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創世の書  作者: マリヤ
第一章 赤の書
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首都ツィベル

「わたし、大人抜きで村を出るのって初めて」

 村の入り口で手を振る両親に大きく手を振り返しながらナルが言う。

「俺も。ってか俺らももう大人だったな」

 ハレスが同意する。普通はそうだ。ミール村は交通が不便ということもあり、成人するまで村から出たことがないということも珍しくない。むしろ、頻繁に村を出て旅をしていたイサラの方がまれなのだ。


「まあな。でも、そう気負うこともないだろ。首都までそう時間はかからないし、申請だって半日もありゃ済む。ま、俺らはそうはいかないだろうけどな」

 軽い調子で加わったのはレオルだ。レオルはイサラほどではないにしろ、単独で村を離れたことがある。二人が不安に思う気持ちは分からないでもないが、心配するほどのことでもない。

「いいお土産話ができそうですね」

 少し見当違いの意見を出したのはほかでもない、イサラだ。


 イサラにとっては散歩も旅もさして変わりないのかもしれない。気楽なものだ。

 それを聞いた二人は、肩からふっと力が抜けた。

「いいわね、あんたのそういう思考回路って。不安だとか、心配だとか、こっちがばからしくなってくるじゃない」

「まぁ、それぐらいの心構えでいた方が楽しそうではあるな」

 二人の反応に少し首を傾げていたイサラもコクリとうなずく。本音なのだが、どこか世間離れしているところが、イサラをして変人と言わしめている。


「そうそう。旅って大変だけど、楽しいんだからね。苦労することもあるけど、それ以上にわくわくしたり、ドキドキしたり。退屈なんてしないんだから」

 フィオナが体いっぱいで表現する。別れの場面でしんみりしてしまい、今まで無言だった。ちょっぴり泣いてしまったのは内緒だ。感情の切り替えが早いのもフィオナの特徴だった。背中に生えた四枚の羽根をせわしなくはばたかせて四人の間を行ったり来たりする。

 村にいたのではとても体験できないようなことがたくさんある。それが旅。知らない場所、初めての国。世界は冒険に満ち溢れている。




 フィオナの冒険譚が打ち切られたのは、四人がミール村の外れにある『旅の扉』に着いた時だった。『旅の扉』とは魔術によって特定地域間を行き来するための施設だ。この魔術により、世界の交通は飛躍的に発達し、他地域、他国との交流が盛んになった。

 ミール村は辺境にあるため、つながっている地域は少ないが、首都への直通便はある。村の中にないのは万一の時、直接旅の扉を使って襲撃されることを避けるためだ。

「いらっしゃい。そういえば今日が旅立ちの日だったねぇ」


 旅の扉の管理人が気さくに話しかけてくる。管理人も村の出身者で、中でもレオルやイサラは有名なためよく知られていた。イサラに至っては常連でもある。

「おはようございます。今日もよろしくお願いします」

 イサラも返事を帰す。顔なじみである彼はいつもイサラの旅立ちを見送ってくれていた。

「準備はできているよ。これが通行書、ここに名前を書いて……向こうに着いたら係員に渡すように」

 管理人は初めて一人で旅の扉を利用する二人のために説明をしながら通行書を渡してくる。本来ならばお金を払ってから渡されるのだが、四人の分は事前に支払われているため、手続きだけで済む。


 四人はそれぞれに名前を書いて、管理人の後について転送室に向かう。転送室もまた地下に作られており、村の少し手前まで地下道を使っていけるようにもなっている。今はともかく、他の季節では地上の移動は困難なためだ。

「……はい、ではお願いします。いいよ、四人とも陣の上に乗って」

 管理人は水晶玉のような通信装置を使い、扉の向こう側と連絡を取ると四人に向き直った。事前に連絡をするのは、同時に作動することを避けるためだ。この転送陣はミール村と首都とをつなぎ、相互間の移動にしか使えない。ただ、こちらとあちら同時につないでしまった場合、歪みが生じ、誤作動を引き起こしてしまうのだ。


 運が良ければどこかに飛ばされるだけで済むが、下手をすれば時空の狭間に閉じ込められる危険や、上半身と下半身で別の場所に飛ぶ場合もある。そのため、向こう側と交信して許可をとってからつなぐのだ。

