第二話 空飛ぶ妖精は時に饒舌になる。
評価感想、お待ちしております。
「で、ちゃんと話すんだよな?」
「はい、すべて白状します……」
拘束から開放した後、即座に妖精を俺のベッドに座らせて、刑事ドラマに引けを取らない事情調査で情報を聞き出すことにした。カツ丼の代わりにと思ってプリン(賞味期限切れ)を出すと、ものすごい勢いで喜ばれた。どこからか取り出したミニチュアスプーンですくい取り、もきゅもきゅ食べる姿に少し癒されたのは内緒だ。
「ほら、食いながらでいいから話せ」
「むぐ、あのね……んく。簡単に言うと、力っていうのはそのままの意味で、人間がもともともっている能力のこと。抑制っていうのはその暴走を防ぐこと。まほーはそのために使うんだよ」
「ちょっと待ってくれ」
そんなファンタジックなことをたった七十字程度で表さないでほしい。漫画のあらすじでもそんな簡潔なのは見たことがない。
「もっと詳しく教えろ」
食べ物を与えたら少しは満足してくれたのか、先程の不満そうな表情は見られず、むしろ生き生きとした表情で話を進めていく。
「えっとね、人間にはもともと自己防衛のための力が備わっているの。隠された力みたいな。火事場の馬鹿力とか、死に際の走馬灯とかがそれに近い感じ。根本を突き詰めれば力とはそのことだよ」
「自己防衛の力ねえ……」
「そ。火事場の馬鹿力は言わずもがなだけど、走馬灯もその一種ね。死の危険が差し迫った際に過去の情報の内から、力を使った最高速度で、現状回避のための手段を探し出しているんじゃないかな。」
なんだか良く分からないが、どちらも名前だけは知っている。とは言うものの、言葉として知っているだけで実際に体験などしたことはないんだが。
「暴走を防ぐとか言っているが、その力が暴走しちまったら俺はどうなるんだ? まさかとは思うが、死んじまったりはしないよな……?」
当たり前の疑問を、恐る恐る訊いてみる。
「あ、あはは、ままままさかぁ」
「俺の目を見て言え」
そんなわけないって、などと言う妖精の目はとんでもない速さで泳いでおり、俺の予想を裏付けた。
(まさか死ぬとは思わなんだ)
力の暴走とかいうから、もしかして俺魔法使いとかになれるんじゃね? とか漫画みたいな展開を思っていた俺が馬鹿だった。流石に死ぬのは困る。やり残したことが山のようにあるからな。
「い、いやー……ホントに違うんだよ」
「だから俺の目を見ろ」
「あなたの目を見れないのは、いやー……その、あの、もっと別の理由があって……」
「なんだ、はっきり言ってくれ」
もはや嘘というのは明確なのに、あいまいな言い方を続ける妖精。
死という言葉を直接的に感じさせないようにするため、コイツなりに気遣ってくれているのだろうか。……だとしたら、いい奴じゃないか。
「あ、うん、それじゃあはっきり言うけど――ぶっちゃけ、暴走しちゃったら死ぬより酷いです」
「…………は?」
「というより死にたくなる、みたいな? オブラートに包んだ言い方をすれば、日常生活が困難になる程度なんだけど」
あ、なんだそんなこと。と安堵したのもつかの間。
「力が覚醒したら、歩くたびに地面が陥没して、少しジャンプするだけで東京タワーの頂上へまっしぐら。皮膚はダイヤ以上の強度を持ち、コップは掴んだ瞬間に粉砕するし、ため息吐けば建物が吹き飛んじゃう」
「うそおおおおおおおお!?」
「いやいや、これが本当なんだよ。悲しいことに……。あ、ちなみに外見は不細工ゴリラです」
「ぎゃああああああああ!!」
嫌ってレベルじゃねーぞ! キングコングも倒せそうじゃないか!
