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こいつがなけりゃあ男じゃない



 美濃みの攻めが進む中、ひとつの縁談が持ち上がった。

 北近江おうみ浅井長政あざいながまさとの婚姻こんいん同盟。そのため、信長は同腹の妹、お市を送りだす。


 その話を、進めるために。



「山田の。お主に、この話を浅井に持っていってほしいのだ」



 信長は、山田正道に声をかけた。

 責任重大だと、わかっているのかいないのか、正道はこれを受ける。



「ただし、オレの義妹いもうとの旦那になるんだァ。ハンパなやつなら、ぶん殴って帰ってくるぜェ」



 物騒なことをのたまう正道に、信長は真剣な表情で返す。



「それも含めて、任せた」



 それは、正道という男を信じているがゆえの言葉、だったのだが。



「よっしゃぁ! おれたちもいっちょそのナガマサってヤツの男を試してやるっぺよ!」


「おう! なんつったってアニキ達の義弟おとうとになるヤツじゃからのう!」


「で、そのキタオウミってのはどこだ? 群馬か?」



「……山田の、奴らは連れていくな。かわりに人をつけよう」



 舎弟どもの言動に、あわててつけ加える信長だった。







 そんなわけで、正道は浅井長政の居城、北近江小谷おだに城に行くことになった。

 熱田から桑名くわなに入り、そのまま東海道に沿って近江国に入ると、街道を渡り継いで、一行は北近江にたどり着いた。


 そこで正道は衆目を集めた。

 なにしろ見上げるような長身だ。

 そんな男が、長ランにリーゼントといった、一見してかぶき者のいでたちをしている。目立たないはずがない。


 お付きに選ばれた信長の家臣は、肩身が狭くてたまらない。

 浅井家との同盟は、たしかに秘密にする類のものではない。

 しかし、こんな話は、きちんとまとまるまで、敵に知られないに越したことはないのだ。



「なるほどなァ」



 馬上で書物を広げながら、正道は平然としたものだ。

 恨めしげに正道を見ていたお付きが、ふと気がついて尋ねる。



「山田さま、なにをご覧になっているのですか?」


「地図だぜェ」


「え? いや、その地形、たしかに……しかし尋常でない正確さ……」


「近畿地方道路マップだからなァ。まァ、よぶんな道が描いてあって見にくいがよォ」



 敵地の地形まで、信じられないほど細かに描いてある地図を見て、お付きの男は戦慄する。



 ――怖いお人だ。これほどの人物が、なにも考えずにただ目立つ行いをするはずがない。なにか考えがあってのことだろう。



 もちろん正道はなにも考えていない。

 それどころかこの地図の、理不尽なまでの有用性にすら、気がついていない。

 そんなにいいものなら、あとで信長きょうだいにプレゼントしてやるか、くらいに考えている。







「おお、あなたがかの有名な山田正道殿か」



 小谷城につき、案内された先で、浅井長政は開口一番、そう言って喜んだ。

 左右に並んだ武将たちと比べても、ひときわ雄大な体格を持つ、勇壮な男だ。



「おうわさはかねがね」


世事せじはいいぜェ。山田正道だァ。よろしくなァ」



 挨拶してから、正道は使いの男をうながした。

 彼は礼辞れいじとともに、織田と浅井の婚姻と、それを機にした同盟を話に乗せた。



「む……」



 長政の反応は鈍い。

 ちらと送る視線の先を見て、正道が鼻を鳴らした。



「浅井の、不満か?」


「いや、こちらとしても望ましい話。しかしまずは家中にはからねば」



 長政の反応に、正道はみるみる不機嫌になる。



「よォ。浅井の」


「なんですかな?」


「この国のォ、頭は誰だよォ」



 正道は刃のような言葉を突きつけた。

 そこで「この長政だ」と即答できないところに、彼の苦悩がある。


 浅井家は、元々国人同士の寄り合い所帯だ。

 亮政すけまさ久政ひさまさとともに、三代かけて、ようやく戦国大名と呼んでもいい体制を築きつつある長政だが、まだまだ弱い。

 父久政はもとより、家臣団にも気を配らねば、やっていけないのが現状だ。国政を左右する婚姻外交となれば、どうしても家臣団に対する配慮が要る。


 だが、正道に遠慮はない。



「よう、浅井の。オレはよォ、だれに頭ァ下げて頼みゃあいいんだァ? そこに並んでる舎弟どもかよォ?」


「山田殿、言葉が過ぎようぞ!」



 浅井家重臣の赤尾清綱あかお きよつなが怒声を発する。

 他の家臣たちも、それぞれが怒りの声をあげかけて。



「――やめい!」



 それを上回る大音声が、場を圧した。

 浅井長政の、腹からの声だった。



「山田殿、みっともないところをお見せした。たしかに、かようにたやすく弱みを見せては、同盟の資格なしとあなどられても仕方がないわ。この長政が今この場で決める。わしは織田と盟を交わし、織田家から嫁を取る! 皆、異論あらば遠慮のうこの場で吐けぃ!!」



 しん、と場が静まりかえる。

 長政の吐いた気炎は、他者に異論を挟ませなかった。


 その、光景に。



「それでこそ男だぜェ! 浅井の。己のハラァ他人に預けてるヤツなんざァ、男じゃねえ。それがわかってるなら、おおォ、義妹の婿にふさわしいってもんだぜェ」



 膝を打って喜んだ正道は、本を一冊、長政の目の前に放り投げた。



「これは――」



 言いかけて、長政は絶句した。


 地図だ。

 それも精巧きわまる。

 開かれたページには、近江一帯の詳細な絵図が描かれている。

 信じられないことに、家臣団がそれぞれ秘しているであろう、山の地形や、小道裏道までが明らかにされていた。


 戦慄すら覚える、それは本だった。



「結納の品だ。不足はねェだろう」



 正道はにやりと笑う。



「ちょ、山田殿ぉ!? たたた、他国にそのような機密を!? そもそもこちらは結納を貰う側ですぞ!?」


「うるせェ。関係ねェよ」



 長政から視線をそらさぬまま、正道は泡を食うお付きに言い放つ。



「――オレがコイツを認めたんだぜェ? 織田のにも文句は言わせねェよ」



 そんな正道に対し、長政は深々と、頭を下げた。


 こうして婚姻同盟は成った。

 以後、長政の北近江に対する支配力は、急激に増してゆくことになる。


 ちなみに、正道は信長にも、舎弟が持っていた全国地図を送った。

 美濃が落ちた。






 信長「この地図で、お前らの領内完全に手の内なんだけど」


 美濃衆「」



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