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寺を焼こうが問題ない



 ――おかしい。



 シゲルは首をかしげた。

 浅井長政あざいながまさが織田方の将として生きている。

 それに伊勢長島の一向一揆が、一瞬にして鎮火してしまった。


 シゲルの知っている歴史とは、あきらかに違う展開だ。



「なんでじゃ? わいらはなんもやっとらんというのに」



 変わったことといえば、信長の妹が正道に嫁いだくらいだ。

 そんなことで、歴史が変わるはずがない。


 と、シゲルは思っているが、もちろん実際は違う。

 長政に地図を与え、熱田を強大化して伊勢湾海運を支配し、信長にまで地図をやれば、歴史が変わらないはずがない。


 しかし、シゲルはそうは思わない。



「……そうか。わいらと同じような境遇のヤツが居るんじゃな? そいつのせいで歴史が変わったんじゃ。おのれぇ、わいの出世のタネを横取りしおってぇ!」



 見えない敵に向かってシャドーボクシングし始めた。







 元亀げんき元年(1570年)。

 織田と比叡山ひえいざん延暦寺えんりゃくじとの仲は、最悪になっていた。

 信長の、比叡山寺社領の横領に端を発する関係悪化は、いくつかの応酬を経て、比叡山の浅井朝倉連合軍への加担をもって完全に決裂した。


 一月に、横山城の浅井長政が、信長の要請を受け、大坂から越前えちぜん国に通じる水路、陸路を封鎖し、双方の連絡を断つ。

 それから石山本願寺法主顕如けんにょの命で起こった近江国一向一揆、および甲賀郡の六角義賢(承禎)を、織田軍主力による神速とも呼べる機動をもって次々に撃破、救援に出た浅井軍も破った。これにより浅井久政、長政親子による北近江の主権争いの天秤は、おおきく長政に振れる。


 状況は整った。

 七月、信長は比叡山の膝元、大津の三井寺みいでらに入る。


 うわさが流れた。

 信長は山門(延暦寺)を焼くつもりだ、と。



「ほんまにそんなことあるんかいな」



 京雀きょうすずめはさえずる。



「そりゃあ、あるやろ。今までにも無かったわけやないし」


「そうなんか?」


「ああ。室町の世になってからでも二度、焼かれとる」


「ゆうてもなー」


「せや、恐れ多いわ」


「恐れ多い? 山門の悪僧どもの乱行らんぎょうを一度でも見とったら、そんな言葉でてこーへんぞ? お前ら若いさかい知らんやろけどな、四十年前の法華一揆ほけいっき。わしはあのことを忘れとらんぞ。あの連中、京の町を焼きくさりよって。寺燃やされたとしても、そりゃ天罰や!」


「それでも、今上陛下きんじょうはん弟君おとうとぎみ座主ざすを務めてはるんやし……」


「せや。なんぼひどうても寺は寺や。燃やすなんて、恐ろしいこっちゃ」







 遠く離れた熱田でも、信長の比叡山との対立は、人の口に上っている。



「織田の殿さま、今度は比叡山を焼くおつもりらしい」


「ひええ、あの鎮護国家の大道場を!? なんまんだぶなんまんだぶ」


「いや、うわさでは、比叡山も今では悪僧がはびこっているらしいが……それでも仏罰が怖いのう」


「本願寺も敵に回してしもうて……うちの殿さん、大丈夫なんかのう?」



 比叡山から遠い分、かの寺の堕落も他人事に近い。

 その分、都の民衆よりは焼き討ちに忌避感を持っているようだった。



「心配ねェさァ」



 うわさ話を聞きつけた正道は、輪の中に入ってきて笑い飛ばした。



「あ、山田様、これは」


「し、失礼いたしましたっ」


「気にすんなァ。たしかに寺ァ燃やすなんてヤベエよなァ」



 恐縮する皆を前に、正道はしみじみと言う。



「――でもよォ、よく考えてみろよォ。いまの世の中で一番国を守りたがってるやつァ、そのために動いてるやつァ、織田信長なんだぜェ? もしホトケがほんとに国を守ってくれるってんならよォ、罰があたんのァむしろそれを邪魔する坊主どもだろォ」


「は、はあ……しかし三宝(仏法僧)をないがしろにしては」


「もし、あいつに天罰なんぞ当ててみろォ……このオレがァ、寺という寺をこの世から消してやるさァ」



 言っていることは、無法無道だ。

 しかし熱田の人々は、怒りでも、理でもなく、穏やかにそれを言う正道に、不思議な安心感を覚えていた。



「んなことより、さあ、祭だ祭。津島の天王祭に負けねェデカイ祭ぶちあげてやろうぜェ」


「それも、そうですな。ご舎弟方も張り切っておられるようですし」


「ああ。喧嘩と祭に目のねェヤツらばかりだからよォ」


「熱田の若いも、山田なりに決めて、はりきっておりますよ」


「おおォ。どォりでやたら長ランやリーゼントが居ると思ったぜェ」



 己のリーゼントを誇示しながら、正道は道行くリーゼントたちに白い歯を向けた。







 比叡山は焼かれた。

 かの寺が近江に持つ広大な寺領は、信長の手に収まった。


 琵琶湖の水運も、信長は手に入れた。

 近江一帯の安定にはまだ時間がかかるが、それでも、この巨大な水運の安定化は、信長に巨大な利益をもたらすだろう。



「そのためには、銭と、人が足りぬ。それを集めるには……」



 信長の脳裏に、巨大な城下の建築が、構想されている。







 濃姫「(チラッ」


 信長「違うから。銭と人集めに要るのはお前じゃないから。出番かな?みたいな顔されても困るから」






※現在の熱田の状態


 信長「比叡山は潰す。琵琶湖水運の掌握的な意味で。あと敦賀はなにがあっても分捕る。日本海交易の拠点確保だ」


 熱田「スゲェ。みんなの力が全部オラに集まってくる!」


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