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包囲網など歯牙にもかけない



 将軍義昭よしあきと織田信長の軋轢あつれきは、頂点に達していた。

 もとより、お飾りと認識している将軍だ。あつかいも相応でしかない。

 うわべだけは丁重だが、信長は義昭の意向をほとんど汲み取らず、事あるごとに将軍の権限に掣肘せいちゅうを加える。

 将軍義昭にとって恩人であり、親にも似た親愛を抱いていた男は、兄義輝よしてるを殺した三好や松永と変わらぬ悪党だった。


 失望はやがて憎悪に代わる。



 ――だが、そうすると、あの男も敵に回す。



 熱田の主、山田正道。

 義昭は、自分の心を折ったあの男のことを忘れられない。

 しかし、恐怖による抑え込みは、時により強い反発を生む。

 義昭は恨みで塗装された見えない火薬を、信長にふりかけていく。


 越前の朝倉。

 北近江の浅井。

 四国の三好三人衆と、斎藤龍興さいとうたつおき

 大坂おおさかの石山本願寺。

 京の鬼門、王城鎮護おうじょうちんごの要、比叡山延暦寺ひえいざんえんりゃくじ

 甲賀の六角義賢ろっかくよしかた義治よしはる父子。


 その他大小の勢力と、精力的に連絡を取っていった。







「浅井備前ながまさ、裏切り!」



 朝倉征伐の最中。

 攻略を終えた朝倉の越前金ヶ崎かねがさき城でその報を受けた信長は、最初、一笑に付した。


 おなじ報せをふたたび受けると、言葉で否定した。

 三度目に迷いが生じ、しかし、かろうじてかぶりを振った。



「ばかな。ヤツが裏切るはずがない」



 状況は、ことごとく長政の裏切りを裏付けている。

 しかし、それでも信長は、長政に対する信頼を捨てきれなかった。


 その判断はただしかった。

 四度目の報せとともに、信長の元に現れたのは、なんと浅井長政あざいながまさ本人だった。


 供廻ともまわりもない。単騎だ。



「おお、浅井の! 貴様、どうしたというのだ!」


「不覚をとり申した」



 くやしげにつぶやいてから、長政は信長に、事の経緯を伝える。



「この身は放逐され申した。いまの北近江国主は、国衆に担がれた息子万福丸まんぷくまるが」



 長政はやりすぎたのだ。

 正道にハッパをかけられ、自身の手に権力の集中を図った。

 それはなかば成果を上げていたが、だからこそ、家臣たちに不満が山積していた。


 そこへ将軍からの密書である。

 信長の妹婿である長政は、これを一顧だにせず黙殺した。

 しかし、これを好機と見た家臣たちが、将軍に逆らう長政を不忠と決めつけ、妻子ともども幽閉。

 父、久政ひさまさ後見のもと、数え五歳の万福丸を国主に祭り上げ、信長に反旗をひるがえしたのだ。


 長政は、幽閉先の竹生島ちくぶしまに護送される途中、脱出してきたのだという。

 逃げる際、正道が授けた地図が役に立ったことを伝えて、長政は話を続ける。



「むろん、それがしに同情する家臣も多いが、当面は後見役の父、久政主導の元、反織田で動くことになるかと」



 話を聞いて、信長は、常に無く動揺をあらわにして問う。



「市は? 子らはどうした?」


「わずかに許されていた供廻りをつけて、岐阜ぎふに」


「……貴様が直接ここに来たのはなにゆえだ? ここが死地だと知っておろう?」


「その死地を作ったのは、それがしの不覚ゆえ。直に謝って……ともに助かろうと思った次第」



 思わぬ答えに目を見開いた信長だったが、しだいにそれが不敵な笑いへと変わる。

 奇しくも、目の前の長政とおなじ表情だ。

 信長は笑みを浮かべたまま、言い放つ。



「ならば逃げるぞ。一目散にな」



 依然状況は最悪だった。

 退路を断たれる前に軍を引いたとしても、そこから地獄の追撃戦を凌がねばならない。

 信長は池田勝正かつまさ、木下秀吉、明智光秀らを殿軍しんがりを任せ、撤退を始める。

 彼らの活躍と、松永久秀が説得した朽木元綱くつきもとつなの協力を得て、信長たちはようやく虎口を脱し、京へ逃げのびることができた。






 信長の戦いは続く。

 余勢を駆る浅井、朝倉とは競り合いを重ねながら、同年六月に姉川にて浅井、朝倉連合の大軍と合戦に及び、これに勝利する。

 連合軍の南下を抑えた信長は、浅井長政を介して北近江に調略ちょうりゃくの手を伸ばし、浅井を割って身動きを封じる。


 だが、七月には三好三人衆が摂津に入り、反織田の兵を挙げる。

 この討伐のため、信長は摂津に遠征を余儀なくされ。

 その最中、中立を守ってきた大坂の石山本願寺が、三好三人衆につき、織田軍を攻撃し始めた。


 さらに、石山本願寺法主顕如ほっすけんにょは信長包囲の手を伸ばす。

 信長の命綱である津島、熱田の至近。伊勢国長島の衆徒しゅうとに命令して、一向一揆をおこす……はずだった。



「織田を敵に回すとは、法主は正気か?」


「伊勢湾の要、熱田の山田正道は信長の妹婿だぞ!?」


「この長島に、山田殿に恩を受けておらぬ者など無いというのに……」


「それはいずこも同じよ。信長に反旗をひるがえしてみろ! 伊勢湾諸港に背を向けられて、この長島は早晩干上がるぞ!?」


「法主も厄介なことをしてくれたものだ……」


「しかし、どうする?」


「形だけでも、一揆をおこすしかないのか……」



 蜂起し、長島城を囲んだ一揆衆だが、アリバイ作り程度の、形だけのものだった。


 信長は、彼らの事情をよく把握している。

 正道に要請し、彼を使者として長島に送りこむと、一揆衆は無血で講和に応じた。


 危機的状況を脱した信長は、一息つくと、慰労いろうをかねて、熱田に訪ねてきた。



「そうかァ。浅井のは、姉川の合戦でぶん取った横山城から、手下どもォ従えようって格好かァ」


「すでに多くの国衆が織田に降っている。早晩浅井は決着がつこう。あとは朝倉、三好、本願寺。それから……浅井、朝倉に味方した延暦寺か」


「どうするんだァ?」


「三好は畿内から叩き出す。六角、朝倉、本願寺は、とりあえず講和できるなら許してもよいか。お主が伊勢長島を押さえてくれたから、ずいぶんと楽になった。このうえ長嶋まで一揆の手が回っていたらと思うと、冷や汗が出るわ」


「そいつァよかった。ところで織田のォ」


「なんだ、山田の」


「せっかく来たんだァ。三郎と三重みえの顔も見てやってくれよォ」






長政「浅井備前守長政、義兄信長の御危機に、竹生島より 泳 い で 参 っ た !!」





宇喜多秀家「!?」

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