煙草
燻る煙草を見送って、白い闇を吐き出した。ガランとした店内に、やけに陽気な音楽が流れている。
「となり、いいかしら」
そう聞いた本人は返事も待たずに隣に座り、バッグから煙草を取り出す。
藍色のマニキュアが映える長い指先。煙草に少しうつる真っ赤なルージュ。薄桃色のチークが乗った気だるげな横顔。大きく開いた胸元には、不思議な色合いのネックレスが飾ってあった。
「ライター貸してもらえるかしら?」
「え?……どうぞ」
テーブルに置いたままのライターを掴んで彼女に差し出すと、彼女は煙草を咥えたまま顔を近づけた。その時にフワッと漂った柑橘系の甘い香りに、少しだけ思考が止まる。
親指に力を込めた。
「ありがとう」
長く白い息を吐き出して、彼女は言った。どういたしましてという声は、店のBGMにかき消されただろう。彼女はもう正面を向いて、メニュー表を覗いている。
広く寂しい店内に、見知らぬ二人が隣通し座っている。傍から見ておかしな状態だ。
マスター、と綺麗な声で呼ぶ声が聞こえた。頼んだのは聞いたことのないカクテル。関係の無いことだ、と五本目の煙草に火をつける。
吐き出した白い息は、吐き出せなかった心の闇だ。今日はいつもより溜まっている。まだまた全然足りない。
何が足りない?
「隣のお客様からです」
目の前に差し出されたのは、見たことのない淡い色のカクテル。驚いて隣を見ると、彼女は笑っていた。
「セプテンバーモーン。さっきのお礼よ」
そう言って朗らかに笑う彼女は、先程の雰囲気とは違って柔らかいものだった。煙草をもみ消して掴んだグラスには、彼女が自分用に頼んだであろうカクテルが注がれていた。透明で綺麗で、なんだか彼女のようなカクテル。
目の前のカクテル口を付けると、少し苦いが口当たりの良い飲みやすい出しだった。彼女の視線を感じる。少しだけ気恥ずかしくなった。
「あなたにぴったりだと思って」
彼女はゆっくりとカクテルを飲んでいる。細い指でグラスを掴み、真っ赤な唇に透明な液体が流れていく。
「どうして隣に座ったんですか?」
二口目はその苦味にもなれて、カクテルの味を楽しめてきた。口に広がる酸味が心地よい。
彼女は答えずに、また煙草を取り出した。ライターで素早く火をつけると、白く長い息を吐き出す。
手持ち無沙汰になって、また煙草を取り出した。そういえば握ったままのライターで火をつけようとして、親指に力を込める。
「だってね、寂しすぎるのよ」
「え?」
その言葉の意味を飲み込むことが出来ずに、火のつかなかった煙草は口の中を転がった。慌てて掴んでテーブルに転がす。寂しい煙草は、灰皿にぶつかって止まった。
一人になりたくてここに来て、一人でいるために酒を呷って、一人になるために煙草を吸って。それでも心は一人になれない。何かが必ず割り込んできて、絶対に一人にはしてくれない。泣きたいのに涙も出てこない。笑ってるのに楽しくない。とっちらかった心の中は、確かに少しだけ寂しかった。どこにいても居場所がなくて、本当は一人になりたいわけじゃなかった。一人が一番楽なはずなのに、今の私はなんでか苦しい。心の闇を吐き出したところでなにも軽くなんかならない。
彼女は変わらず笑っている。笑ってるのに、なんだか悲しげに見ててきた。
彼女も私と同じで傷ついていたんだ。一人になりたいけどなれなかったんだ。一人でいたけど苦しかったんだ。
「一人でいるには、私もあなたも寂しすぎるのよ」
彼女の飲んでいたカクテルはラスティネイル。その意味は……




