第四話 金髪の妖精は時に任務を遂行する。
評価感想待ってまス。
「――――かはっ、げほ……こほっ」
水を一気に吸い込んだような感覚に陥り、身体を丸めながらむせ返った。
ひとしきり咳をした後、落ち着いて息を吸い込むと、先程の暗闇の中とは全く違う爽快さ。透き通るような新鮮な空気がおいしい。
(……戻って、来たのか?)
ぺたぺたと自分の顔を触ってみる。異常なし。
目を開けて周りを見渡しても、気絶する前と何ら変わりはない。
いつものベッドに、踏みなれたフローリング。
きちんと服も着ているし、さっきの異常な動悸もない。
変わらない景色。
両手も――――元通りだ。
(よ、よかったぁー……)
ため息とともに、こんなことを思うのも仕方がない。
短い時間の内に色々なことが起き過ぎた。しかも、それらがすべて非現実的なことだからなおさらである。
それにしても、
「さっきのは、何だ、アレか? 夢の中での出来事だったのか? 夢オチとか……そういう手塚先生激怒の展開だったのか?」
頭をよぎった疑問をつい口に出してしまうも、すぐに、それはないと思い直す。
あの痛みは、尋常ではなかった。
これまでの生涯で感じたことのない痛みだった。
紛れもない――現実である。
…………。
…………。
「ま、考えても仕方ないか!」
もう過ぎたことだ。こういうときは深く考えすぎないほうがいい。考えるより、誰かに聞いた方が得策だろう。
ああそうだ、妖精に聞けば早い――――
「ってあれ、妖精は?」
そうだ、あいつがいない。
あいつに聞こうと思っていたことが山ほどあったのに。
こんな目にあわせたんだ。少し遊んでやらなければ。
フフフ。
「おーい、妖精ー?」
にやける口元を抑えながら、少しだけ大きな声で呼んでみる。
俺の部屋はそう広くない。このくらいで事足りるはずである。
「あー、起きちゃったんだぁ」
甲高く少々幼さの抜けていない声が、部屋の奥のほうから聞こえてくる。さっきと全く変わらない甘ったるい声である。
しかし、俺がせっかく無傷で生還したというのに、どこか落胆したような、間の抜けた声である。さっきので「暴走」とやらが食い止まったかどうかはわからんが、一時は落ち着かせたのだからもう少し喜んでもらってもいいのだが。
向こうからコツコツと妖精がゆっくり歩いてくる音がする。足音がするということは、今は妖精の姿をやめて人間の形をしているのだろう。
(……ん? 何でだ? もう人間の格好はしなくていいはずなのに)
少し気になったが、今はそんなことより、如何にしてあの緑羽虫に制裁を加えるかである。あれほど痛い目にあったんだ。妖精には同じ体験をしてもらわなければ。
(まず初めにー、妖精の姿にしてー、腹にデコピンしてー、指で口と鼻をつまんでー、綿棒でわきをくすぐってー)
ぐふふ、と思わず変な声が出てしまう。断じて変態ではない。
そんな不純なことを目を瞑って考えていると、いつの間にか妖精が後ろに来ていた。
後ろを振り返りながら、勢いに任せて言う。
「おいお前なあ! お前のせいで俺がどんだけ苦しい目に……あっ、たと……、おも……って……」
ここぞとばかりに一気に悪口をまくし立てようとした俺を、バブル崩壊時日本経済のごとく減速させたのは、
「あーあ、せっかく寝てる間に楽にさせてあげようと思ったのにー」
すらりと伸びる、日本刀を構えた金髪少女だった。
「…………え?」
あまりに不釣合いな光景に唖然となる。
薄暗い部屋の中、逆光で出来た影が妖精の顔を暗く照らしていた。
灰色をした棟に、銀色に輝く刃文。手にしているのは正真正銘の日本刀だった。
「ごめんね、本当にごめん」
彼女はほんの少しだけ悲しそうに謝って――躊躇いなく振り下ろす。
