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ちょこれゐと、蕩ける。

 それはある昼下がりの午後三時ぐらいのことであった。

 少し休憩しようかと、あの人は高級そうな箱に入った十二個のチョコレートを持ってきた。蓋を開けて中を覗くと、キャラメル、ピスタチオ、アーモンド、ストロベリー。シンプルなものからカラフルに彩られたものまで様々なチョコレートが顔を出す。微かに香ってくる甘い香りの中、コーヒーか紅茶どっちがいいか問うてくる声が聞こえる。コーヒーがいいです、と短く応えて僕も席を立つ。書類で散らかったテーブルの上を片付けながらふと窓の外を見ると、どこまでも澄んだ青空が見えた。こんなにも良い天気ならば外に出てお茶をするのも良かったかもしれない。しかし、わざわざ外に出る時間を作ることもできない。ならばせめてその空気だけでも感じたくて、固く閉ざされた窓を開けた。

 太陽の光に温められた微温い空気が、優しく頬を撫でて部屋に吹いてくる。風を感じたあの人は二人分のコーヒーを手に持ったまま、ああ、窓を開けたんだね、と笑う。そして優しくテーブルにマグカップを置くと、音をたてずに椅子を引いた。おしゃれなマグカップの中のコーヒーからは湯気が出ている。今の季節、時間、天気、全てにおいてそれは熱すぎる。そんなことを気に止めず、あの人は角砂糖を手に取るとコーヒーに沈めた。一つ、二つ、三つ。跳ねたコーヒーが指にかかると、あつっと小さく叫んでその液に唇を寄せた。

 何かが胸の奥でドクンと鳴った。


 さあ時間が無くなるよ、と腕を引かれて席に座った。外の空気とコーヒーの湯気のせいで、この部屋の温度がぐんと上がってしまっているように感じる。それに伴って体温も上がっている。せっかく淹れてもらったコーヒーも、口をつける気になれなかった。手に取って包みを開いたチョコレートも、指先の温度で溶けてしまう。柔らかくなったそれが皮膚につかないように、包み紙だけで持ち上げて口に放り込んだ。指先よりももっともっと熱いその中で、チョコレートはあっという間に溶けていく。ドロドロになったその姿で、口の裏に、舌に、歯にまとわりつき、甘ったるい味と香りを口から喉と鼻へと広げていく。

 目の前のあの人も、チョコレートを食べている。それはきっとアーモンドが入ったスタンダードなチョコレートだ。口の中でアーモンドが砕かれるガリッガリッという音が微かに聞こえた。それも消えて、今は柔らかくなったチョコレートと細かくなったアーモンドがその口の中で混ざりあって溶けているのだろう。見えない口の中でそれらは滑らかに蠢き、その体の奥へと消えていくのだろう。

 また、ドクンと胸の奥で鳴った。

 二つ目のチョコレートに手を伸ばす。それはアイボリー色のホワイトチョコ。最近の君は、ちょっと根を詰めすぎだよ。そう言ってあの人は、ココアパウダーがまんべんなくかかったトリュフチョコを手に取る。気を抜くことも覚えないとね、私みたいに。トリュフチョコが優しい朱色の唇に挟まれる。柔らかく甘いその塊は、途端に半分に削られた。そこには綺麗な歯並びを思わせる歯型がついている。この頃はちゃんと眠れているの? チョコレートを持っていない指でビシッと鼻筋を指された。


 以前僕は、その場の雰囲気と酒の力を借りて、この人に想いを告げたことがある。誰も聞いていない二人きりの時に。酒豪なその人は笑って頭を撫でて、その言葉は大切な人に取っておくものだよと言った。その言葉の、撫でる手の優しさが、僕の胸を激しく鳴らす。立ち上がった彼女の腕を半ばすがりつくように掴み、それでも僕はあなたがと言った。すると少しの間を置いて、今度はとてもはっきりとした言葉で、ごめんねとだけ彼女は言った。その時に僕はやっと、彼女にはこの想いは届くことはないと悟った。それと同時に、この胸の奥で鳴っていた得体の知れない何かも消えてしまった。

 はずなのに。


 ホワイトチョコを飲み込んで、なんともないですよと笑った。そうすると彼女も安心したように笑って、また一つチョコレートを掴んだ。裸のそれは指先で少し溶けるが、すぐに口の中へと放り込まれる。

 指先についたチョコの名残りが、唇に残ったココアパウダーが、それを舐めとる赤い唇が、僕の胸をドクンと鳴らす。ずっと隠れていた想いが、熱が、欲が、体の奥から湧き上がり溜まる。たまらず吐いた溜め息が、チョコレートの甘い香りと混ざって蕩けていった。じっと見つめた彼女は何も知らない。互いに上手くいくと思っていた。

 覚めたコーヒーに口をつける。頭は熱でクラクラする。苦味で覚めた思考で思う。

 この事実は彼女に決して知られてはいけない。

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