それでもあいつは嫌いになれない
――“山田党”
正道たちは、そう呼ばれ始めている。
熱田神宮に身を寄せる、異形異装の集団。
尾張源氏か、伊勢山田の出か、はたまた信濃諏訪が出身か。
いやいや、うわさに聞いたが……
想像は彼らの出自を、すでに固めつつある。
◆
タイムスリップしてきた彼らだが、ひとまず生活の心配はない。
桶狭間の合戦に加勢した謝礼を、そのまま熱田神宮に納めて、かわりに社領内の屋敷で寝起きさせてもらっているのだ。
しかし。
「こいつはァ……困ったぜェ」
山田正道には悩みがあった。
それは。
――ポマードが、残り少ない。
ことだった。
このままではリーゼントが作れない。
「そりゃあ大問題っスね。リーゼントはアニキのトレードマークッスから」
舎弟のヤスが、深刻な表情で返した。
ふたりは極めて真剣である。
戦国時代でいえば、兜の前立てがなくってしまうくらいの重大事だ。
「……アニキ、これを使ってくださいッス!」
おもむろに。
ヤスが、懐から取り出したものを、正道に差し出す。
正道はグラサンで隠した目を驚愕に見開いた。
「――こりゃあ、ヤスゥ、テメエのポマードじゃねェか! これじゃァてめえのリーゼントが!」
「……へへっ。俺のことはいいんスよ。そんなことより、アニキがリーゼントをキめられなくなるほうが大問題っスよ」
「うおおおヤス、ヤスゥ! おめえってやつはァ!」
「頭ぁっ!!」
涙を流しながら、手を取り合う二人。
その光景を遠目で見る人物が居た。
「アホかい」
シゲルだ。
シゲルはすでにこの時代並みに、髷を結っている。
服も、適当なものを調達して、外見だけなら立派な戦国人だ。
堂に入りすぎて、山田党の一員と見なされていないことに、彼はまだ気づいていない。
◆
そんな事があってから、数日後。
あっさりと、ガソリンがなくなった。
チームの大多数が、毎日バイクであたりを駆けまわっているのだから、当然だ。
おかげで熱田近辺では、山田党の名は、ある種の畏怖とともに認知されているが。
「あー、どうすっぺかなぁ」
「ガソリン無くなっちまったら、単車転がせねぇベ」
「ああ、バイク乗りてぇよう」
有名な武闘派とはいえ、走り屋だ。
バイクが動かせないとなると、フラストレーションもたまってくる。
――このボンクラどもがぁ。わいのガソリンまで盗みよってからに!
心の中で毒づいたのはシゲルだ。
万が一の時を考えて温存していたガソリンをあっさり盗まれて、恨み満載だ。
「そうだ! テツに頼もうぜ! あいつならガソリン作ってくれるだろ!」
「おお、テツがいたか! あいつガソリンスタンドでバイトしてたもんな!」
「危険物取扱乙四種持ってるし、ガソリンも作ってくれるよな!」
壮絶な無茶振りがなされようとしている。
――このボンクラどもめ。ガソリンがそんなに簡単に作れるとでも思っとるんかい。だいいち原料がないじゃろうが!
舎弟どもの会話を盗み聞きながら、シゲルは内心突っ込んだ。
その間にも、話は進む。
「なあ、やってくれるよな、テツ!」
「あ、は、はいっス! 兄貴たちのために、オレ、ガソリン手に入れるっス!」
テツは、顔を引きつらせながら拳を握り、答えた。
年少で押しの弱い彼は、上からの頼みを断りきれない。
「おお、やってくれるか!?」
「期待しとるぞ、テツ!」
「は、はい! 取りあえず……さ、サハラ! サハラまで飛んでくるっス!」
彼がそう言ったのは、単純に、ぱっと思いついた産油地がそこだったからだろう。
サハラまでどうやって行くのか。
行ったとして、どうやって石油を掘るのか。
掘れたとして、どうやって日本まで運ぶのか。
そして原油からどうやってガソリンを精製するのか。
精製できたとして、どうやって保存しておくつもりなのか。
おそらくなにも考えず、少年は身一つで飛び出していった。
シゲルは、ポカンとその背中を見送る。
テツはそのまま消息を絶った。
熱田湊から、東に向かう船に乗ったことだけは確認されている。
のちの石油王である。
※
信長「あいつらの行動マジキチ」
平手政秀@草葉の陰「おまゆう」