 イサラ達は複雑に描かれた魔法陣の上に乗る。管理人が魔法陣を作動させると、百人は優に入れる部屋いっぱいに描かれた魔法陣が一瞬光を放つ。瞬きの間に、四人の姿はその場から消えていた。


「っと、着いたか」

 一瞬の浮遊感の後、足を付けた場所はもうミール村の転送室ではなかった。

「いつも思うけど、すごいわよね。普通に移動すれば何か月もかかるのに」

 ナルは素直に感想を述べる。この移動法が確立される前は、隣の村に行くことさえ命がけて、長い旅路を必要とした。それが今では一瞬で遠く離れた場所へと行くことができる。


 四人は係員に通行書を渡すと施設から出る。首都は国内各地だけではなく、他国ともつながる扉があるためその施設は巨大で迷路のように入り組んでいる。レオルも出口までの道のりは定かではなかったので、イサラについていくことにする。

「そうですね。転送陣の普及と旅の扉の設置は人々の生活を大きく変えました。今の世界の発展もそれあってのものですし」

 イサラも歩きながら答える。転送陣の技術が確立し、旅の扉が作られるようになったのは五百年ほど昔のことだ。それまで他国はおろか、国内の移動でさえ簡単にはいかなかった。首都で何かが決定されてもそれが地方に伝えられるのは数か月後ということも珍しくない。


 また、物品の流通も容易ではなく生鮮食品など地域ごとに生産したものしか得る方法がなかった。当然海や川の近くに町がなければ魚など見る機会さえない。それが劇的に変化した。

 地域ごとの特産品といえるものが生まれ、またその地域では手に入れることのできないものも手に入るようになった。何より文化レベルの格差が埋められた。国ごとに一定レベルの教育を施し、様々な法律が新しく作られた。

 国同士での交流も盛んになり、世界レベルでの交流発展が可能になったのだ。


 しかし、負の部分も当然生じた。大量の物資を一瞬で運べるということは戦争においても利用できたからだ。国の主要施設や首都に、大量の兵が突如出現するのだから。

 事実そうした奇襲によって滅びた国もあるという。そのため転送陣や旅の扉の扱いについて国際的な法律が生まれ、また様々な規約と規制が設けられることになる。

 また、設置当初は接続事後が多発し、多くの人が犠牲になってようやく相互間を同時につなぐ危険性も認識できた。


 今の旅の扉は、町の外に置く、一つの転送陣が繋ぐのは対応するもう一つの転送陣のみ。使用前に向こう側と連絡を取り許可を得る、使用料と引き換えに通行書を発行してそれを持たないものは出口にて逮捕される、一度に運ぶ人数は百人まで、などなどいろいろ取り決めがある。

 旅の扉の管理は国が行っているが、個人で所持することも可能ではある。ただし、国の認可が必要だし、陣は複雑で制御・起動・維持が難しいためほとんどいない。

 外に出ると、首都までの街道が設けられていた。距離的には数kmはあるだろうか。遠くに首都を囲む外壁も見えるので迷うことはない。


「さーて、行こっか」

 フィオナは一度イサラの肩から飛び立って背伸びをする。建物から外に出てようやく一息つけたのだろう。

 妖精は珍しい種族ではないが、人と行動を共にすることはあまりない。そのため好機の目でじろじろと見られて居心地が悪かったのだろう。いつものこととはいえ、あの視線は好きではない。

 朝の早い時間だったためか、街道に人の姿はまばらで、これならフィオナも羽を伸ばせそうだ。

 ファンダリアには様々な種族が住んでいる。人はもちろんのこと獣人やエルフやドワーフ、妖精や精霊、そして魔物と呼ばれる生き物達。


 魔物は世界各地に生息しており、一般の動物達よりも獰猛で好戦的。時として人を襲ったり、繁殖力も強いので群れで近くの村を襲ったりもする。そのため、この世界では誰しもある程度の戦闘技能が要求されることになる。

 魔術が世界的に普及した現在では、基礎教育に魔術も含まれているため、一般職を選んだ人でも魔術を行使できる。ただ、それを専門とする人には遠く及ばないため、通常町の外に出る時にはそう言った職業の人を雇うことになる。