「いやいや。……いやいやいやいやええええええええええええええ!?」
とっさに横に転がって回避を試みる。
ひゅん、と顔側面数センチのところを刀身が掠めていった。
間一髪。下手したら、耳を落とされていた。
「お、おまっ……!! なにを……!!」
蚊ほども予想しなかった出来事に、口が言葉を形作らない。地面に手足をついた情けない状態のまま妖精を見た。
「ごめんね、私のせいだよね。私が責任を持って、人間じゃなくなる前に、眠らせてあげるから……」
「は? 人間じゃなくなる前にってどういうこと……おおおおおおおおおおおおお!?」
今度も縦に一線。俺の頭に日本刀を振り下ろそうとしたのを、立ち上がりながらすれすれで横にかわす。
(うわお、ベッドが真っ二つ)
轟音とともに、俺がいた場所のベッドが崩れ落ちた。
見た目とは違いすぎる筋力に、あれは魔法でも使っているのだろうなと勝手に自答する。
アレが俺の成れの果てにならないことを祈るばかりである。
「落ち着け、とりあえず落ち着けっ!!」
両手を前に出し、待ったの姿勢をとる。その誠意が少しでも伝わったのか、妖精は日本刀を構えたまま話し始めた。
「日本刀に見えるこの剣は、女神様がじきじきに創ってくださった特別なものなの」
「聞いちゃいねぇし!!」
「これには女神様のご加護が宿っていて、これなら――覚醒後のゴリラの皮膚でも貫ける」
「いや俺ゴリラじゃねぇし!?」
「……もう理性は残ってないんでしょ……? かわいそうに……」
「俺は生まれてこの方理性を失ったことなんてないけど!?」
「大丈夫、安心して……ゴリラになる前に、私が責任を持って、楽に殺してあげる――」
「人の話を聞けと言っているだろうがああああああああああああ!!」
もはや妖精に、俺の声は届いていないようである。
「やああああああああああああああああ!!」
「うおあ!!」
掛け声とともに、横に薙ぐ一線。後ろに飛んで避ける。
「やあ! やあっ!! たあ!!」
横、縦、斜めと日本刀が縦横無尽に駆け回る。
一薙ぎするたびに、二つに結わえられた金色の髪の毛が振り乱される。
(くそっ……こいつ何か違いしてないか!?)
剣が振るわれるたびに転がりながら思った。
おそらく、おそらくだが――こいつは俺がさっきの「暴走」を止められなかったと思い込んでいる。女神サンでさえ冥福を祈ってたくらいだから、「暴走」してしまったら死ぬことは避けられないとでも考えているのかもしれない。
こいつの今の行動から察してみても、過去に「暴走」から生還できた奴はいないのだろう――実際に俺は生きているというのに。
筋書きとしては、不幸にも「暴走」してしまった人間は、危険すぎるために付き添いの妖精が女神サンの日本刀で始末する――と、こんな感じか。
道理で話を聞いたことがないはずだ。
抑制をしたら記憶を消され、「暴走」したら殺されるのだから。
「もう! 避けないで! よ!!」
ブンブン刀を振りまわりながら、妖精は無茶な要求をしてくる。
「おとなしく、死んで! 早く、しないと! 貴方が、不細工ゴリラに!!」
「だ、か、ら! お前は、何か、勘違いを――」
ギリギリのところで剣筋をかわしながら妖精の間違いを正そうとした、そのとき。
足に何かが当たり、バランスを崩してしまう。
「うおっ……!!」
ぐらりと体が傾き、自然と視線が足元にいく。
そのスキが、いけなかった。
きゅぴーんと妖精の瞳がひかり、
「もらったあああああああああああああ!!!!」
突きの構えで、俺の胸に向けて刀を差し込む――――!!
(ち……これまでか――――)
目を瞑り覚悟を決め、
ガギンッ!!!!
