壱
二章開始です。
今後ともよろしくお願いします。
また大学までバスに揺られること四十分。何本か植わっている桜は葉桜になっていた。ただ、まだ今一つ、綺麗とは言い難い。
今日は講義が二つ。午前に一つと、午後の早い時間にもう一つある。そのあとは普段ならサークル活動へと向かうが、今日は週に二度ある休み。それならば自宅にそそくさと帰るか図書館に籠るかして予習復習をしたいところだが、今日はあの先輩方々の元へ行かなくてはいけない。まあ一人に関しては僕が自分から行こうと思ったので、キャンセルできなくもないが。
◆◆◆
「戸西先輩」
「あら、夏凪君じゃない」
戸西先輩は図書館の隅にある学習コーナーにいた。四年生最大の難関と言えば、卒業論文。分厚い本や何枚もの資料が散乱している。
「すみません、忙しかったですか?」
「そんなことないわよ。というより、むしろ飽きてきたところだからありがたいくらいね」
飽きるなよ、と思ったのは心の内に秘めておこう。いざ自分が四年生になってそう思わないとは言い切れない。
とにかく座りなさいよ、と言われて正面に座る。流石に隣に座るのは気が引けた。何というか、恐れ多い。
「で、ご用件は何かな?」
「それなんですけど……」
と、昨日の一件を伝えて、付け加えてプリントを渡せなかった事を謝る。おつかいをできなかった(それだけ聞くと僕は何歳だ)事に関しては、何か言われても仕方ない。と、思っていたのは僕だけだったようで、
「あはははは!それは傑作ね!」
戸西先輩は爆笑していた。横の壁に貼ってある「図書館では静かに」なんの効果も発揮していない。幸い人が少なく、周囲から痛い目線が飛んでくることもなかった。
「僕にとっては笑い事じゃあないんですけど……ほらここの擦り傷とか」
「そんなことでくよくよ言ってたら地獄君の横なんてやってけないわよー。それに夏凪君だって男なんだから逆に地獄君を投げてやるくらいの気構えでいなさい」
「それは本当に僕が殺されかねません」
「もう、冗談よ。まぁまかり間違って夏凪君が本当にやらかしたら冗談じゃなくなるけど」
「やっぱり冗談じゃないじゃないですか!」
だから夏凪君次第だって、と戸西先輩は笑う。要は地獄先輩の機嫌だけは損ねるなよ、ということだろう。あの人の機嫌を損ねるなというのは長く付き合わなければ難しそうだが――。
「あの、そういう戸西先輩は地獄先輩の機嫌を損ねたことはないんですか?」
戸西先輩だって、初めて地獄先輩と出会った時があったはずだ。双子だって同時刻には産まれない。人が誰かと出会えば「いつ」がついてくるのだ。それが僕から見てどれほど遠い「いつ」なのかはわからないが……。
ついでにこのまま昨日気になった事を聞いてしまえればラッキーだ。
「機嫌を損ねた事なんて一度や二度じゃないわ。だってあいつのことよ?損ねるなって方が難しいじゃない」
「そうですよね。出会って間もない僕があれだけ機嫌を損ねたんですから、戸西先輩なんてそりゃ……」
「ええ、小学校の頃から数えたら堪ったもんじゃないわ」
「堪ったもんじゃないですよねー。………………小学校?」
「小学校」
「えーっとつまり……?」
「夏凪君ってそんなに察しの悪い人だったっけ?」
「そんなことないと思うんですが……」
わかっているんです戸西先輩。つまりそういうことだろう。だからその……
「地獄君とは小学校からの付き合いなわけ。Do you understand?」
「い、いえすおふこーす」
理解していたが、まさかの展開に処理が追い付いていないだけだったのだ。これはより一層話を聴かなくては。
それにしても僕の発音ひどいな……。