お前の夢は嫌いじゃない
信長の妹、市が嫁ぐことで、浅井長政との同盟は成った。
翌年の北伊勢侵攻を挟み、その翌年。美濃斎藤家の居城、稲葉山城が落ちた。
まず東美濃衆が織田方につき、ほどなくして中、西美濃の国衆も織田方に寝返った。
稲葉山城は孤立し、織田本隊が城下にたどり着くまでに、斎藤方は戦意を喪失。国主斎藤龍興以下ほうほうの体で、かろうじて中立地帯の伊勢長島へと落ち延びていった。
「織田のは、やったみてェだな」
「はい。正道さま」
熱田の地からそれを見守っていた正道と妻の文は、そう言いあって喜ぶ。
正道は、稲葉山城の方角に向けて、親指を立てた。
「自分を通したなァ。織田のォ!」
ほどなくして、信長は拠点を稲葉山城に移し、この地を“岐阜”と改めた。
それを聞きつけた舎弟たちは、興奮に沸いた。
「おお、岐阜県じゃねえか! すげぇぜオダノブナガ、県を作りやがったぜぇ!」
「おお! スゲェ!」
「さすが兄貴の兄弟分!ビッグだぜえっ!」
「で、岐阜ってどこだっぺ?」
シゲルは何にツッコめばいいのか分からない。
◆
しばらくして、岐阜の信長から招きがあった。
文も連れて来てほしい、ということで、夫婦そろって熱田を発つことになった。
「お前と旅するのは、初めてだなァ」
「ほんとうに。うれしいです」
空気の読める部類の舎弟たちを何人か従え、ふたりは岐阜までの旅路を楽しんだ。
途中、美濃の有力者がつぎつぎと挨拶に現れたが、その表情には、一様に恐れの色があった。
まあ、自領の小道まで詳細に描かれた地図の持ち主だ。首根っこを押さえられているような心地に違いない。
結局、顔見せの挨拶として送られた礼物の山を抱えて、正道たちは岐阜にたどり着いた。
「トシィ。加藤図書助に相談して適当にお礼考えといてくれやァ」
「あいよ」
空気読める筆頭。副頭の佐々木歳三に処理をぶん投げると、正道は文ひとりを連れて、信長に会うため、城に登った。
◆
案内されたのは、金華山から城下が望める部屋。
そこに、信長は待っていた。
「山田の」
「よォ、織田のォ」
ふたりはたがいに挨拶を交わす。
挨拶が終わるのを待っていたかのように、文が正道の影からひょこりと顔を出して、信長に笑顔を向けた。
「兄上、おひさしぶりです」
「お文。子供は元気か?」
「はい。もう(数え)四つになりますが、父に似て、やんちゃで。名前のあやかり主にも、似たんでしょうか?」
正道の子、三郎の名は、信長にあやかってつけられている。
それを知る信長は、甥っ子の将来に不安を覚えたのか、眉をひそめた。
「はっはァ。まわりも馬鹿ばっかだからよォ。将来心配だぜェ」
言葉とは裏腹に、正道はうれしそうだ。
放任主義でございと、顔に書いてある。
「……たまには坊主に説法でも受けさせることだ。それから、大事な身なのだから、くれぐれもひとり歩きなどさせぬようにな」
信長は気遣わしげに言った。
いろんなものが棚に上げられている。
「――なあ、山田の」
家族の居る奥に、文を遊びに行かせて。
信長はふいに口を開いた。
「なんだァ、織田のォ。あらたまっちまってよォ」
「わしには、夢がある」
「そりゃァ、なんだァ?」
正道が尋ねると、信長は一言で答えた。
「天下布武」
「おいおい、オレには学がないんだァ。ちゃんと説明してくれェ」
「平たく言えばな、わしが天下の覇者となるということだ」
「日本の頭ァ取るってことか」
信長の説明を、正道はさらに超訳した。
「――いいじゃねェか。でけェ夢だ。しかも間違いなく本気の、だァ。まったく、ヒートな男だぜェ」
「お主なら、わかってくれる気がしていた」
ふたりは彼方をながめながら、握手を交わす。
「貫けよ、テンカフブ。お前が夢を叶える様ァ、このオレが、見守ってやるぜェ」
「いまの言葉だけで、百万の兵を得た思いよ」
信長は、この時より天下取りに向けて大きく舵を切り始める。
そして永禄十年九月。信長は将軍足利義昭を奉戴して、上洛を開始した。
※
信長「ちなみにお前の夢は?」
正道「ん? 地球制覇」
信長「」