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戦国リーゼント  作者: 寛喜堂秀介


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23/34

俺はおまえが気に入らない



 それは男たちの夢だった。

 困難があった。障害があった。

 しかしそれでも男たちはあきらめなかった。


 ただ、夢をかなえるため。

 そこにある理想郷を垣間見るため。

 男たちは苦労を惜しまず、戦い続けた。

 その結果、ついに。男たちはついに手に入れた。


 彼らの理想郷ユートピアを。



「ついに……ついにできたぜ!」


「ああ、平蔵。おめえはよくやったっぺよ!」


「燃料の問題も、労働力の問題も、すべてなんとかした! お客が来てくれるように、造りをオレができうる限りの魅力的なものに仕立て上げ、もちろんバリエーションも豊富にして、苦渋の選択で男女も分けた! 料金も最低限に抑えた! パーフェクトだ!」


「ああ、あとは座るっだけだっぺよ……あの」


番台りそうきょうに!』



 熱田神宮の御神湯、と掲げられた看板に向かって、男たちは駆けだした。

 駆けつけた嫁さんたちに殴られて、引きずられていった。







 天正五年。

 石山本願寺が、ついに膝を屈した。

 和睦わぼくと戦争を繰り返し、長年頭を悩まされてきた一大勢力との対立に、ようやく決着がついた。


 ほどなくして、信長は対本願寺の司令官であった佐久間信盛さくまのぶもり折檻状せっかんじょうを送る。

 そこには対本願寺における怠慢たいまんや、三方ヶ原での不手際など、難癖に近い類の非難が延々と書きつづられており、最後に信長は、再び死を賭して最前線で奉公するか、命を惜しんで高野山に隠棲するか、二者択一を迫った。


