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遅れました!
申し訳ありません。
頑張ります。
僕は地獄先輩に促されるまま、そのソファーに座った。地獄先輩曰く、奥の部屋から持ってきたそうだ。それであれば少しでも音がしていいものだが、声をかけられて振り向くまで存在に気付かないほど静かに持ってこられ、静かに置かれていた。地獄先輩の所作が見事、としか言いようがないだろう。
「さてと、落ち着いたところでだな夏凪」
地獄先輩とはテーブル越しに対面して座っている。僕としては決して落ち着いているとは言えない状況だった。
テーブルに置かれているコーヒーから立ち上る湯気が唯一の救いと言っても過言ではない。……このコーヒーもいつ置かれたのか不明ではあるのだが。
「まぁ、硬くなる気持ちもわかるぞ……出会い頭にいきなり拘束されたのだからな……」
「拘束したのは貴方ですけれども」
「そう言うな、俺にも色々とあるんだ」
「その色々を聞かせて下さいよ」
地獄先輩はコーヒーカップを手に取り一口飲んだ。僕もつられて一口飲んだ。多分豆をちゃんとミルで挽いて淹れているのだろう、市販のコーヒーには無い深みがある。
お互いに置くと、地獄先輩は口を開いた。
「焦っても仕方ない、ゆっくり話そう。そうだな、お前の聞きたい話から話そうか」
何の話がいい?と地獄先輩は聞いてきた。一から十まで全て聞きたい僕にしてみれば、地獄先輩がひたすらに話していてくれて方が楽だ。だが、聞きたい話から話してくれるというのであれば、やはりあの話から聞かねばならないだろう。
「何故僕は拘束されたんですか」
とにもかくにもこの話からである。途端に地獄先輩は苦虫を噛み潰したような顔になった。そんな顔になるならば元から拘束などしなければいいものを……。
「お前はその事をどこまでも気にするんだな……。忘れてくれてもいい頃だと思うぞ」
「誰が忘れるんですか、あんな散々な目にあっておいて!ほらこことか!擦りむいちゃってるじゃないですか!お風呂とか結構痛いんですよ!?」
地獄先輩は更に苦い顔をした。本当に何の理由があってあのような事をしたのだろう、この人は。
「……いや、そのだな」
「何ですか」
「……だから、その、あれだ、あれ」
「あれでわかるほどまだ心が通じていません」
「俺が自宅でリラックスしているからとは言えなかなか強気で来るな。その様子なら社会でもきちんとものが言えるぞ」
「話を逸らさないで下さい。僕は人生で余程ミスをしなければ起き得ないと思っていた事態が起こったためにその原因を追究したいと考えているだけです」
「仕方ない。黙秘権の行使だ!」
「何言ってるんですか!」
出会ってこの方、地獄先輩の印象が崩れっぱなしである。だいたい、こんなところで黙秘権なんて使っていいのか。
「わかりましたよ……これ以上聞いても無意味ということですね。仕方ありませんから、個人情報の開示を求めます」
地獄先輩の頑なな姿勢にとうとう折れた僕が求めたのは個人情報の開示――つまり、僕が知らない地獄先輩を知ろうというわけだ。お互いの情報量は均等にしておきたいところなのである。
特にこの人については。
「個人情報、か。それもまた痛いところを突くな」
僕が聞きたい話から話すと言いつつ、実のところは何一つとして答えたくないのではないだろうか。
「いや、そんなことは無い、ちゃんと答える。答えられるものにはだ」
「そうですか、それでは聞ける限り聞きましょう。まずは面接でやる程度の自己紹介をしていただきたいです」
「私立政心大学法学部四年生、地獄だ。心理研究サークル副長も務めている。年齢は二十一、地元はここから百キロ圏内、現住居は見ての通りここだ。元々が田舎暮らしだったから、ここは都会で最初は苦戦した」
思った以上に開示してくれた。何故だか住むということに関してを多めに。
しかし、地獄先輩がこれ以上自分から情報を開示する事は無いようだった。口を一文字にしたままである。とはいえ、心理研究サークルの自己紹介でもあれだけしか言わなかった地獄先輩がここまで話してくれたのだから、この情報にはかなりの希少価値がある。まあ、僕が面接でやる程度の、と言った事もあるのだろう。
聞いたことには答えてくれる(答えられる限りという制限付きではあるが)とのことだったはずだ。この際、聞きたいことは全て聞いてしまうのが得だろう。
「地獄先輩、次の事をお聞きします」
「いくらでも聞け」
「ここは地獄先輩の自宅……というだけではありませんね?」
僕がそう聞くや否や、地獄先輩に笑みが溢れた。正直に言うなら、不敵な笑みだ。
何故笑っているのか、今回は地獄先輩を観てもわからない。地獄先輩からしてみると、ついつい笑みが溢れる程の何かがあるのだろう。
「よく聞いてくれたな。今日話すべき最重要内容だ。心して聞けよ」
そう言うと、僕の目をしっかり捕らえて、地獄先輩はより一層ニヤリと笑うのだった。