属を加工した製品などだ。
食べ物は自給自足で自分達を養っていくのに精一杯。時としてはそれすらもままならず、餓死者を出すことも珍しくなかったという。
定期的に売りに出して収入を得ても、製品の原材料を自給できなかったため収益は微々たるもの。生きていくのにギリギリのラインだった。娯楽はおろか必需品にさえ余計なお金はかけられない状況だ。しかし、その必需品であるところの日用品がかさむとなれば当然家計は切迫する。
誰もかれもが赤貧の生活を送っていた。村を放棄するという選択もあったかもしれないが、村人達はそんな環境にあってなお、偉大なるフェール山脈の懐に抱かれて生きることを誇りに思っていた。滅びるのであれば、それもまた自然の導きだろうと全てを受け入れていた。
だが、豊かに平穏に安心して暮らすことを諦めていたわけではないし、求めなかったわけでもない。村の中で何ができるのか、どうすればよくなるのか昔から様々な工夫がなされてきた。そのおかげで今まで存続してきたといえる。
変化を受け入れ、受け止め取り入れる。しかし、それまでの生き方に矛盾しないよう自制して運用を考える。それがミール村の気質といえた。
1フェス=1円程度。
一般家庭の平均年収=二百~四百万フェス