 この時、信盛は五十歳。

 信長の叱責に抗弁する力は、すでに無い。

 信盛は後者を選んだ。


 同時期、林秀貞はやしひでさだ安藤守就あんどうもりなり丹羽氏勝にわうじかつなどの重臣たちも追放の憂き目に遭っている。

 林秀貞などは、なんと二十年以上前の謀反を理由に、だ。



「気に入らねェ」



 正道は不機嫌だ。

 彼は、今回の信長のやり方が気に入らない。

 今までにも、信長は役目の済んだ人間を、始末している。


 だが、今回はまったく別だ。

 何十年も仕えてきた重臣を同じようにあつかうなど、正道の感覚から言うと、仁義にもとる。



「あんな気のいいオヤジをよォ」



 と、正道が言ったのは、佐久間信盛のことだ。

 元々東海道の要所を押さえる在地領主で、そのため昔から熱田にもこまめに顔を出し、正道もよく知る人間だった。



「佐久間様は、高野山から追い出され、家臣にも逃げられて、食うのにも困る生活を送っておられるようです」



 加藤図書助ずしょのすけが痛ましそうに言う。



「……トシ、とっつぁん。留守を頼むぜェ」



 正道はリーゼントを揺らすと、背中越しにそれだけ言って屋敷を出た。







 大和国、十津川とつかわ

 山間の里に、従者一人連れた流亡の親子の姿があった。


 佐久間親子だ。



「わしは死ぬ」



 病み疲れた表情で、父、信盛は吐き出す。



「それも御屋形のぶなが様が、あ奴の讒言ざんげんを信じきったためだ」


「気落ちなさいますな、父よ」



 子の正勝まさかつが励ますが、信盛はゆっくりとかぶりを振る。



「正勝よ。お主はまだ若い。ふたたび帰参も叶おう。しかしわしは、もう……」


「それがしとて、御屋形様の不興を買った身。前田殿のひそみに倣わねば、この一命とて、保てるか」



 そこへ轟くエンジン音。

 やってきたるは鉄の馬。

 笑い、駆るのは天突く巨人。

 白い長ラン身にまとい、風になびくはリーゼント。



「よう、佐久間のォ」


「山田さま!」



 旧知の仲である。

 心弱っていた信盛たちは、歓喜して名を呼んだ。



「困ってるらしいなァ」


「お恥ずかしい限りで」



 バイクの上から声をかけると、信盛は疲れた顔に無理やり笑顔を浮かべる。

 くたびれきったその様子を見て、正道は信長に対する怒りを抑えきれない。



「馬鹿野郎ォ。恥ずかしいのは織田ののほうさァ!」


「山田さま!?」


「今度ばかりはなァ。あいつのやったこたァ筋違いだぜェ。だからお前を助ける。文句は言わせねえぜェ」


「山田さま……まことに、か、かたじけなく」



 涙とともに感謝の言葉を述べる信盛主従に、正道はサングラスをかけ直しながら、口の端を釣り上げ、言った。



「なァに、いいってことさァ」







 信長は多忙を極める。

 この時期、中国地方を山陰、山陽両方面から、羽柴秀吉や明智光秀に任せて攻めるかたわら、加賀に入った浅井長政、柴田勝家の上杉謙信とのにらみあい、息子信忠と徳川家康による武田攻め、さらには四国戦線の構築と、多方面の軍事を処理しなくてはならない。


 それに加えて、内政。

 特に、本願寺を押さえたことで、畿内の主要経済拠点を安全に支配できるようになった。この運用。

 そしてなにより、畿内七ヶ国の武将たちを従えていた佐久間信盛。彼が居なくなった穴埋めは、深刻かつ急務だった。



「信盛め、耄碌もうろくしおって……貴様だけは」



 信盛は、うつけと呼ばれていた昔から一貫して、信長の味方だった。

 天下取りの過程でも、信長軍団に無くてはならない武将であり続けてくれた。


 だからこそ。

 安寧に傾き、惰気の見える彼に怒りを感じ、ハッパをかけた。

 天下布武はまだなかばで、まだまだともに戦い続けてくれ、と。


 しかし、信長の気持ちは伝わらなかった。

 当てつけのように隠遁いんとんした信盛を、信長は怒りのままに隠棲地から叩き出したが、怒りよりも寂しさがつのる。

 



「――いや、耄碌したのはわしか」



 信長は四十四歳だ。

 まだ耄碌する年ではない。

 しかし組織と国土が巨大になりすぎた。

 さまざまな所に、神経が届かなくなってきているのを感じていた。


 そこに何者かの悪意が入り込んだとしても、信長は気づけなくなっている。



「あやつの後釜――畿内を任せられるのは……ふん。長政を北陸から引き抜けん以上、光秀しかおらんか」



 明智光秀。

 京の西の玄関口として、交通の要路丹波たんば国を押さえる信長家臣。

 朝廷へのパイプを持ち、また細川藤孝ほそかわふじたか筒井順慶つついじゅんけいなど畿内の織田系大名とも婚姻で繋がっている。能力も申し分ない。適役だ。



「信盛め」



 もう一度、信長は吐き出して。

 そのあと、小姓から報告を聞いた。



「山田正道、佐久間信盛をかくまう」



 その知らせを聞いて。

 信長は書類の上に、筆から墨を三滴、したたらせた。


 信長の意向に、熱田が逆らう。

 その深刻かつ巨大なメッセージは、信長の天下を揺るがしかねない。

 だがそれ以上に、ひとりの男として、信長は衝撃を受けざるを得なかった。






 加藤図書助「どうしてこうなった……」


 千秋季信すえのぶ「どうしてこうなった!?」


 滝川一益「どうしてこうなった!」


 信長「どうしてこうなった! どうしてこうなった!」



加藤図書助→熱田の豪族、大商人。山田党の世話役。お察し。

千秋季信→桶狭間で戦死した熱田大宮司 季忠の息子。大宮司職を継いだばかり。お察し。

滝川一益→領地が伊勢。お察し。

信長→お察し。

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― 新着の感想 ―
この流れで江戸時代の銭湯は混浴だったのが男女別になったりしたらもうタイムパトロールが泣きながら文句言いにきますなw
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