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創世の書  作者: マリヤ
第一章 赤の書
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剣術試験見学

 どのような子なのかを見極めるつもりだった。とぼけているだけなのか、本当に力不足なのか。実際に会って言葉を交わしてみたが、何とも判断に困る子だった。

 ティムはこれまでにも魔道書研究家を目指す子供達を大勢見てきたが、イサラのような子は初めてだった。のんびりしているように見えて、どこか底の知れないところがある。


 魔道書研究家の職を手段としているということもそうだが、生来の気質と相まって正確な判断が下せない。

 シリルが変な子だと言っていた意味を痛感する。常識ではとても測れないようだ。

 ティムが次にかける言葉を探していると、シリルと稽古をしていた女剣士がやってきた。女剣士はうっすらと汗をかいているが、息は乱れていない。

 続いてシリルがやってくる。荒いというほどでもないが、息を乱して額にも汗をかいていた。


「イサラ、来てくれたんだ!」

「はい、お誘いいただきましたので。待ち合わせをしていた方達も、まだ来ていないようでしたので先にこちらへ」

 稽古の後ともあってわずかに弾んだシリルの声。正反対にイサラはのんびりと答える。

 シリルはどことなく嬉しそうだった。同じ職を目指し、さらに同じ剣術資格を持つ者同士。共感するものがあるのだろう。


「そっか、待ち合わせの人っていうのは同じ村の人?」

「はい、今日一緒に職業申請に来た方達です。もう一人街で知り合った方もいらっしゃいますが」

「そう、大丈夫なの? ここにいることを知らせなくて」

 いくら待ち合わせ場所にいなかったとはいえ、イサラがここにいることを知る者もいないはずだ。入れ違いになったり待ちぼうけになる可能性をシリルは指摘する。

「大丈夫です、みなさんしっかりしていらっしゃいますし。わたしも迷子になったりは致しませんので」

「えっ? あ、いや、そういうことじゃなくて。合流しなくていいのって聞いてるんだけど?」


 微妙にピントのずれたイサラの答えに、シリルの方が困ってしまう。イサラは納得したような様子を見せる。

「はい、それに関しても心配はいりません。わたしがいなければ皆さんの方から探しにいらっしゃると思いますので」

 妙に確信のある言い方だ。シリルが首を傾げているとイサラが説明する。

「その、お恥ずかしい話ですがわたしは何か興味があることを見つけると、そちらに集中して時間を忘れてしまうことがあるのです。今回も待っているより、剣術を見られると知るといてもたってもいられなくなりまして……。ですから、わたしがいないことに気付けばみなさんわたしが興味を持ちそうなところを探すと思いまして。変に動き回るよりは、ここにいた方が合流できる可能性が高いと思いますので」


 村でも散々心配をかけたり、迷惑をかけたりして怒られてきた。それでもなかなか治らない。自覚していても、それを抑えることができないのだ。興味があることに貪欲に、盲目的になってしまう癖は。

 今回も全員が集まってから来てもよかったのだが、剣術試験があると聞いて待っていられなかった。職としては魔道書研究家志望だが、剣士でもあるからだ。

「ふふっ、なるほどね。やっぱり変な子ね。じゃあ大丈夫なのね?」

「はい」


 シリルは自分が誘ったせいで、イサラやイサラの友人達に迷惑をかける結果にならずほっとする。同時に、こんなことが日常茶飯事で起きていることに軽い頭痛を感じ、イサラの友人に同情を寄せる。

「ところで、試験はもうすぐでしょうか?」

 呆れた顔のシリルにイサラが尋ねる。

「ええ、向こうでやっている試合が終わったらわたしの番よ。体も暖まったし、調子もいいみたい」

 シリルの目線の先では、二人の若い男性が剣を打ち合わせている。それを三人の試験官が見守っていた。試験は二、三人の試験官がペアになった受験者の戦いを見るという形で行われる。今も同時に十試合ほど行われていた。

