馬鹿だからこそこだわらない
ある日のこと。
正道は、トシ――佐々木歳三に向かって言った。
「なあトシィ。オレらもよォ、いつまでもここに世話になりっぱなしじゃァ、いけねェなァ」
歳三は正道が絶対の信頼を置く、チームの副長だ。
勉強はできないが、頭は切れる。
だから正道は、困ったことがあれば歳三に相談することにしている。
困った時にしか相談しないのが、歳三にとっては頭痛の種なのだが。
「当分は問題ないと思うがな。お前が神社に渡したお宝、あれかなりな額っぽいし。どうしてもってのなら、チームの中で、なにか出来るやつを手伝いに出せばいい」
「なにか、ってのはなんだァ?」
「たとえば、お前の弟の高道、あいつ銭勘定が得意だろ?」
「ああ。若ェのに感心しねェがなァ」
「あいつに千秋家の銭勘定なんかを手伝わせば、喜ばれるんじゃないか? まあ後は……自己申告でやりたいヤツにやらせりゃいいだろうさ。当面はな」
歳三は涼しげな顔で助言した。
それから。
正道は舎弟たちに事を諮ったところ、みな大乗り気だった……の、だが。
「頭ァ! オレッちラーメン屋でバイトしてたから、ラーメンなら作れるぜぇ!」
「オレも、コンクリかき混ぜんのと、アスファルト均すことに関しちゃ玄人裸足ですぜ!」
「俺、実は服飾デザイナー目指してるんだ! 実際作ったことないけど! 和服なんか見たことないけど!」
「なにを隠そう、おれんちは洋菓子屋だっぺよ! 作り方わかんねーけど!」
どれも役に立ちそうになかった。
◆
そんな事があってから、しばらく経って。
加藤図書助が、ひさしぶりに、訪ねて来た。
熱田の豪商で、織田信長から正道の世話を任されている有力者だ。
「山田様、しばらくぶりに御座います」
「よう、とっつぁん。なんの用だァ?」
「はい、それが、その」
尋ねると、図書助は言いにくそうにしながら、話を切り出す。
「――ご家来衆について、なのですが」
「オレの舎弟どもが、どうしたってェ?」
「その、わたくしどもに、いろいろと商売の種を教えて下さっているのですが」
聞けば、先日の一件でやる気を出した舎弟たちが、熱田の商人たちにいろいろなアイデアを吹き込んでいるらしい。
特に、バイクに興味を持ち、遠国からやってきて、熱田に腰を据えたような利に敏い、あるいは山師根性の商人たちは、まっさきに飛びついたようで。
「実ィには、なってるかァ?」
「半々、よりやや悪いくらいですか。とにかく突拍子もないことばかりで……しかし、成功したものは、どれも相応の富を生み始めております」
もちろんこれは、商人たちが、これは商売になると判断したアイデアの中で、である。
実現不可能な、あるいは理解不能なアイデアは、その何十倍かにはなるだろう。
「いいことじゃねェかァ」
「しかし、ご家来衆は見返りをお求めにならず、わたくし共は戸惑っております」
この時代、もちろん特許などはないが、技術や商品を独占する手段など、いくらでもある。
営業、販売権を握っている熱田神宮、そして大宮司代千秋季重と縁の深い山田党ならなおさらだ。
それなのに、彼らは見返りすら求めない。
不気味に思った商人たちの頼みで、図書助は山田党の真意を量りに来たのだ。
「いいってことよォ。俺たちはこの熱田に世話になってるんだァ。返せるものがあるのなら、ありがてぇってもんだぜェ」
「……ご高配、痛み入ります」
悠然と答える正道に、やはり意図を量りかねながら、図書助は頭を下げた。
◆
一方、千秋家の勘定の手伝いを始めた山田高道は。
「なんだこの帳簿は! 責任者呼んで来い!」
「ドンブリ勘定すんな! 見込みで帳簿つけんな! 雑な帳尻あわせすんな一発でわかるわ!」
「物納が多いんだから、ちゃんとカテゴリと質に分けて保管しろ! 売り時になったらためらわず売れ! わかんねぇなら加藤家にでも資産運用手伝ってもらえ! ここじゃあ銭は降って湧いてくるもんかもしれねえが、きっぱり忘れて銭を回せ! いいか、銭は増やせるんだよ! もっと上を目指せるんだよ! きっちり儲けようぜ!」
完全にやりすぎていた。
「もう、全部山田様に任せればいいんじゃないかな」
熱田神宮全体の勘定を任されるのも、時間の問題だった。
※
熱田「今から本気出す」
信長「なにそれ怖い」