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ガキの名前は似合わない

歴史上の人物や地名は、特に理由がない限り、その人物が持つ一番有名なものに統一させていただきます



「山田さま。お久しゅうございます」



 桶狭間おけはざまの戦いから二年も経ったある日。

 熱田の正道の元に、そう言って訪ねてきたのは、知った顔の主だった。



「おうゥ、加藤のとっつあんの息子かァ」


「はい。弥三郎やさぶろうに御座います。先だってはよきかぶとをいただき、ありがとうございます。主にも、装束を褒められる栄誉をいただきました」


「いいってことよォ。オレも、親父さんには世話になってるからよォ。喜んでくれてうれしいぜェ」


「そんな、もったいない」



 はにかんでから。

 弥三郎は思い出したように表情を変えた。



「――まずは我が主のぶながよりの言伝ことづてを。山田様に会わせたい者がいるので、清洲まで来てほしい、と」


「会わせたい人間ン? 誰だァ?」


三河みかわ松平元康まつだいらもとやす様にございます」



 松平元康は、しばらくのちに徳川家康とくがわいえやすを名乗る。


 未来の天下人だ。

 今川家の準一門として義元よしもと旗下にあったが、このところ三河での割拠を図る動きを見せている。


 信長との同盟締結の最終段階として、清洲城を訪れるのだ。

 そのことを簡単に説明してから、弥三郎は言った。



「――昔、尾張に人質として居られた時、東加藤うちで預かっておりまして、わたしとも縁のある人なのですよ」


「おォう。なら、お前も会うのが楽しみだなァ」


「いや、わたしなど。味方のなかには、つい先ごろまでの敵ということで快く思わぬ者も多いですし……遠目で、懐かしい姿を拝見できればいいのです」



 弥三郎は、気恥かしげに頭をかきながら応えた。



 ――松平元康じゃとぉっ!? 徳川家康じゃねーか!!



 たまたま聞いていたシゲルがアップを始めた。







 織田信長と松平元康の同盟――清洲同盟は、成った。


 たがいに盟を交わし、その後一席が設けられた。

 部屋の中には、信長と元康のほかは、最低限の員数しかいない。


 ぜんが運ばれてきて、食事となった。



「久しいな、竹千代たけちよ


「お久しゅうございます。信長さま。いまは元康と名乗っております」



 ふたりの間には、親しげな空気が流れている。

 元康の尾張での人質時代、このふたりには交流があったのだ。



「もっとも、“元”の字は義元公よりいただいた偏諱へんきゆえ、近々名を変えるつもりですが」


「ほう? なんと名乗るつもりか」


「我が祖先、八幡太郎義家はちまんたろうよしいえにあやかって、家康、と」


「……いい名だ」



 信長は、言って笑った。


 もちろん自称だ。そもそも松平氏は源氏ですらない。

 この変名は、元康が三河一国を手に入れようという野望の現れであり、それを評価して、信長はいい名だと褒めたのだ。


 それから昔語りなどして、しばし時間を過ごしてから。

 元康は、空席になっている場所を見て、首をかしげる。



「ところで、本日は、他にどなたかいらっしゃるのですかな?」


「竹千代。そのことよ。貴様に会わせたい者がいるのだ」



 ちょうどその時、正道が姿を現した。


 雲を突く巨漢だ。

 そのうえ、前頭部から伸びた変わり髷リーゼントが、他を圧するようにそそり立っている。


 かぶき者、にしても、異様というしかない。



「よーゥ、兄弟。顔ォ、見に来たぜ」


「おう、山田の。こちらが三河の松平元康よ――竹千代、あれがわしの兄弟、山田正道よ」


「山田、あの山田党の!?」



 熱田の山田正道は、この頃相当な名になっている。

 桶狭間で勝敗を決め、熱田大宮司千秋家に仮寓かぐうしながら近隣に威勢を張り、織田信長の妹婿になった男。



「よろしくなァ、松平の。加藤のとっつぁんと弥三郎がよろしくってよォ」


「これはご丁寧に。熱田の加藤家には、それがしも世話になりまして。山田殿は、やはり尾張源氏の山田氏の方で?」


「しらねェよ」



 正道はきっぱりと言った。

 出自や先祖など聞かれても、純粋に知らないというだけだが。


 だから、正道はかわりに、というように己のリーゼントを誇示した。



「――オレは山田正道だぜェ。こいつが名乗りよォ」



 元康はショックを受けた。

 これから三河を治めるために、源氏の権威と資格を借りるつもりだった。

 そんな元康から見れば、体一つで乱世に身を立てようという正道の意気は、バカらしいと思う以上に―― 一人の男として、震えが来るほどうらやましい。



「竹千代。兄弟まさみちはどうだ?」


「羨ましゅうございます。それがしはそこまで開き直れない」



 ため息とともに、元康は首を振った。

 信長はうなずいてから、正道のほうに顔を向ける。



「山田の、竹千代はどうだ?」


「おっと、織田の。そいつァいけねェよ」



 正道は信長を咎める。

 が、信長には、なんのことだかわからない。



「なにがいかんのだ?」


「織田の。竹千代ってのはァ、ガキの頃の名だろォ? ここに居るはァ、腹にドス呑んでる立派なおとこだぜェ?」



 言われて、信長は破顔した。

 笑顔のまま元康に向き直り、詫びる。



「すまんな、元康殿。懐かしくてつい昔に返ってしまったわ」


「いえいえ。信長さま。それがしも童心に返る思いでした」



 宴は、万事滞りなく行われた。

 その、はるか手前で。



「わいは正道さんの舎弟じゃー! 松平元康に会わせてくれーぇ!!」


「馬鹿を言うな! そのまっとうな装い、明らかに山田党じゃないだろう!」


「第一、松平殿を呼び捨てにするとは無礼千万!」


「ふんじばって山田党の元に突き出してやれ!」



 シゲルが無意味な奮闘をしていた。






 家康「出自もあやしいのに、なんでこんなに偉そうなのこいつ」


 源義家、世良田義季@草葉の陰「つーかお前がだれだよ」




ちなみに


源義家……源頼朝と足利尊氏の共通の御先祖様。京都の石清水八幡宮で元服したから八幡太郎義家。


世良田義季……新田源氏庶流得川氏の初代。家康が子孫を自称した人。

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