 地面に正方形の線を引き、その中で受験者同士が戦っている。


「そうですか、それは何よりです。ただ、相手の方がどのような技を使ってくるか分かりませんので、十分気を付けてください」

「また師匠みたいなことを言って。分かってる、迂闊なことはしないわ」

 シリルは苦笑いをする。言っていることは師匠と同じでも、同年代のイサラの口から出ると不思議な感じがする。

「この子がイサラ? わたしはムスリム=サーシャ。職業剣士で、シリルの師匠だ。よろしく」

 男勝りの砕けた口調で気安く自己紹介すると、女剣士は握手を求めてきた。イサラもそれに応じる。イサラの手を取ったサーシャは少し眉を吊り上げる。それからニヤッと笑った。


「いやー、大したものだね。隙がないわ、剣も相当振り込んでるでしょ」

 いたずら心から、隙あらば技を仕掛けてやろうと考えていたサーシャだったが、失敗に終わる。あんなにも隙だらけに見えて、実際には仕掛けることができなかった。

 身に付けている手甲や手袋越しに伝わってきた手も、長年剣を振り続けてきたことをうかがわせた。

「師匠ったら、出会った剣士にはみんなこうするのよ」

 シリルは、師匠に隙がないとほめられたイサラのことを少しうらやましく思いながらも、師匠の行動について説明する。


「そうでしたか。……村では他にすることもありませんでしたので」

 ミール村の娯楽は少ない。家の中に閉じ込められ、地下で交流しても簡単なボードゲームや札遊びがいいところだ。都会のように娯楽施設に金や時間は割けない。そんな余裕などない。

 その環境がイサラを後押ししたのか、イサラがその環境に適応したのか実に単純明快な日々の繰り返しを続けていた。

 イサラが村にいる間にやっていることは二つ。剣を振っているか、魔道書研究をしているかのどちらかだ。よく旅にも出るが、その間にやっていることも大差ない。


「ミール村って言ったっけ? イサラの故郷」

「はい。フェール山脈の中腹にあります。一年の大半は雪に閉ざされ、地下での生活が主体となります」

 雪国ではままあるが、生活空間を地上よりも地下に重点を置いて街を建設する。特に冬何mにもわたり雪が積もる地域はなおさらだ。一階部分からなど出入りさえできない。村の中の移動ですら困難を極める。

 そのため、地下に居住スペースを築き、通路を築いて行き来し生活している。冬の長い地域では一年の半分以上を地下で暮らすことにもなる。時間は有り余るほどにあるのだ。


「フェール山脈って、ツィベルのずっと北にある世界最高峰の山脈でしょ? あんな場所に人が住めるの?」

 ツィベルで生まれ育ったシリルには、はるか遠くの地であり、毎年多くの死者・遭難者を出すという苛烈な場所だ。そこに住む人々がいるなど容易には信じられなかった。そのため失礼な言い方をしたことに気付き謝る。

「小さな村ですが、人が住んでおります」

 イサラは気にしないと首を振ってから答える。知っている人の方が少ない、国の目も満足に行き届かない村なのだ。知らなくても無理はない。

「今、ようやく雪解けを迎えた頃ですね」

 暦は初夏の七の月十八日だが、ミール村ではようやく冬が終わったばかり。これから三か月ほどの短い春夏を終えると、また冬へと戻って行く。


 シリルはイサラのヤックを見る。そんなところから来たのではこの格好もうなずけるというものだ。シリルはミール村のヤックの効果を知らないためそう考える。

「そう。いいところなのか悪いのか難しいところね。でも、さすがに剣の方は師匠がいるんでしょ?」

 続く言葉に困ったシリルは話題を転換する。少々強引だが、気になっていたことでもある。才能さえあれば独学でもある程度までは戦闘技能を伸ばせる。しかし、それではBランクの壁を超えることはできないとされている。


 師匠が認めたということはイサラの実力はそれなりに高いのだろう。いくら常識外れのイサラとはいえ、剣の師匠もいないでそこまで上り詰めるのは難しいと考えた。

「はい、いました」

「いた? 過去形ってことは……」

「はい、亡くなりました。もう六年になります」

 途端にシリルとサーシャの顔が曇る。師匠と弟子という関係は、ある意味血縁関係よりも深い絆となることがある。その絆が強ければ、師が亡くなったからといって新しい師匠を探すことはまずない。