「まあまあ落ち着いて。そうさせないためにも私が来たんだから」
「落ち着けるかっ! 余計心配だっつの!」
「ひどい!? もうちょっと感謝されるかと思ったのに!」
うな垂れる妖精は置いといて。
こいつの話を信じると、事はなかなかに深刻そうである。話を要約すると、放っておくと俺の身体には死よりひどい仕打ちが待ち受けていて、それを防げるのはこの甘党妖精しかいないという感じ。
なにこの理不尽話。俺が何かしたとでも言うのか。
「まあ、悩んだって仕方ないよ。人生に一回はやることなんだし、それがちょっと早まったんだって思えばいいじゃない」
「あ? 人生に一回って、その言い方からすると、俺以外の人間にもこんな経験をした奴が居るってことになるんだが」
「もちろん」
なかなかに衝撃発言だと思うんだがどうだろう。
「大体、自己防衛の力なんて予備でしかないんだから、一生に一度くらい不備を起こしても仕方ないんじゃない?」
人間すべてが不良製品みたいな言い方はやめてほしいところである。
「んなこと言っても、いままで妖精を見たなんて痛々しい人、見たことも聞いたことないんだが?」
「あったりまえだよ。私たちが仕事をした後はちゃんと記憶を消しているもの。そこら辺は下手しないから安心して」
「ああ、どうりで聞いたことないはずだ――って、俺の記憶も消すのか!?」
「そりゃそうだよ。もし一人でもそれを怠って、世界が混乱しちゃったら色々と面倒だしね。それに記憶の消去なんて簡単だよ。時間が立てばたつほど消去は難しくなるけど、力の暴走の抑制なんか十分もあれば済んじゃうし、その間くらいちゃっちゃと消してさっさと帰るの。そうやって時間を短縮しないと、地球の人すべてを網羅するなんて出来やしないよ」
なんだか妖精の世界も大変そうである。子供の頃に聞いた楽園みたいなのは、やっぱり幻想でしかないのだろうか。
「だいたい妖精の仕事はこれだけじゃないんだよ。世界の均衡も保たなくちゃいけないし、時間の管理もしなくちゃいけない。あ、そういえばあの仕事の締め切り明日だった。この忙しいときに……ったく、あのアホ上司のせいで……。こんなに切羽詰っちゃったのは誰のせいだと! 私のせいじゃないって言ってるのに! だいたい部下のあの子がしっかりしていればねえ――――」
あれ?力の説明を聞いていたと思ったら、いつの間にやら二十代後半女性のOLさんの愚痴みたいになったよ?
とりあえずこれ以上は聞くだけ無駄なので、音声をシャットアウト。思考に集中することにする。
(力の暴走ねえ……。なんだか世界の秘密を垣間見た気がするぜ。)
最近力加減を誤ることがあるのはこういうことだったのかね。鍋の豆腐がつかめなくなったのはまあいいとして、ペンをへし折るのは何かおかしいと思っていたけど。割り箸を折るのにも一苦労だった貧弱な俺にとって、普段以上の力が意図せず出るというのは不気味という他ない。
しかし力の抑制とやらが終わったら、今の記憶がなくなっちまうのか……。ほんの数分間とはいえ、せっかくこれだけ濃い経験をしたと言うのに、なんだか勿体無い気がする。目の前でまだ延々と愚痴を垂れ流している妖精のことを忘れてしまうのも、なんだか面白くないし、それに――この妖精に記憶を消されるのは、なんか、嫌だ。
「――でさあ、家に帰り着くのなんか十一時だよ!? じゅういちじ! 私はサービス残業に悩まされる三十代のパパかっての!! ちょっとは下で働く者の身にも――」
それにしても止まらないなあ、この口は。どうすればそんなにスラスラと言葉が出てくるのだろう。話すのが得意でない俺としては、是非ともその技術を身に付けたいものである。
(よっぽど、鬱憤が、溜まってんの、かねえ……)
仕事にまつわることでは、話を聞く限り――ほとんど聞き流したが――どこの世界も同じのようだ。
(俺は、そんな、疲れそうな、ところには、就職したく、ない、なあ……)
「ていうか給料上げろってんだ――って、ちょっと聞いてる!?」
噛み付きそうな勢いで食って掛かる妖精。顔がちょっと怖い。
「ん……ちゃんと、聞いてるぞ……。えっと、自分の性癖の、話だっけ……?」
「まったくもって違うよ!? もう! 真面目に――ってあれ? どうしたの?」
「……ん? 何が、どうした、って……?」
「え、いや、何かフラフラしてるし、それに顔色も悪……っ!! あなたまさか!!」
自分の話を中断して、顔の近くに寄ってくる。
(おいおい、そんなに、ブンブン飛んでたら、虫と間違えて、叩き落としちまうぜ……)
妖精をからかおうと思った言葉が、口から出ない。
あれ、なんでだ。
というか、なんか。
眠くなって、きた。
「嘘でしょう!? こんなはずは……こんなに早いわけが……!!」
うるさい妖精だなあ……。コイツは、あっちの世界からわざわざ、俺の睡眠を、邪魔しに来たの、だろうか。
「またあのバカ上司……!! 予定より何百時間も早いじゃない!! ねえあなた! 絶対寝たらダメだからね! 今すぐ結界の準備を――」
おまえなあ、それは、無理な話だぜ。
だってもう、これは、抵抗できない。
「……じゃあ……おやすみ――」
「あ、こら!! ダメだって言って――――」
本気で焦ったような妖精の表情を最後に、俺は目を閉じた。
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何か一言くれると作者は狂喜乱舞しまっす。




