弐
二ヶ月もお待たせしてすみません!
「地獄君に聞いた話、夏凪君、観察眼が鋭いんでしょう?驚いたフリして実は知ってたんじゃない?」
と言って戸西先輩はくすり、と笑った。素敵な笑顔だと思うが、残念ながら笑顔に沿うほど内容は合っていない。
「なーに厳しい顔してるのよ、冗談冗談。いくら凄い観察眼と言えど、後輩に諸事情を一から十まで知られたら堪ったもんじゃないわ」
「戸西先輩、語弊があるようなので言っておきますが観察眼と物知りは別物ですからね」
「それくらい知ってるわよ」
そんなに無知に見えるかしら、と言って戸西先輩は冗談のようにむくれた。いや冗談のようにではない。冗談だ。
先程から僕の観察眼云々、という話の流れになっているが、戸西先輩は観察眼の事を情報を上手く速く集めるものか何かだと思っているのではないだろうか。
観察眼はあくまで物事を観察するだけの能力だ。相手の事を知りもしないのに情報を持っていたり、相手を見ただけで相手の心情が分かるなんていうのは、観察眼ではない。透視だ。
実際には透視は、時間的・時空的に違い、さらに感覚的・知覚的には把握することが出来ない対象(つまりは地球の裏側で起こっているような事柄)を超感覚的に知ることだ。
とはいえ、相手の情報というのは時間的にずれていることが多い――例えば相手の過去というのは完全に時間的にずれている情報だ――ので、透視という言い方は強ち間違っていないと思う。
僕が持ち得る観察眼は、人をよく見るだけだ。観察眼と言うのも憚られるくらいの、それっぽっちのことだ。
観察眼があることで僕を買ってくれている地獄先輩には悪いが、僕は自分の能力に対して良い感想を持っていない。人を観るという行為そのものが、その人を観察しているようで、何だか後ろめたいもののような気がするからだ。
まぁ、観察するから観察眼なのだが。
……閑話休題。
「戸西先輩、話を戻しますけれど……というか確認しますけど、地獄先輩とは小学校からの付き合いなんですよね?」
「ちゃんとわかってるじゃない」
わかっていないとは一言も言っていない。知らなかったから、というか、そんなことがあり得るのかと驚いていただけだ。
「その通り、地獄君とは小学校からの付き合いよ。付き合いというか、世間一般から見れば幼馴染みってやつかしら」
「それなら家も近いんですか?」
「ええ、まぁ三百メートルくらい」
微妙な距離だ。近いと言えば近いが……。
「その微妙な距離と、保育園が違ったからなんだけど、小学校に入るまでは存在さえ知らなかったわ。まぁ、出会ったときからあの変人っぷりだったし小学校からで良かったと思ってるけどね」
「小学生であの変人さって……浮きませんか?」
「そりゃ浮いてたわよ。浮くも何も浮きまくり、言っちゃえば浮くのオンパレードってところね」
浮くのオンパレードって。地獄先輩はどれだけ浮いてたんだろうか。
僕も今までの人生、決して友達は多い方じゃなかったし、そのほとんどが今では音信不通だ。
けれど僕は、あくまでも僕自身が「変な」奴で、「変な」奴だったから友達がそんな程度なんだと思っている(自己評価ではあるけれど)。平凡な人間には平凡な人間用の付き合い方をする。それに準じて、人気者には人気者用の、変人には変人用の付き合い方をする。それが人間なんだと僕は理解して生きてきた。
あくまでも、あくまでも自己見解としてだけれど。
それを踏まえると、戸西先輩の言う「浮くのオンパレード」だった地獄先輩が周囲からどのような対応を、付き合い方をされていたかは容易に想像がつく。
……悲しくないか、それは。想像するんじゃなかった。自分の付き合われ方とは比べ物にならない。
「あの人の変人さは他の皆からしたら不審者同然よ。人のことジロジロ見て……あいつ流に言うなら観て、なんだろうけど。小学生にそんな差がわかるわけないでしょ?防犯訓練みたいなやつで『怪しい人にはついていかない』って習うのに、わざわざ不審人物に声かけるような子供は言葉を選ばずに言うなら馬鹿よ」
「馬鹿って、本当に言葉を選んでないですね」
「だってその馬鹿が自分なんだから選ぶ必要ないじゃない」
馬鹿って言うより大馬鹿かな、と戸西先輩は笑いながら付け足した。
「最初は地獄君が可哀想に思えて、哀れんで話しかけたんだけどね。小学生なりの善意かな。そしたらあいつ何て言ったと思う?」
「地獄先輩ですから……『俺に関わるな』とか?」
戸西先輩は途端に目を見開く。ビンゴだったようだ。
「いやぁ、地獄君が見込むだけのことはあるのね……。一字一句間違ってないわ。やっぱり類は友を呼ぶって本当なんだ」
僕のあるようで無い推測力を総動員した結果はなかなかの成績のようだ。地獄先輩を今のまま小さくしたとしてもそれくらいの事しか言わないだろうから、推測も何もないのだが。
「久々に地獄君について語れそうじゃない。夏凪君、しばらく付き合ってよ」
話を聞きたいが為に、時計を見ずに二つ返事で返したのが間違いだったと気付くには、あと少しばかり時間がいるのだった。
いやはや、お待たせにお待たせを重ねてしまいました……。
お詫びは活動報告の方で散々に致しますので……。
さて、どんどん変人・地獄の過去を暴く二人です。




