お前の危機なら仕方ない
信長の元へ、正道出奔の知らせが届いた。
信長は激怒した。
だが同時に、心のどこかで安心した。
熱田を敵に回せば、織田家が揺らぎかねない。
その危機を脱したという安堵からだ。
しばらくして、文からの手紙が届いた。
信長の、正道への態度を非難する言葉がつづられていた。
――誰もかれも、わしを理解せんか……
信長の言うことは無茶だ。
誰もが天下人の視点でものが見えるわけではない。
国家のことなど頭の端にもない。
愛情と、血縁と、そして義理がなによりも優先される。
そんな狭い世界に、みな生きている。
「山田の、お主だけは。なにがあってもわしを認めていてくれると、信じていた」
失望ではない。
ただ悲痛な、それは独白。
「――いったい誰が。なにゆえ、このようなことに」
「……おそれながら」
そんな信長に、小姓がそっと耳打ちした。
佐久間排斥に繋がる、信盛とのやりとり。
そこに権謀の毒を仕込んだ人物の名を。
――明智日向守光秀。
証拠はなかった。
しかし信長は怒りのままに、文机を叩き壊した。
◆
信長の激怒を伝え聞いて、明智光秀は絶望した。
信長は好悪の激しい人間だ。
一度嫌えばとことん嫌い抜く。
出来る人間を積極的に排除はしないが、必要がなくなれば。
――陰謀を逞しくしすぎたか。
自嘲混じりに、光秀は自らを顧みる。
陰謀、謀略、武略に知略。ありとあらゆる手管を使い、がむしゃらに出世を求め、生きてきた。
それでも懸命に戦って。
光秀なりに、誠心誠意仕えて。
ふいに、四国戦略から外された。
このままでは排斥される。そう光秀は感じた。
政略に関わることを許されず、一介の方面軍団長に落とされ、功を立てれば九州の端――それこそ日向国あたりの一国主。失敗すれば、佐久間の二の舞だ。
――人生、五十年も生きれば、ここで果てようとも、十分か。
光秀は独白する。
すでに、存分に名を為した。
たとえ末路が流浪の果ての死であっても、十分と言えよう。
――いや。
光秀は自らの言葉を否定する。
――まだ足りぬ。どうせ残り少ない人生なら。幼い我が子に土地も残せないというのなら……
信長は本能寺に居る。
連れているのは、わずかな供廻りのみ。
さらには嫡子信忠も在京しており、しかも京にまとまった兵力は存在していない。
両者を同時に殺すのは容易で、しかもそれが成功すれば、織田軍団は空中分解するだろう。
――たとえひと時でも、天下様として明智光秀の名を為さしめたい。
苦悩の末、光秀は決断した。
「――敵は、本能寺にあり」
◆
本能寺は炎上していた。
戦いの中で、ゆっくりと火が回っていく。
「是非も無し」
襲い来る明智軍に、信長は応戦する。
寡兵を率いて自ら弓を射、槍をしごいて戦った。
戦って、戦って、戦って戦って――戦いまくった。
戦いながら、信長の脳裏に、走馬灯が走る。
下天の一日にも届かない、わずか四十五年の人生。そのなかで、懸命にあがいた毎日。
そして思い出す。
父を、義父を、平手政秀を失い、孤独の中で、今川義元の大軍に戦い挑んだあの時。
なにもわからないのに助けてくれた――親友がいた。
「山田の」
正道の行方は、いまだわからない。
後悔しかない。唯一対等な存在を、彼は自ら捨ててしまったのだ。
「山田の……すまん」
信長は痛恨の念を言葉にする。
その時。
東の彼方から、けたたましい爆音が響いてきた。
明智の雑兵を蹴散らしながら。
スピードひとつ緩めずに突っ走ってくる、たった一つの影。
「あれは!」
信長は声をあげる。
改造バイクに長ラン姿。
天突く巨体に金属バット。
不敵な笑いを浮かべる男。
白髪混じりのリーゼント。
「山田の!」
信長は叫んだ。
正道がにやりと笑い返す。
「――助けに来たぜェ……織田のォ!」
※
羽柴秀吉「オート大八車でブーン」
北陸方面軍北近江衆「モーター小早でスイー」
細川藤孝「(協力を)お断りします」
筒井順慶「お断りします」
浅井長政「泳 い で 参 っ た !!」
織田信忠「\ここにいるぞ!/」
光秀「」