 ナルやハレスも小さい時から戦う訓練は積んできた。ミール村では特に男女の別なく、一定の年齢になると子供達に武器を持たせて訓練を行うことが習慣となっていた。

 しかし、実戦となるとそこまで経験があるわけではない。村に近づく魔物は自警団によって対処されているからだ。しかし、首都は目と鼻の先とはいえ、魔物の勢力圏に入っても二人から不安は感じられない。

「首都って、最後に行ったのって数年前かな」

 ナルは以前、母の付き添いで行った時のことを思い出す。自分達の村とは比べようもない大都市だ。迷子にならないことで必死だった思い出がある。


「いつ行ってもにぎやかだよな、あそこは。ここいらは冬の時期にしか雪が積もらないしな」

 冬の時期にも、積もって数十cmといったところ。何mも積もるミール村とは大違いだ。

「そうですね。わたしも最後に行ったのは三か月ほど前ですが、相変わらずでした」

 各地を旅しているイサラだが、首都は旅の扉を利用するだけで中に入らないこともままある。


「頼まれたお土産買えるかしら?」

 ナルは首を傾げる。首都の店には詳しくない。一応お金は預かってきているものの、望みの物が買えるかどうかは疑問だ。

「それでしたら案内します。お二人は今日戻られるのでしたよね」

 そこへイサラが買って出る。通常、一般職なら申請書を提出して審査を行い、昼頃には身分証が発行される。それから土産物を見て回っても十分に日帰りが可能だ。

「ほんと!? 助かるわ、わたし達だけじゃ迷子になりそうだし」

 ハレスもうなずく。首都はその広大さもさることながら、入り組んでいるし店も多い。地理に明るいイサラの申し出はありがたいものだった。


「はい。わたし達はいつになるか分かりませんので」

 イサラとレオルが希望しているのは技能職と呼ばれるものだ。

 職は一般、技能、特殊と三種類に分かれている。一般職は誰でもなることができ、基本的に申請するだけで就くことが可能だ。全体の六割近くはこの職に就く。

 技能職とは特定の技術や知識を必要とする職で、それぞれ必要とされる資格を有した上で試験に合格しなければならない。


 特殊職とは王族などを除き、年二回の国家試験に合格した者が付くことのできる職だ。ただ、これは国に雇われる公的な職のため、定員が決まっている。そのため試験を受ける時も別の職に就いておき、合格して初めて転職という形になる。

「試験があるんだよね。まあ、二人なら大丈夫か」

「だな、問題はいつ受けられるかだよな」

 ナルとハレスが二人を見て言う。試験に合格するかどうかは全く問題にしていない。この二人なら大丈夫だという確信があるのだ。


「そうですね、最悪一月以上待つなんてこともあるそうですし」

 技能職の試験は年中受けられるが、いつでも行われているわけではない。申請をした後、同じ試験を受ける人数が最低定員以上になって初めて行われる。そうなると、どうしても待ち時眼ができてしまう。その間に申請期間が終わってしまっては身分証が発行できない。そのため、申請を済ませてから試験を受けるまでの間は申請期間に含まれない処置がとられている。

