壺 海 死別
少しだけ重い壺を持って、汐風の中に立つ。波を音は心を落ち着かせ、砂のやわらかさは足によく馴染む。
この場所が大好きだ。
腕の中のの子も、この匂いが大好きだった。僕が止めるのも構わずに波の中へと走り、びしょ濡れになって帰って来た。砂まみれの身体全体で喜びを現して、その小さい体からは想像できない大きな声を響かせた。
懐かしい思い出だ。
潮の匂いも、波の音も、砂の触感も、すべてが懐かしい記憶に還る。悲しい思い出ではない。暖かく優しく輝かしく。僕の中の美しい記憶のすべてが、思い出となって蘇ってくる。
すこしだけ、さっきよりも壺が重くなったように感じる。この中に眠るあの子も、早く走り出したくて仕方が無いようだ。宥めるように壺を優しく撫でると、意を決して壺の蓋を開けた。
中からこぼれ出す灰は、風にあおられて海へと消えていく。僕の知らないこの海の向こうまで、あの子が生きていた時にはたどり着けなかったその先まで。
波に阻まれて、寂しそうに水平線を見つめるあの子を思い出した。僕の顔を覗き見て、どうしてあの向こうまで行けないのか不思議そうな顔をしていた。
「よかったな。お前はもう、どこまでも行けるんだ」
全ての灰が海に溶けたのを見届けてから、僕はその場を去った。呼び起こされた思い出が消えて行く。
けれど、耳の奥には、あの子の元気な声が響いていた。
完。
ギリギリセーフ。




