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探し者  作者: 千斗
第一章 地獄屋
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5

 外観が長屋のような造りだったので、中も長屋らしい狭い和風の部屋なのかと思えば、見るからに洋風の、思った以上に広々とした空間が広がっていた。壁や床、部屋の全てが木材で作られ、確かダークブラウンと言った気がするが、その色を基調にした落ち着いた家具が置かれている。一般的に言うならば「センスの良い部屋」なのだろう。

「その辺りに適当に座っておけ、俺は少し片付けをしてくる」

 そう言うと地獄先輩は奥へと入っていった。

 座っておけとは言われたものの、一人残されてはどうにも落ち着かない。さらに座るものが、そういったことには疎い僕が一目見ただけでわかるほど高そうな一人掛けソファーしかない。そんな物に座るなんて恐れ多くてできたものではない。――ましてやそれが一つしか置いていないのでは尚更だ。

 そういうわけで、僕は部屋中をうろつく事にした。失礼極まりない。

 机の上には分厚い本が何冊も置かれていた。タイトルを見れば法学の本であるようだった。察するに、地獄先輩は法学部の学生なのだろうか。

 さっき外で会話していた時、確か地獄先輩は自分の情報ネットワークを駆使して僕の情報――つまりは何学部であるかとか、どこに住んでいるか等の個人情報だ――を探ったなどと言っていた。それに引き換え僕は、地獄先輩が法学部であることを(あくまで推測ではあるが)今々まで知らなかったし、勿論ながら地獄先輩の住んでいる場所も、今日この日に戸西先輩に教えてもらうまで知りもしなかった。お互いに人間を観ることに長けているとは言え、現状では僕の方が圧倒的に情報量が足りていないのではなかろうか。

 それはさておき、さすがにその分厚い本達に目を通す気にはならなかったので、何か他のものはないかと部屋を見回す。

 見回してはみるものの、あまり物を置かない主義なのか目につく物はほとんど無い。センスの良い部屋、とは言ったが、それは一般的な感覚なのだろう。僕の感覚は、この部屋に寂しさを覚えていた。物が少ない、という意味ではなくだ。

 外は春で柔らかな日差しが包んでいるのに、この部屋だけはそれに見放されているかのように感じてしまっていた。

 だが、その感覚は勘違いというやつだろう。

 昔から僕の感覚は変だと言われてきた。皆が「面白い」と言う本を読んで「悲しい」と言った事もあった。皆が「優しい感じがする」と言う絵画を見て「怒っている」と言った事もある。生まれてから今まで、人と感覚が共有できた事の方が少ないかもしれない。

 だからきっとこの部屋に寂しさを感じる人なんていなくて、僕の感覚がおかしいだけなのだ。

 そう自分に言い聞かせて改めて部屋を見回す。

 部屋の片隅には大きな本棚。そこにも、机の上に置かれていたものと同じくらい分厚い本が並んでいた。本棚自体がかなり大きいが、一段を除いて全て本で埋め尽くされていた。残りの一段は、小物置きになっていた。装飾の少ないシンプルなこの部屋において、装飾品と思われる物が置いてあるのはこのスペースだけだった。

 とは言えども他に比べたら極少ないものだ。小さなサボテンと、地獄先輩に似つかわしくないテディベア。それと――写真立てだった。地獄先輩と誰かが写っている。

 分厚い本が大半を占めていると言っても過言ではないこの部屋で、写真立ては何やら不思議なオーラを放っていた。

 それ以上に、人と写真など撮らないであろう(これもあくまで推測ではあるが)地獄先輩が、一緒に写真を撮り、さらには部屋に飾る程の人物が気になっていた。

 それを見ようと本棚に近づき手を伸ばして――。

「夏凪、俺は座っておけと言ったんだが?」

「うわぁ!」

「そんなに驚くこともないだろう」

「いや、驚きますよ」

 今までいなかった人に突然真後ろから話しかけられたら驚くだろう。

 地獄先輩はいつの間に僕の真後ろまで来ていたのだろうか。まさに湧いて出た、という感じだ。

「あのなぁ夏凪、人に言われたことはちゃんと聞いておけ。その様子だと、あまりに殺風景過ぎて落ち着かなかったというところか?」

「ほぼ当たり、ですね」

「ほぼか。なら合格点とするか。まぁ、とにかく座れ、立って話すのも品が無いだろう」

「ですが地獄先輩、座る物が……」

 と、ソファーのある方を振り返った僕は、目を見張った。この短時間で二度も驚くとは思っていなかった。

 それは。

 知らぬ間に現れた地獄先輩と。

 知らぬ間に増えていた、元々置いてあったものと全く同じ一人掛けソファーだった。


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