「「――――へ?」」
間抜けな声を出したのは二人同時だった。
今俺の身体には、刀が突き刺さり、血が溢れている――はずなのに。
何故、金属同士がぶつかったような音がしたのだろう。
というか、なんで痛くねえんだ。
「……え? いや、……あれ?」
妖精の困惑している様子が伝わってくる。
恐る恐る目を開けると、
刀が胸の前で静止していた。
「……どーなってんだ、これ」
左胸の、五ミリほど前。何か透明の硬い膜のようなものが、刀から俺の身体を覆っていた。ぐぐ、と妖精が更に力を込めるも、ピクリともしない。
「……え? なんで? なんで刺さらないの?」
突き刺す構えを解き、切っ先を見つめながらそう問う。
「…………俺が知るか」
ぼそりと呟く俺に、
「う、うわっ!! ゴリラがしゃべった!!」
「さっきから話しかけてただろうが!! ていうか誰がゴリラだ!!」
妖精はまるで、俺がたった今初めて話しかけたみたいなリアクションをとる。
人の話を聞かない虫だとは思っていたが、まさか本当に聞こえていなかったとは。
「ゴ、ゴリラがしゃべ――……あれ? ゴリラになってない……?」
「だからさっきから言ってんだろ」
「そ、そうだよね……変化したら、五メートルくらいの大きさになってるはずだし……」
「いやだから早く気付けよ!!」
俺の突っ込みは完全無視の方向らしい。
なにやら小声で考え込む妖精。
「あれ、なんでだろ? 現状が理解できないんだけど……。なんでこの剣に女神様のご加護が施されてないの? いや、もしかして、ご加護はしてあるけど――効いていない? ……いやいや、そんなまさか。有り得ない。女神様を超える力なんて……有り得ない。いや、有り得ないと言えば……そうだよ、そもそもこの状況が有り得ない。確かにこの人は覚醒をした。この目で見たから間違いない。じゃあなんで? なんで力が顕在化してないの?」
「あ、あのー」
ぶつぶつぶつ。俺が話しかけようとしても、独り言が止む気配はない。
「覚醒したら、後は五分以内にドカンと気持ち悪く変身するだけなのに……なんでこの人は人間のままなんだろ。ていうか、理性が残ってるってのもおかしい。私の剣を避けきれるってのもおかしい。おかしいおかしい、おかしいことだらけですぜだんな。あははははははははははははははははははははは」
「お、おい!? どうした!?」
おかしいを連呼したと思ったら、いきなり壊れたように笑い出した。
目がいってる。超怖い。
「あっははははっ! おかしいよー」
「お前の頭のほうがおかしくねえ!?」
「私の給与待遇おかしいよおおおおおおおおおおお!! 残業代くらい出してくださいよおおおおおおおおおおおお!!」
「そこかよ!! 話を元に戻せ!!」
なかなか切実な願いだろうけど。
「帰宅時間は六時希望だよー!! 十一時は無いよー!! 私は女の子だよー!? 暗くなる前に帰らせるのが普通だろー!!」
「わ、わかったから! わかったから落ち着け!」
「これが落ち着いていられるかーっ!! あなたのせいでねえ! あなたのせいで私がクビになるかもしれないんだよー!? どうしてくれるの!! 私の老後安心生活計画をどうしてくれるのおおおおおおおおお!!」
ぴくり、と俺の耳が動く。
今のは、聞き捨てならない。
「――なんだって?」
「だからー、あなたのせいで私がクビになるかも――」
「あ、な、た、の、せ、い、で?」
力のこもった反復に、妖精はたじろぐ。
「そ、そうだよ! 何か知らないけど、あなたの変な体質のせいで、発動予測が狂ったに違いないん――」
「ほうほうほう。ほーうほうほう? 俺の所為? あーそうか俺の所為か!!」
沸いてきた苛立ちに、思わず声が大きくなる。
「な、なによぅ」
「俺が変な体質だから? ああ、それは謝るしかないな。生まれつきのものは仕様がない。だが、予想が狂ったのが俺の所為? そんなわけねーだろうが!!!!」
「……だって」
「だってじゃねえよ!! いいか? この件に関して、俺は全くもって悪くない!! あったりまえだ!! 女神サンのお墨付きだしな!! 大体なんだ、聞くところによるとそっちの不手際でこうなったらしいじゃないか!! それが何で俺の所為になるんだ!!」
「……でも」
「でもじゃありません!!」
「ふぇ……でも、でも…………あなたのせいってことにしないと、……じゃないと、私、わたしぃ……」
さっきの威勢はどこへやら。くしゃっと顔を崩し、瞳を潤す妖精。これはもう完全に泣き出す体勢である。
(あああ……もう泣かないでくれ。涙は嫌いなんだよ……)
思わず叱る勢いが弱まり、次につむぐ言葉を躊躇ってしまう。
「ああもうめんどくせえ!! 誰か、誰かなんとかしてくれ!! 助けてくれええぇぇええぇぇぇえぇええ!!!!」
無性に、誰かに助けてもらいたくなった。この状況を打破できる誰かに――――
『はいはーい、助けに来ましたよーってね』
突然、どこからか軽快な声が聞こえた。
次で最終話です。
気軽に一言残していってくださいなー。




