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第一話 寝ぼけた男は時に幻を見る。

評価感想、お待ちしております。


 幻想という言葉は「幻」を「想」うと書いて成り立つのであって、現実には有り得ないことをあるように抱く行為を言うのである。言うまでもなく、それは古今東西語り継がれてきただけの取り留めのない想像であり、実際に見たという人は稀であるだろうし、人々はそれを信じないというのが常だ。

 この世に生を受けて十九年。俺は日本人男性の大半は経験するであろう極々平凡な日常を送ってきた。

 小学校では好きな女子をからかい、中学校では友人とエロ話に花を咲かせ、高校ではそれなりに恋愛もした。

 そんな普通の人生の中で、絵本の中で語られるような幻想などは見られるわけもなく、差し障りのない生活を過ごした。

 そう。差し障りのない生活を送ってきたはずである。

 

 ――なのに何故、俺は今、見ず知らずの女の子の隣に寝ているのだろうか。





 甘党妖精は時に襲い掛かる。





「あ、やーっと起きた」

 覚醒しきっていない脳に女性の声が響く。幼さの残った声は起きぬけの頭には刺激的すぎたが、俺の意識を定まらせるにはまだ少し足りない。濁り切った頭の中でそう判断する。

 狭い視界に飛び込んできたのは、女の子らしい細い指。存在を確認するようにゆらゆら振れている。

「おおーい、起きてますかあ?」

「……ああ……起きた、ぞ……」

 混沌とする意識の中で何とかそれに応じる。自分の声が別人のように聞こえる。

「もう、早く起きてよね。早く説明して早く終わらせて早く帰りたいんだからっ」

 おもむろに目を開けると、早く早くとやたらと連発する女を視界に捕らえた。

 齢十五ほどに見える少女が、腰に手を当ててこちらを見ていた。二つに束ねた柔らかそうな髪の毛がその腰辺りまで伸びている。

「せ、つめい……?」

 だんだんと今の自分の状況を飲み込み始めるも、少女の言うことは理解不能であった。

 俺はその「説明」という言葉の意味の説明を求めるという高度な疑問を突きつけるが、少女は俺の疑問など塵ほども意に介さないように、


「私は妖精! あなたを助けるためにやってきましたっ!」


 などと言い放った。

 (ああそうか……。そういうことね)

 目の前に美少女。私は妖精。あなたを助けに来ましたよ。

 これらがたたき出す結論。

「ああ……俺は何て夢を見てるんだ……」

 夢とは自分の脳が見せる無意識な願望、とは誰が発見したんだったか。

 自分の想像力のなさと、無自覚にも女に飢えていることについて激しく自己嫌悪しながら俺は再び毛布を被る。

「ちょ、ちょっと待ってよ! 夢じゃないって!」

 夢の住人が俺をベッドから引きずり出そうとする。

 夢じゃないなんて、そんなわけないだろう。俺が女を家に連れ込む? それもこんな年端も行かない少女を? ありえない。俺の紳士道に誓って有り得ないね。

 だからこれは夢だ。ルシッドドリームと言うやつだよ。

「じゃあな、夢の住人」

「だから夢じゃないって言ってるでしょ!? ほら、この通りいぃ……!!」

「いだだだだだっ! ほ、ほっぺを引っ張るなっ!」

 少女が細い指をめいいっぱい駆使して俺の頬をつねる。

 (あ、あれ? なんで痛いんだ?)

 夢なら痛覚などあるはずがない。

 夢か現か確認するまでもないと思っていたが、これはどうやら明晰夢ではないらしい。

「ほら、ちゃんと目覚めた?」

 そう言って少女は俺の顔を覗き込む。思わぬ接近にたじろいだのは男の哀しい(さが)である。

 頬の痛みで完全に目覚めた頭は、声の主がわりと美しいことに気付いた。頭の横で束ねている二つの髪の束は、光を放っているかのように輝かしい金色で、否応なしに見るものを惹きつける。筋が通った鼻や、ぷっくり膨らんだ頬。淡いセルリアンブルーに輝く瞳までもが、自分を吸い込もうとしているようだ。

 服は真っ白なワンピースで、胸の部分に緑色の一花が添えてある。髪の金と服の白とで若干まぶしくなる。

 (外人サンか……?)