 シリルもサーシャ以外からは剣を教わるつもりはなかった。イサラも同様だろう。六年といえばイサラは十二歳のはずだ。まだまだ師について学ぶことは多く、未熟な頃。その頃に師を亡くし、けれどその絆ゆえに新しい師を迎えることもできない。その苦悩を思ったからだ。

「見た目によらず、いろいろ苦労してきたみたいだな。よしよし、若い時に色々な経験を積むのはいいことだ。それが、たとえ辛いことであろうともな」

 サーシャはイサラの頭を軽くポンポンと叩く。少しずれたところもあるが、なんとなく気に入った。師を亡くし、それ以降六年間自力で腕を磨いて資格を取った。それだけで賞賛に値する。


 閉鎖的な村で育った割には慢心も見られないし、剣術に対する取り組み方も真剣だ。それは試合を見つめる様子を見ればわかる。

「あの、少しお聞きしてもよろしいでしょうか?」

「ん、なんだ?」

 イサラの方から質問してきたのが珍しかったのか、サーシャはイサラに目線を合わせる。イサラも顔をサーシャに向けていた。

「先ほど、お二人が使用していた剣術ですが、あまり見たことがありません。何という流派なのでしょう?」


 イサラはあちこち旅をして、今まであまたの流派を目にしてきた。そのうちのどれとも当てはまらない。初見の流派だった。

「ああ、マイナーだからなうちの流派は。ウルタ流っていうんだ」

 サーシャは気を悪くした様子もなく答えてくれる。少数流派なのは事実だし、そこまで有名でもない。サーシャ自身もそんなことを気にする性格でないのも一因だ。

「ウルタ流……ですか。開祖は女性でしょうか?」

「そうだ。聞いたことでもあったか?」


 見たことがなくても、知識として流派の名前を知っているということはある。それなりに古い流派なので可能性としては十分だ。イサラもその口なのかと思った。

「いえ、先ほどの動きを見てそうなのではないかと考えました。女性が使うことを前提としているような型でしたので」

 これにはシリルだけでなくサーシャも驚く。ウルタ流は女性によって生み出された、女性のための剣術だ。女性の持つしなやかさと俊敏さを生かした動きが特徴だ。力で男性に劣る分、速さと柔軟さで対応するために。


 先ほどの稽古の様子を見ただけでそれを見抜いたイサラは、やはり剣の腕も相当磨いているのだと感じさせた。知識だけではなく、実戦も伴わなければ目は養われない。

「そうだ。力ではどうしても男に劣るからな。だが、極めれば大の男相手でも十二分に渡り合える」

 サーシャは自信満々に胸を張る。自身の流派に誇りを持っていることはもちろん、サーシャ自身も腕を磨き、この剣術で幾人もの腕自慢を負かしてきた。虚勢などではない実感を持った言い方だった。


「はい。重心の移動と足さばき、手首の使い方が独特ですね。参考になります」

「ふふ、末恐ろしいな。たったあれだけの手合せでそこまで見抜くか……。シリル、他の剣術を見ることも剣を学ぶ上では重要なことだ。お前も経流派の動きをよく見ておくんだ」

 サーシャは内心総毛立ちながらも何気ない風を装う。弟子であるシリルは未熟ということもあって気づいていないのだろう。師の言葉に素直にうなずき、熱心に観察を始めている。


 シリルはサーシャが初めてとった弟子だった。少しプライドが高く、攻撃的なところもあるが素直で呑み込みが早い。魔術の才能がありながら、剣術の才能もある。剣術の才能では千人に一人の才だと誇らしくもあった。

