知ってはいても活かせない
「まったく……ボンクラどもがぁ……」
皆がヤスを絶賛する中、毒づいたのはシゲルだ。
彼は中卒ながら大の歴史好きだ。
当然、織田信長のことも知っている。
シゲルは考えた。
自分たちは戦国時代にタイムスリップしたのだ。
歴史の知識がある自分は、この時代では圧倒的に有利だ。
――わいは、戦国の世でビッグになったる!
そのためには、信長の部下になるのが近道だ。
戦国の覇者となる彼につき従い、歴史知識を利用して、出世街道をひた走る。
「――そして正道の兄貴すら部下にして、天下人になったるんじゃーっ!」
「ラリってんのかシゲル、よけろ! なんか馬来たぞ馬!」
夢想にふけっていたシゲルは、突進してきた馬に引っ掛けられて気絶した。
◆
「――貴様、何者か」
馬上の男が居丈高に問いかける。
後ろに五騎ほどを引き連れており、一見して身分の高そうな男だ。
猛禽を思わせる視線は、迷わずチームの頭、山田正道に向けられている。
じつは先ほどからの話題の主、織田信長なのだが、だれもそんなことは知らない。
知らないままに、正道はバイクの上から答える。
「山田ァ、正道よォ」
「山田? 山田の者か?」
ここでいう山田とは、旧の山田郡をさす。
尾張源氏の名流、山田氏の本貫地であり、その一族かと尋ねてきたのだ。
むろんこの場でそれが理解できる人間なんていない。
「知らねーなァ」
「では貴様、敵か味方か」
信長は重ねて問う。
言葉の端に殺気がにじんでいる。
しかし。それを正確に察しながら、正道の態度は変わらない。
「知らねーなァ」
言いながら、正道はゆっくりとバイクから降りた。
正道には、信長の言葉の意味などわからない。
わかったのは、目の前の男が、でかい面して口をきいているということだけだ。
「――オレァ馬鹿だからよォ。殴り合ってみねぇと、なぁんもわかんねぇよ」
ならば喧嘩だと、正道は拳を向ける。
その、あまりにも頓狂な態度を前にして。
「……面白い」
信長は、口の端を釣り上げた。
刀に手をかけた供廻りの武者を手で制して、信長は馬を下りる。
それから肌脱ぎになって、バシンと胸を打ち、自信に満ちた声で正道に言った。
「かかって参れ」
「あんたァ……ヒートだぜェ!」
グラサンを外し、ポケットに納めると、正道は長ランを脱ぎ捨てた。
タイマンだ。
そう理解した舎弟たちは、手を出そうとしない。
おたがい、ゆっくりと近づいていって。
まず正道が一撃入れた。
信長の体が、大きくズレる。
「――むうん」
うなってから、信長は拳を返す。
正道よりふた回りは小さい信長だが、拳の威力は等しい。
「――ぐむゥ」
正道も、うなりながら返礼。
それが十数度も続いたろうか。
正道はふいに拳を止め、それから笑いだした。
つられて信長も笑う。
ふたりとも顔に青あざを作りながら、爆笑。
しまいには肩を組み、笑いあう。
文字通り、拳で理解し合ったのだろう。
その姿に、見守っていたチームのメンバーたちも、なぜか涙を流して感動している。
「……いーいィ、喧嘩だったぜェ」
「おうさ。死ぬ前に、いい喧嘩ができた」
さらりと返して、信長は笑う。
「……あんたァ、名前は?」
「織田……ふふ、信長よ」
信長はあえて諱を名乗り、去っていった。
それに従う騎馬武者たちに続き、徒歩の集団が、追いすがるようにばらばらと駆けていく。
喧嘩で乱れたリーゼントを手櫛で直しながら、正道は口の端に笑みを浮かべる。
「――織田信長……ヒートな男だぜェ」
場所は、熱田神宮の北。
桶狭間の合戦直前の出来事だった。
◆
雨が止んだ。
太陽は西へ傾きはじめている。
敵大将、今川義元の本陣は目の前にある。
信長は、手勢を義元本陣に向けて打ち入れた。
完全な奇襲だ。今川軍二万。本隊の兵力五千。信長の手勢は、それよりも少ない二千。
天は自分に味方している。
幸運と呼べるあらゆる条件が、信長にもたらされている。
――あとは、人の力を尽くすのみ!
鉄火の勢いで気炎を吐きながら、信長は修羅になった。
奇襲から乱戦になった。
信長、義元、両大将が自ら刀槍をふるう始末だ。
信長の圧倒的有利に始まりながら、勝敗の行方は、まだ揺れている。
そんな時、西の手より爆音が上がった。
この世のものとも思えない音をたてながら、桶狭間の丘陵を駆け登ってきたのは、鉄パイプやチェーンや金属バットを振りまわす、バイクの集団。
「うおおおおおおおおっ!」
先頭をきって特攻んできた山田正道のリーゼントが、戦場で雄々しく揺れている。
はためく白い長ラン。信長の眼には、それが白鳥のように映った。
均衡は破れ、今川軍が崩れた。
審判の刃が、その綻びから義元の胸元に飛び込んだ。
義元の首は取られ、勝敗は決した。
信長と正道は、会心の笑みを交わし合った。
※
信長「ナニあの格好、ありえねえ超傾いてる」
平手政秀@草葉の陰「おまゆう」