 流暢な日本語を使っているが、見た目はどう考えてもこの国の者ではない。

 なぜこんな美少女が俺の部屋に?

 夢ではない。昨夜、ナニするために連れ込んだわけでもない――と思う。

 ではなぜ?

 …………。

 …………。

「あのぉ……もしもーし……」

 客観的に、冷静になって考えてみよう。これは夢ではないしアレな感じでもない。というか、別に昨日の夜の記憶がないというわけでもないのだ。昨晩は別段変わったこともなく床に付いたはずである。いや、ついた。断言できる。となると、客観的に考えて。この状況は――――

「ええと、混乱するのは当たり前なんで、もっと気軽にして――って、どうしたの? 携帯なんか手にして」

 ピ、ポ、パ。

 トゥルルルルルルル、ガチャ。

「あ、もしもし警察ですか? 空き巣狙いを見つけま」

「うをおおおおおおおおおい!! ちょっと待てやーっ!!」

 ばしーんと少女が目にも止まらぬ速さで俺の手から携帯を盗み取る。

「何すんだ空き巣」

「何すんだじゃないでしょ!! なんでこの私が泥棒と間違えられなきゃいけないの!?」

「ここには金目のものなんか一つもないぞ?」

「だから違うっつーに!! というかそもそもあなたが居るんだから空き巣じゃないでしょう!」

「まあでも、俺の心なら盗んでいってもいいけど」

「そんなもんいらんわ!! っていうか人の話を聞け!!」

 さりげない俺のくさいセリフにもきちんとツッコミを入れる空き巣狙い。ぜいぜい言いながら必至に言い訳をしようとしている。

「ふん。話を聞けだと? あいにく、泥棒に傾ける耳など持ち合わせてねえんだ」

「だからなんでそう決め付けてるの! 私は妖精だって言ってるじゃない!!」

 この期に及んでまだそんなひよったことを。とんだ妄想女だ。

「残念ながら俺の想像する妖精と、お前の信じている妖精は姿かたちが全く違うようだな。色々言いたい事はあるがとりあえず、ティンカーベルがそんな一分の一スケールの大きさだったらピーターパンも大爆笑だ」

「今はただ人間の大きさに合わせているだけ。せっかく驚かせないようにこの姿になったのに、逆効果だったよ……」

 なにやら意味深な発言をして軽く落ち込む妖精(自称)。

「ほうほう、そういう設定なのか。お前の中では」

「設定とか言うな! ホントなの!」

 少しむきになりかけている妖精(笑)。黄色の長髪を振り乱しながら必至に訴えかけている様はなかなかにキュートで、どこかそそられる。

「ホントなの……ホントなんだってばぁ……何で信じてくれないのよぅ……」

 大声で叫んでいた少女がだんだんと語尾を小さくしていき、仕舞いには泣き出してしまいそうな雰囲気を作っていた。

 (や、やべ……)

 相手が男だろうと女だろうと容赦なく警察に突き出そうとした俺だが、女性を泣かしたとなっちゃあ話は別である。動揺し、この場を取り繕う言葉を考える。

「……わ、わかったわかった。話だけなら聞いてやる」

「ホント!? よかったー、やっと説明ができ」

「ただし」

 ぱあっと安堵の表情を浮かべた瞬間、右手を前に出して少女の言葉を遮る。不安そうな表情がよぎった。

「お前の今の姿が仮のものだというなら、本来の姿を見せてもらおうか。話はそれからだ」

 俺の真面目そうな顔に少女はきょとんとした面持ちを見せる。

 どうだ、これで言い逃れは出来ないだろう。さっさと諦めて出頭してもらいたいものだね。いやまてよ。やっぱり、何も盗られてなかったら警察に突き出すのはやめといてやろうか。何かのっぴきならない事情があったかもしれないしな。この子可愛いし。