 だが、イサラという子はどうだろう。違う、と直感的に思う。剣士として磨いてきた第六感が伝えてきた。

 シリルの隣にいる友人のイサラ。彼女は一目でウルタ流の極意を見抜いてしまった。そんなことができる者がどれほどいるだろうか? まして、成人したばかりの歳で。


 サーシャはこれでも世界を渡り歩き、多くの強者とも顔を合わせてきた。試合をしたこともある。相手の実力を見抜く目はあるつもりだった。それでも、サーシャはイサラの底を見ることができない。

 おそらくは自分よりも強い。漠然と感じるそれが正解なのだろう。シリルは他流派の剣術を見てもその動きを追うだけだ。今はそれで精一杯だともいえる。

 しかし、イサラの中では細部にわたって観察・分析し攻略するための動きを考察しているのだろう。それも極めて短時間で、基本的な動きを見ただけで。


 師匠二人がイサラに対して静かな畏怖を感じて沈黙が訪れた時、シリルの順番が回ってきた。

「それでは行ってきます」

 シリルは立ちあがって気合を入れる。師匠二人は笑顔を作り、手を振って送り出す。今は弟子の成功を祈ることにしよう、そう切り替えて。

 シリルの相手は二、三歳ほど年上の男性だ。剣術の腕に年齢は関係ない。ただし、経験の上では年長者が有利なのは言うまでもないことだ。


「どう見る?」

 サーシャはシリルから目を離さずにイサラに問いかける。自分の感想と比べてみれば、多少なりとも力量が計れるだろうとの意図もある。

「わたしにはなんとも。勝ってほしいとは思うがね」

 自分にも問いかけられたのかと思ったティムが答える。魔術を先行しているティムは剣には疎い。見ただけでは相手の強さを推し量ることができなかった。魔術は相手から離れて行使する技なので近づかれる前に決着をつけるのが基本だ。そのため見る目を養うのが難しい。師匠として怪我がないことを祈るしかない。


 サーシャはちらりと横目でイサラを見る。イサラはその視線で自分にも問いかけられているのだと悟った。

「実力的にいえばシリルが優勢でしょう。相手の方の流派との相性もよさそうですし。ただ……」

 イサラは言葉を切る。眠そうに閉じられた瞼の奥で、瞳が一層鋭く輝いた。

「冷静に最後まで戦うことができたら、の話になるでしょう」

 イサラの言葉が終わると同時に試験が始まった。サーシャも目線を戻して口を閉じる。


 試験を受ける二人は開始時の距離を保ったまま、円を描くように移動して相手の動きをうかがっている。

 他流派の試合というのは怖いものだ。相手がどんな技を持ち、どんな動きをしてくるか予測が立たない。どちらもそう簡単には仕掛けられないのだろう。

 それでも動かなければ始まらない。最初に仕掛けたのは男性の方だ。使用している剣は一般に広く使われているロングソード。相手のシリルはレイピアのような細めの両刃剣。


 二度、三度撃ち込まれるも、シリルはうまく受け流す。相手の力を利用して、そのまま回転して攻撃に転じる。舞うような足運びで、素早く繰り出される連撃に男性は次第に防戦一方になり、いったん距離を開けた。

 お互い少し息が上がっている。知らない流派と戦う時には想像以上に集中力や精神力、体力を消費してしまう。実力の近い者同士ならなおさら気を抜けない。

 また、じりじりとしたにらみ合いになる。今度はシリルから飛び込んだ。先ほど打ち合った感じで、接近戦なら有利だと感じたからだろう。相手の方がリーチは長いが、その分懐に入ってしまえばそのリーチはあだになる。


 果敢に攻めるシリルを見て、ティムは勝利を予感した。イサラの言葉は少し引っかかるものの、この調子で行けば大丈夫そうだ。

 シリル自身も行けると思っていた。このままいけば勝てる。たとえ決定的な勝利でなかったとしても、ポイントで上回るだろう。

 試験は時間一本制を採用している。相手を負かすか、時間内でより優勢に戦った者が勝者となる。

 相手の男性もそれを感じているのか、焦ったように攻撃してくるが、すべてシリルに捌かれてしまう。

 シリルは勝利を意識し、少し口元が緩んだ。それが、決定的な隙を生み出してしまうとも知らずに。

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