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戦国リーゼント  作者: 寛喜堂秀介


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番外編3 思えばあいつら半端ない

 天正十五年一月。

 昇る朝日を床からながめながら、加藤図書助ずしょのすけはふと思った。



 ――わしも、もう長くはあるまい。



 数えてみれば、七十五歳になる。

 なかなかに生きた、と言っていい。

 しかも、人もうらやむ富貴ふうきを得て、千古稀せんこまれなる体験を経てのことだ。誰もが大往生であった、と言ってくれるだろう。



 ――それもすべて、あの方たちのおかげか。



 あの方、とは、山田衆。そして、党首の山田正道のことだ。

 いまとなって思えば、不思議な方たちだった、と図書助は思う。


 初めに出会ったのは、後の天下人、織田信長に頼まれてのことだ。



「素性の知れぬ男だが、恩人だ。面倒を見てやってくれ」



 そう言われて、はて、どんな男であろうと迎え出た時のことを、図書助は忘れないだろう。

 狂おしいほどに猛る鉄の神馬に乗る集団の先頭を切って現れたのは、死装束かと思うような白い戦袍せんぽうをまとう威丈夫だった。



「お初にお目にかかります。わたくし加藤図書助と申します。熱田での生活に不自由があれば、わたくしに申しつけ下さい」


「おう、よろしくな、とっつあん」



 見るものに刃を突きつけるような変わり髷リーゼントに、目を覆う黒い玻璃ガラス細工のようなもの。とにかく奇妙な容貌の主は、鷹揚おうようにそう言った。


 身なりといい、徒弟の数といい、異国の貴人だろうか。と、最初は思ったものだ。

 だが、この奇人――山田正道は、自分を日本人だという。



「よくわかんねェけどよォ。雷に打たれて、気づいたらここだったぜェ」



 雷に打たれて生きている、という時点で稀有な話だが、それにしても、そんな神がかりまで持ち出すとは、この方たちはよほど素性を隠したいに違いない、と、この時は思ったものだ。


 だが、山田正道はそんな小賢しい人間ではなかった。

 それを思い知らされたのは、彼らが熱田社に仮寓かぐうして数年も経ってからのことだ。



「――親父様」



 ある日、嫡男の順政が戸惑い混じりに図書助の耳元に囁いた。



「山田殿のご家来がたが、商人たちに妙なことを吹きこんでいますようで」



 事実は、確認するまでもない。

 息子の順政も、その“妙なこと”に関係していたのだ。



「たびたびご家来がたに、こんなものが出来ないか、こんなものもあるぞ、と教えられ、またそれがよき商いのタネになりそうなもので……ためしに作らせてみたものでございます」



 順政が見せたのは、三角形の帆を組み合わせた、板きれのような小船だった。



「これは?」


「小船でございますが、風上への切り上がりが尋常ではございません。ほとんど風上に向かって走らせることも可能です」



 モノ自体は、なんの変哲もない、ウインドサーフィンである。しかも素人仕事でたいした性能ではない。

 だが、随所に見られる工夫からは、軍事商業問わず、金の匂いが

ぷんぷんと立ちこめている。



「……これは、ひょっとして家中の秘伝ではないか?」


「わたしもそう思ったのですが……どうも山田様にお尋ねしても、いっこうに構わんと。むろん、熱田の商人たちに伝えられた技術や着想は、これだけではありません。意図を図りかねるものも、かなり多いのですが」


