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「ここは地獄屋、探し者をするところだ」
「探し者?」
「そう。読んで字の如く、人探しだ」
地獄先輩曰く、地獄先輩の自宅であるここは、『地獄屋』と言われる人探しをする場所。その名前が何に由来するかは言うまでもない。
だが、地獄先輩があれほどまでに顔をニヤニヤさせていたのに、蓋を開けてみれば容易く理解できる内容しかなく、ドキドキやわくわく、ましてや笑顔になれる内容もなかった。疑問の一つくらいは挙げないと話にならないので挙げるならば、一介の大学生にそんな探偵業のようなことが出来るのか、ということくらいである。――残念ながら、法学部である地獄先輩の前でその質問は結局無駄になってしまうのだが。
ともすれば、僕は
「で……どこが重要点なのですか……?」
と、未だ笑みを顔に浮かべたままの地獄先輩に聞くしかないのだった。
「む」
あからさまに声に出して不機嫌になった。笑顔が瞬時に消える。
「夏凪、お前の人を観る目がここで生かされないとはどういうことだ」
「人の考えなんて観たってわかりませんよ」
「むぅ……」
より一層不機嫌になった。ここまで子供っぽい人だったとは思ってもみなかった……。
――一体僕に何を求めているんだ。
「変に回りくどく話した俺が馬鹿だった。もう単刀直入に話す」
初めからそうして欲しい。
何が重要なのかさっぱりなのは相変わらずであるし、地獄先輩の印象は変な方へ傾いている。だがそれは僕の見方であって、実際地獄先輩はこういう子供っぽくて、気分屋で、自分主体な人なのかも知れない。人を簡単に判断するのは良くないものだ。
「夏凪、俺が、お前にわかりやすいように、噛み砕いて説明してやるからよく聞け」
「そんなに偉そうにする方でしたっけ?」
「いや、普段はそんな風にしない」
「キャラを造られても困るんですけれど」
「ごちゃごちゃと言うな」
そんな横暴な。
「とにかく、そんなことはいい。俺の話を聞け」
「聞いてます」
ふぅ、と地獄先輩は一息吐く。
一息吐きたいのは僕の方だ。
「地獄屋で働いて欲しい」
息を飲み込んだ。一息吐けなかった。
「は、働く?ここで?僕が?」
「そう、ここで、お前が」
現在に至るまでの大体の事は理解してきた(理解できていないのはこの家に投げ入れられた事くらいだ)。
――だが。
――働けとは。
「働いて欲しいとは言ってもだな、俺がお前を雇って、給料を与えてとかそういう訳ではないんだ。さっき、人探しをするところだと言ったが、探偵業者のように依頼主から金をもらったりはしない。ここはあくまでも俺の趣味、言ってしまえばボランティアに近いものだ。ただ、俺一人、一介の大学生一人がやることだからな、そう見ず知らずの人からの依頼は受けられない。よって、知り合いか、知り合いの紹介のあるような人しかここには来ないのだ。勿論、必ず解決はさせるがな。これだけ言えばわかると思うが、働くと言うよりは俺の手伝い、補佐になる。こんなしょうもない男に付き合うのだ、つまらないと、意味がないと思うかもしれない。だが俺はお前のその人を観る目や性格、その他たくさんの部分においてお前を気に入っている。だからもし、お前が良いと言うのなら、ここで働いてはもらえないだろうか」
そう言い終えて、地獄先輩はまた一息吐いた。
先程までの雰囲気はどこへ消えたのか、地獄先輩の目は僕を捕らえている。
なるほど、そういうことだったのだ。
地獄先輩の理由のわからない笑みは、僕が地獄屋が何であるかを聞いたことでここで働いてもらえないかどうかの話へ持っていきやすくなり、僕の返答次第では自分の要求を受け入れてもらえる。未来への期待が、あの笑みだったようだ。
もう地獄先輩の顔は真剣そのものだが、心の奥底ではきっと、今も期待が渦巻いているのだろう。
そうなれば、この申し出を断る事、逆にこの申し出を受け入れる事、どちらを選ぶにせよ、僕は今決めなければならない。
そう言われたわけではないが。
今決めなければならないと僕自身が言っている。地獄先輩を観た僕が言っている。
「地獄先輩」
地獄先輩は僕しか見ていないのだから、呼ばずとも話しかける事はできた。
それでも僕は呼ぶ。
呼ぶ事で、ちゃんと伝わるはずだ。
「地獄先輩、僕ここで働きますよ」
久々です。
もっと頑張らねばなりませんね……。