 つまり、申請をして試験まで一月かかったとすれば、一月分申請期間が延びるのだ。最もその間の滞在費などは自費のため、できる限り短いことが望ましい。


「運が良ければ数日中に終わるだろ。まあ一月かかっても大丈夫なだけの蓄えはあるけど」

 レオルはポンポンと荷物をたたく。この日のためにレオルもお金をためてきた。また、エレザイル家からの援助もある。しばらくは困らないだけのお金は持っていた。

「ほんと、この日のためにずっと頑張ってきたんだものね」

 フィオナが優しい目でイサラを見る。

「わたしは自分のやるべきことをしてきただけです…………レオル」

 イサラはフィオナに視線を向けながら答えたが、突然前を見据えるとレオルの名を呼ぶ。レオルもすぐに察して構える。


「魔物が、四体いるな。これくらいなら俺一人で十分だ」

 レオルは自分達めがけて走ってくる魔物を見て請け負う。大きさは人と同じくらい、よく見かける犬型の魔物だ。まだ遠くにいるが、そう待たずとも接触するだろう。

 レオルは戦闘態勢になると、弓を取り出し矢をつがえる。普通の弓なら届かない距離だが、この特製の弓なら別だ。

 狙いを定めて矢を放つ。鋭く風を切り裂いて矢が飛び、先頭にいた魔物の額を貫いた。

「お見事!! でもまだ来るね」

 フィオナが手をたたいてほめる。魔物は仲間がやられてもひるまずに突っ込んでくる。

 レオルは無言で次の矢を構えて射る。それが三度続く。


「……もう近くにはいませんね。行きましょうか」

 レオルの後ろにいて、あたりに警戒を払っていたイサラがレオルに視線を向ける。レオルも弓をしまっている。

「そうだな、矢も回収したいし」

 弓は一つあればいいが、矢は有限だ。材料も持ってはいるが節約したい。試験があるならなおさらに。

 四人は無言で魔物が倒れているところまで歩く。レオルが放った矢は、どれも持魔物の額を打ち抜いていた。見事としか言いようのない腕だ。レオルは魔物から矢を引き抜き、血をふき取ってから納める。


「やっぱすごいな、さすがハンター志望なだけある」

 ハンスは額にしか傷のない魔物を眺めている。村で生活し、狩りに参加せずとも魔物はよく見る。魔物は村を支える資源でもあるので、傷が少ない方が価値が高く使える部位も多い。

 戦闘は自警団が行っても、解体や剥ぎ取りは子供でもできるため手伝うのが当たり前だった。だから魔物の死体を見ても忌避感を覚えることはない。

「こんな首都の近くでも魔物って出るんだね。やっぱり二人と一緒に来てよかった」

 ナルも胸をなでおろす。ここは首都から一kmも離れていない。そんな場所でも魔物は出てくる。少人数とみて襲ってきたのだろうが、自分達だけだったらどうなっていたか。


「帰りも付き添いますので、大丈夫です」

 イサラは二人を見て微笑む。二人の両親からもよろしく言われている。帰りも旅の扉まで送り届けるつもりだった。

「お願いね」

 ナルは両手を合わせてイサラに頼み込む。レオルもイサラも護衛としては申し分ない。さっきもイサラは自分達の中で一番最初に魔物の気配に気が付いた。普段のボケっぷりからは考えられないが、イサラはやる時にはやる子だ。

 談笑しながら歩いていると首都に着く。見上げるほど高い外壁は都市全体を覆い、外側からは建物もほとんど見えない。四人は門に近づくと、目的を告げて申請書を見せると中に入った。


 基本的に街の出入りは身分証があれば可能だ。ない場合は手続きに時間がかかるが、新成人であれば申請書があれば身分証と同等に扱われる。

 首都ツィベルは人口三百万人ほどの都市だ。国家機能のほとんどがここに集中している。ジフテル国は議会制を採用し、成人すれば選挙権も与えられる。

「やっぱり、朝でもにぎやかね、ここは」

 フィオナは行きかう人々を眺める。都市ともなれば一日を通して眠ることなく機能している。今もあちこちで朝市が行われていた。


「施政所は中央の方だったな」

 レオルは遠くにある大きな建物を見る。施政所は各都市町村にあり、国民の生活を支える役目を果たしている。

 これだけ人がいても四人は目立つのか、道行く人が振り返る。フィオナを連れていることもあるが、レオルやイサラが目立つ容姿をしているのもその要因だ。

 レオルは短く切った藍色の髪に、明緑の瞳。健康的な小麦色の肌と、引き締まった体をしている。顔は田舎育ちとは思えないほどあか抜けており、親しみやすい雰囲気を持っている。


「なんか見られてるよな」

「イサラの銀色の髪って珍しいしね」

 レオルは光の加減で黒にも見えるが、イサラの髪は隠しようがない。多種多様な髪色があるが、銀というのは比較的珍しい部類だった。

「そうですか?」

 イサラ自身は自分の容姿にさして興味がなく、こういう視線にも慣れているため気にしていない。

「気にしないことよ、肩は凝るけどね」

 フィオナもイサラの肩に乗ったまま、慣れない二人を気遣う。居心地は悪いが慣れるしかない。イサラといればいつものことなのだから。

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