こんな時代じゃわからない
「アニキ」
「どうしたァ、ヤスゥ」
「えーと、サカイとか言うとこから来たって職人が、アニキに会いたいって」
「またかァ。近頃多いなァ」
正道は少々辟易した様子でこぼした。
彼らの目的は、正道たちの愛車――バイクだ。
熱田中を、見たことのない乗り物が走り回っていた。
あまりにもインパクトの強い事実は、噂となって凄まじい速度で拡散したらしい。
噂は人を集め、それがどうやら見たことのない機械だと知れ始めると、今度は商人や職人が、遠く近江や堺からも来始めた。人が増えた、と、熱田の人間はみな実感している。
ひと目見せてくれ、あるいは触らせてくれという人間も多いが、正道たちにとってバイクは命だ。
おいそれとは見せないし、触らせない。
盗みに入ってリンチにかけられる人間もいれば、長期戦とばかり、熱田に住みつく者もいる。
商人連中は、この奇妙な連中とお付き合いできればと、付け届けを忘れない。
正道はそれを気軽にもらうと、熱田社や付き合いのある人間に投げ与えた。
バイクに比べると、金属バットやチェーン、鉄パイプなどはセキュリティ意識も低い。
だから、職人たちが頼めば、山田党の連中も気軽に見せるのだが、それも十分に非常識な技術だ。
時に脂汗を流しながら、感動したように見入る職人たちに、彼らも悪い気はしない。職人たちがなぜ感動しているのかは、理解できないようだが。
「製法は」
もちろん職人たちの質問には、誰ひとりとして答えられなかった。
◆
――馬鹿野郎どもがあ。
シゲルは吐き出した。
バイクを売ろうともしない正道や舎弟たちに対しての言葉だ。
ガソリンがない以上、どれだけ大事なものでも、無用の長物だ。
なら、売っぱらった方が得というものだ。
手始めにバックミラーを高額で売り払うことに成功したシゲルは、つぎにバイク本体を売り払おうと、商人に打診する。
「またまた。山田党の鉄の神馬が、なんで手に入るものですか」
この時代に馴染んだ姿のシゲルは、山田党の一員だと認識されていない。
だからシゲルが持ちかけた話を、誰も信用しなかった。
◆
「――風呂が、欲しいなァ」
ある日、正道は、唐突にそんなことを言いだした。
常にリーゼントの身だ。
風呂に入らない訳にはいかないのだが、この時代、風呂はぜいたく品だ。
風呂は、大量の湯を沸かさねばならない。浸かるタイプなら、なおさらである。
とはいえ、そこは清潔な現代人。風呂に入りたいという欲求は、耐えがたいものがある。
「蒸し風呂もいいがなァ。熱い湯に浸かってさっぱりしてえってのは、人間だれもが思うことだぜェ」
「なら、頭。俺に任せてくれよ」
舎弟の一人、強面の平蔵が手を上げた。
彼は風呂屋の息子だ。
「じゃあ、作るかァ」
気楽に言ったが、どうやって作るかは考えていない。
そこへ、平蔵が勢いよく発言した。
「よしっ! じゃあ銭湯つくりやしょう銭湯! オレが番頭で!」
「あっ、平蔵ずりぃぞ! オレも番頭やりてぇよ!」
「アホかっ! おれが番頭だ!」
全員がダボハゼのように食いついた。
結局。風呂はできたが、燃料の問題(金銭的なものと、物理的な面倒くささ)から、水風呂がメインとなったようだ。
なお、平蔵たちはまだ銭湯計画をあきらめていない様子。
※
秀吉「チェンジ。番頭ワシ」
信長「なんか献上された鏡がパねェ」