「あ、そーか! 早く姿見せればいいんだった!」

 何やってんだろ私うっかりさん、と少女。そのたった今思い出したような発言は妙に現実味があり、思わず信じてしまいそうになる。

「あ、変身している間は見ちゃダメだからね? 後ろ向いててくれる……?」

 頬を薄く赤らめ、ぼそぼそと呟く。その女の子らしい態度に不覚にも艶を感じ、慌てて後ろを向く。

 (つーか、何やってんだ俺は……)

 電波女の言うとおりに後ろを向き、泥棒女に隙を見せている。これが本物の泥棒だったら、隙を見せた瞬間にがーんと後頭部をやってまんまと逃げられてしまうだろう。

 そんな危険な行為を、まあいいかと思わせてしまうのも、美しい女性のみがなせる技か。げに恐ろしきは峰不二子。

 何言ってんだ俺。

「いいよー」

 先程と全く変わっていない声色の少女が呼んだ。

 殴られなかったことに安堵して振り向くと、


 妖精がいた。


 先程の少女の全体縮図みたいな体に羽がついている。全部で四枚の羽は、一枚一枚が限りなく透明に近い。体長は二十センチほどで、ツインテールの金髪は今だ健在である。

 (……あ?)

 比喩でも何もなく、開いた口がふさがらない。

 馬鹿みたいに口を開けて放心している。

「へへー、驚いたでしょ? これが私の本当の姿だよっ」

 どう、なんて誇らしげに胸を張り、最小化した体で浮遊する。

 呆気に取られている俺などお構いなしに、ぶーんと体の回りを二、三周する。

 少女の急激な変化に俺は、

「ふぃ、フィギュアが空を舞っているぅぅぅぅ!?」

「結論おかしくない!? もっと別のところに驚いてよ!!」

 ちょっと待てちょっと待てちょっと待て。なんだこれはどうしたんだ俺何幻覚見てんだ!? だめだよだめだよ幻覚はいかんよ、麻薬は日本をダメにしていくよ! ドラッグ、ダメ、ゼッタイ!!

 そうだそうだ。そうと決まったら早く行かないと。電話しないと。

 ピ、ポ、パ。

 トゥルルルルルルル、ガチャ。

「あ、もしもし病院ですか? 救急車一台よろしくおねが」

「だから待てえええええ!! どこに電話してんのよーっ!!」

 さっきと同じように俺の携帯電話を掠め取る空飛ぶフィギュア。先程と少し違うのは、それを体全体で支えていることだろうか。必至になって携帯電話にしがみついている。

「落ち着いてってば! これは幻覚じゃないから! 現実だよ! 紛れもない現実だよ!!」

 少女の金切り声のおかげか、そこではっと我に返る。頭に上っていた血が少しずつ引いていくのが分かった。

「落ち着いた?」

「え……あ、ああ」

「もう……思った以上に物分りが悪いんだねえ。調べたときはもの凄く知的に見えたんだけど」

 (いやいやこれは物分り云々の次元じゃないだろ……って、調べた?)

 妖精の言葉に少し引っかかりを覚える。

「調べたってなんだ? 俺のことをか?」

「あ、正気に戻ってきたね。何のことか気になる?」

 どうなのかな、ん? と俺の顔の周りをぶんぶん飛び回りながら得意げに訊く。

 う、うぜえ。

「それはねえ、話すと長くなるんだけど――」

 ぴたっと目の前で止まる。腕を伸ばしたら簡単に掴めてしまいそうな距離で、妖精は真剣な顔になった。

「――私はあなたを助けに来たの」

 そういえば、何かそんなことを初めに言っていたような……?

 数分前ならばはっと鼻で笑って蹴り飛ばすところだが、コイツは、今となっては空き巣でもなく家出少女でもなく、正真正銘の妖精とわかってしまった。信じないわけには――――

「正確には、あなたを守るため、って感じ。これから起こるだろうと予測される出来事からあなたを守るため。そのために、少しだけ貴方のことを調べる必要があったのね。いい? あなたは私に守られるんだよ? だから言うこと聞かなくちゃダメだよ? あと、命を助けてもらうんだから、うーんと私に感謝すること! 終わったらちゃんと『おお、ありがとうございます妖精様。お礼にこの最高級のお菓子を差し上げます』とかなんとか涙を流しながら言うんだよ! わかった?」

 信じないわけには、いかない、か?