「ふむ……一度尋ねてみるとしよう」



 図書助は折をみて、尋ねてみた。



「いいってことよォ。俺たちはこの熱田に世話になってるんだァ。返せるものがあるのなら、ありがてぇってもんだぜェ」



 心底そう思っているに違いない山田正道の言葉に、図書助は深く、頭を下げた。



 ――思えば、本当に不思議な方だ。



 図書助が見る限り、山田正道は無欲の人だ。

 信長の妹婿として、また、熱田社を押さえる熱田の実質的な支配者として。得られる銭は尋常のものでないはずだが、正道はそれを手元に置かず、鷹揚にばら撒く。

 もちろん、そんな生活が許されるのも、加藤図書助が逸材と見込む正道の弟――山田高道が山田党の資産をしっかりと管理し、また理財かねもうけに励んでいるからなのだが。



 ――ともかく、他人を儲けさせるのが好きな御人であったな。



 人に財を与え、商売の種を与え、鉄の神馬をはじめとした、技術の結晶すら与え……結果、熱田は巨大化した。

 商売のタネを求めて商人たちが集まり、未知の技術を求めて職人たちが集まり、人が増えたことで街は広がり、そのための工事で熱田に槌の音は絶えない。

 熱田に来れば職にありつけると、全国より人が集まり、また街が、道が広がっていく。

 山田党が作る銭の流れは伊勢湾海運を、そして全国を巻き込み、また山田党による石油の発見と駆動機エンジンの開発が、街道の再開発に弾みをつけた。


 天下泰平となった現在、熱田は東海第一の都市として、また天下屈指の商都として栄えている。

 それを為したのは、間違いなく山田正道と、山田党だ。



 ――ほんとうに、神がかりのような……そういえば、山田殿は武においても尋常の人ではなかった。



 ひとり、微笑みながら、図書助は思い返す。

 桶狭間の合戦では、鉄の神馬を駆って戦場に駆けつけ、あの神がかった勝利に大きく寄与した。

 三方ヶ原の戦いでは、殿しんがりとして孤軍よく戦い、徳川家康や織田軍を落ち伸びさせ、かつ自らも生き延びた。

 長篠の合戦では、鉄の神馬のいななきで、武田の騎馬を怯え無力化させた。



 ――まさに、まさに熱田社の御神器くさなぎのつるぎの化身のような。



 熱田衆の間に物語られる伝説は、三代も経ればどれほどの神話になるだろうか。


 子供のころ、織田家が日ノ本を統べることになるとは、思ってもいなかった。

 いまの子供が大人になるころには、はたして世はどれほど変わっているだろう。



 ――自分がそれを見ることはあるまい。



 七十を越えて生きている図書助にとって、それは当然の認識だ。

 だから、図書助は思う。



 ――信長と正道おふたりの軌跡、お前がしかと目に止めよ。弥三郎やさぶろう



 アメリカへと旅立った信長と正道に同行した息子の一人に、心中、声をかけて。

 加藤図書助は目を細めた。







インディアン「ダチ! ホンダ!」


弥三郎「ダチ! カトウ! ヒート!(ヤケクソ)」







 一方、アメリカでは。

 インディアンに歓待され、なぜか数ヶ月も留守にしていた山田正道が、ようやく帰ってきた。

 正道の様子を見て、迎え出た信長は目を眇めた。



「……おい、山田の」


「なんだァ? 織田のォ」


「久方ぶりに帰ってきたと思えば……なんだその格好は」



 額にバンダナ、サングラス。

 たなびく長ラン、背には羽根束。

 頬にペイント描き込んで、それでも頭はリーゼント。


 まぎれもないインディアンである。



「……イカスだろォ?」


「いかさぬわぁっ! なにゆえ“いんでぃあん”に染まっておるのだぁっ!?」



 まさかの逆文化侵略である。



「それに、後ろの連中はなんだぁっ!?」



 正道の背後には、多種多様な部族の人々が、数百人も集まって、信長が視線をやると、「大酋長グランドチーフ! 大酋長グランドチーフ!」と大合唱を始めた。



「ああ、こいつらは……舎弟だぜェ」



 にやりと笑うリーゼントの視線の向こうで、信長渾身の作である、アメリカ初の日本城が虚しくそびえ立っていた。







ヤス「なんか気配がする……」


相良油田、黒川油田「!?」



戦国リーゼント番外編におつき合いいただき、ありがとうございます。

あくまで番外編です。はっちゃけます。正道たちは。

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