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京の都に夢はない



「ともに、京に参らぬか」



 信長からそんな誘いがあったのは、永禄えいろく十年九月のことだった。


 岐阜に足利将軍義昭よしあきを迎え、上洛の準備は整っている。

 近隣諸勢力の支持は取りつけたものの、南近江おうみ国主である六角ろっかく親子が反発を示しており、京まで無血とはいかない情勢でもある。



「どうする? お前が出歩くと、図書のとっつぁんが渋い顔するんだが」



 副ヘッドの佐々木歳三の問いに、正道はにやりと笑い、答える。



「もちろん行くぜェ。兄弟の誘いだからなァ」


「アニキぃ! オレも行かせてくだせぇ!」


「おれも行きたいっぺ!」


「はっはぁ! 京都に爆音響かせてやるぜぇっ!!」



 正道は信長の誘いに応じ、手を挙げた舎弟どもを連れて上洛軍に加わった。


 正道は信長にとって重要人物である。

 だから同じく重要人物である、将軍や幕臣たちのそばに配した。


 もちろんそれは失敗だった。



「ブーン。ブブブーン!」


「パラリラパラリラ!」



「――なんじゃ、あれは?」



 異様ないでたちで、奇声を発してはしゃぎまわるかぶき者たちに、将軍は眉をひそめる。



「上洛の軍にふさわしきとは思えぬことよ」



 門出をけがされた気がしたのだろう。

 軍を停止させた折、将軍は、家臣に注意を伝えさせることなく、大声で言った。


 その皮肉を、耳にして。

 正道が、にやりと笑った。



「――織田殿よ」



 夕方、将軍のもとへ招かれた信長は、将軍義昭から親しく声をかけられる。



「はっ」


「世の中には、まこと恐ろしきものがいることよ」


「……はっ?」



 意図が読めず、信長はとっさに答えかねた。

 義昭は言葉を続けない。体が震えているようだった。



「荒事は万事、そなたに任せる。わしはもう静かに暮らしていたい……」



 心が折れていた。


 この日なにがあったか。

 幕臣たちに尋ねても、彼らはけっして答えようとしなかった。


 なにも無かったことにしたい。

 彼らのそんな心情だけは、ひしひしと理解できた。







 六角氏の反抗は、短日のうちについえた。

 彼に従うべき南近江の国衆は、こぞって上洛軍に従ったのだ。

 孤立した観音寺かんのんじ城は鎧袖一触がいしゅいっしょくに落ち、六角親子は南部の甲賀郡に逃亡する。


 あわてたのは、傀儡かいらいの将軍義栄よしひでを擁する三好三人衆だ。

 義昭と敵対する彼らだったが、六角親子の反抗があまりに短期に終わったため、十分な準備もできていなかった。


 勝竜寺しょうりゅうじ城の陥落を皮切りに、持ち城をつぎつぎと落とされ、三好軍は総崩れになる。

 それを見極めるようにして、三好三人衆と畿内の主導権争いをくり返していた三好家家臣、松永久秀まつながひさひでが名物九十九茄子つくもなすを献じて信長に降伏した。


 京の安全を確保して、義昭は入京し、朝廷から将軍就任を正式に受けた。義栄は無念を呑んで翌年死亡する。

 ここに信長の上洛は完了した。


 正道たちも、義昭と時を同じくして京に入った。

 たび重なる戦火にさらされ、京の町は荒れている。



「ひでえ町だっぺよ」


「これが京都かよ。どっかの田舎と間違ってんじゃねえのか?」


「ぱらりらぱらりら」



 二十台半ばになった奴らとは思えない落ち着きのなさだ。

 まあ、京都に行かないかと誘われて、一も二もなく手を挙げた連中だ。チームの中でも軽い連中ばかりなので、当然といえば当然か。



「よっし! とりあえず清水寺に特攻ぶっこむぜ!」


「おれは太秦うずまさ映画村だっぺ!」


「オレは平安神宮だぁーっ!!」



 燃えたかまだ存在していないところばかりだ。







「これが京の都よ」



 信長は、京の町を見回して言った。



ながの時、日本ひのもとまつりごとの中心であった、そしていまもまだ、そうあり続けている場所だ」


「そうかァ」


「わしはこの光景を、十年ほど前にも見た」



 信長は以前にも上洛し、室町幕府将軍に拝謁はいえつしている。

 時の将軍は、義昭の兄、足利義輝よしてる



「その時に思った。日本の中心が乱れておるから、世もまた乱れているのだと。わしが担いだ将軍はな、あれは飾りよ。在るだけで世が収まる、そんな万能の存在ではない。真に平和を求めるなら、力でだ。それが為の天下布武よ」


「……チカラァ、足りねェか?」



 黙って聞いていた正道が、ぽつりと口を開く。

 信長は拳を握り、うなずいた。



「だから手に入れる。そのために、全力を尽くす。飾りの将軍をして万人にひれ伏さしめるには、わしは操り師として力不足よ」



 この時、信長が将軍に願ったのは、さかい大津おおつ、近江草津くさつなどの各都市に代官を置く許可。

 津島、熱田を中心とする伊勢湾海運を押さえた信長は、そこから美濃、あるいは伊勢を通って草津から大津、京、そして国際貿易港として栄える堺に至る巨大な商業経路を押さえた。


 これは伊勢湾海運の雄、熱田の、さらなる隆盛を約束するものだ。


 正道はまったく気づいていない。

 いないなりに、信長のやりたいことは分かっている。



「ようは誰にも逆らえねェ力で、無理やり世の中を良くしてやろうってことだろォ? いいじゃねえか。ヒートだぜェ」


「ひぃと、か。ふ、お前のその言葉には、なぜか力づけられる」


 口元に笑みを浮かべて、信長は声を張る。



「その通りだ。わしは京に夢を見ておらん。京にたどり着いたからといって、その近隣を支配したからといって、明日から無双の剛力を得るわけではない。ゆえに、これは天下布武の、まだほんの入り口よ!」


「……京に夢はねェ、か」



 信長の言葉に、正道は口の端を曲げて笑う。



「――あるじゃねェか。織田信長っていう、とびきりでっかい夢がなァ」



 そう言うと、ふたりは笑みを浮かべあった。







 信長「ひぃと……(チラッ」


 延暦寺「こっちみんな。いや見ないでくださいお願いします」



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