 シュークリームでお願いねなどと付け加え、ぱちんとウインクする姿を見ると、胡散臭さが五割増しになった。

「まあそれは、その出来事とやらが本当に起こり、俺が命の危険にさらされ、なおかつお前に命を助けられてから考えるとしよう」

「…………えー」

「なんだ、何か不満か、妖精様?」

「だってぇ、あなたが危険にさらされないようにするために私が抑制するんだからー、そんな状況にはならないよぅ」

 ぶーぶーと口を尖らせ、不満を露にする。

「は? 抑制?」

「そ。私が魔法でちゃちゃーっとね、力を封印するの」

 ……頭が痛くなってきた。魔法? 力? 封印? なんのことやらさっぱりだ。俺の理解力が足りないというより、コイツの話が要領を得ていない。

「……そろそろ説明してくれないか? お前は何の話をしている? その出来事とは何だ? 妖精とかいるんだし、魔法とかもあるのか? 力って何だ? というか、そもそもお前は何者なんだ?」

 今までの会話に出てきた疑問を一度に羅列する。これ以外にも聞きたいことは山ほどあるが。

「……ふんだ。私にシュークリームあげるって言わないと教えなーい」

 つーん、とそっぽを向いてしまう。

 コイツ、何ですねているんだ。最近の妖精はお菓子を謙譲しないと働いてくれないのとでも言うのか。世も末だな。

「あっそ。そういう態度。そうかそうかそういう態度。俺がこんなに頼み込んでいるというのに、その態度」

「な、なによ。別にあなたへの態度なんてどうだって――むぐっ!?」

 妖精が抗議の声を上げようとしたところですっと右手を伸ばし、指先で小さな口を塞ぐ。見た目は人形の他何者でもないように見えるが、実際はしっかりと体温があり暖かかった。

「お前はすっかり忘れているようだが――――もっと警戒心というものを持ったほうがいい」

 左手で妖精の小さな足をつまみ、右の親指と人差し指で頭を持つ。

 するとどうでしょう。あっという間に拷問準備ができちゃった☆

「んんんんんんんんんんんんんんんんんんん!!」

 身体の上下を固定されてジタバタともがく姿はなかなかに滑稽だ。その道の人が見たら生つば物だろう。……俺はそんな趣味ないけどね、もちろん。

「んんんー! んんんんんー!」

 『離せー!』か? 後半は分からないが、俺に対する侮辱の言葉だということくらいはわかる。ふはは、もっともがくがいい。もがき苦しめ!! ……と、冗談はこのくらいにして。

「おい、話す気になったか?」

「んんんー!」

 『ヤダねー!』か? その証拠に、動いてはいないが、顔が横方向に動こうとしているのを感じる。なかなか往生際の悪いやつだ。

「あくまでも、ただで話す気はないと?」

「んー!」

 ……ふ、そうか。それならば最後の手段だ。

「あー、妖精?」

「ん?」

「俺さあ、最近指先のコントロールが効かないんだよねー」

 ぴたり、と妖精の動きが止まる。終始ジタバタと暴れていたのが嘘のように静かになった。

「最近って言ってもたまになんだが。豆腐を取るときとか、ペンを握るときとか、力の加減を間違っちゃうんだよ。豆腐が崩れるということまでは普通なんだが――ペンまで折っちまうことがあるんだ」

 静かになった妖精から、わずかに震えが伝わってくる。だらだらと冷や汗を流し、今はまったく抵抗していない。

「こう……バキッ! っとね。思わず力を入れすぎてしまう」

 バキッと俺が言った瞬間、ビクッと跳ねる妖精。おもしろい。

「――――話して、くれるよね?」

 有無を言わさない声で問うと、

「…………ん」

 蚊のように小さな声が降伏を示してくれました。


やっとこさ復活しました。

これからどうぞよろしくお願いします。

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某 - soregashi -

やっと復活! サイト作りました。気が向いたら立ち寄ってください


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