表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/34

自分の地位にゃ興味ない



 信長が小牧山こまきやま城に移り、美濃取りが本格的になってきたころ。

 正道の妻、信長の妹でもあるふみは、臨月りんげつにあった。



「オレがァ、親父かよォ」



 庭先で天をあおぎながら、正道は感慨深げに口の端を曲げる。



「子供くらいできるだろうさ」



 そう言って正道の隣に立ったのは、副ヘッド佐々木歳三ささきとしぞうだ。



「――なにしろ、ここに来てじき三年。俺らも二十一になるんだ」



 すでに舎弟の何人かは結婚しており、その中には子持ちもいる。

 結婚の時期を考えれば、正道が父親になるのは、むしろ遅いくらいだ。



「名前は、どうするつもりだ? 他のやつみたいに、腐霊泥フレディだの寂尊ジャクソンだの突舗示威如トッポジージョだのは勘弁してくれよ?」



 ちなみに、いずれも嫁たちに止められて未遂ですんでいる。

 ただし寂尊を除く。なまじ普通っぽいのが災いしたと言えよう。



「んな名前にはしねェよ」



 否定してから、正道は腕を組み、口を開く。



「考えたがよゥ。兄弟から名前ェ貰うことにしたぜェ」



 兄弟とは織田信長のことだ。

 正式には織田三郎信長という。



「へえ? 山田……信長か。いいんじゃねえか?」


「そっちじゃねェよ。三郎のほうさァ。女なら、三重みえだなあ。トシ、お前の三でもあるしなァ」


ヘッド。うれしいこと言ってくれるな、おまえ」



 鼻の頭をかくと、歳三はふと思いついたようにつぶやく。



「しかし、山田三郎か……わりと普通だな」


「テメェトシ! そこン直りやがれェ!」


「んなキレんなよ! つーか、キレるってことは自分でもちょっと気にしてるんじゃねぇか!」



 詰め寄ってくる正道を必死で押さえながら、歳三は、ふと口元を不敵に曲げた。



「……まあ、頭の子供が大人になる頃にはよ、変わってるんじゃねーか?」


「なにがだァ?」


「三郎って名前が、日本一カッコイイ名前によ……なにしろ、すげーヤツなんだろ? 織田信長ってやつは」



 歳三の言葉に。

 正道は口の端を上げると、天に向かってリーゼントをはね上げた。



「あぁ。そうかもしれねェなァ」







 月満ちて、正道に子供が生まれた。



「よくやったァ。文よォ」



 喜ぶ正道。外では、舎弟たちの歓喜の奇声が響いている。

 それを聞きながら、産褥さんじょくにあった文が、正道にほほ笑みかけた。



「正道さまも。寝ずに祈ってらしたのでしょう?」


「馬鹿野郎。誰か告げ口しやがったなァ」



 隠しごとをばらされて、正道は心なしか赤くなったほほをかく。

 それから、文のそばに寝かせてある三郎に目をやって。



「男の子だなァ。なら、お前は三郎だぞォ。わかったかァ、三郎ォ」



 言いながら、正道は息子のほほをつつく。



「この子が、大きくなるころには」



 と、文が言った。



「――尾張も、平穏になっていればよろしいのに」


「なっているに決まってるじゃねェか。なにしろ、オイ、尾張の頭はよォ、オレの兄弟だぜェ」



 文を力づけるように、正道は力強く笑って、約束する。



「――すくなくとも熱田は、オレが平和にしといてやるぜェ」



 頼もしい言葉に、文は安心したように目を閉じ、じきに寝息をたて始めた。







 正道の一子誕生を聞いて、加藤図書助ずしょのすけが、祝いの品を持って現れた。

 それを皮切りに、熱田中、いや、近隣の有力者がずらずらと現れては祝辞とともに礼物を置いていくので、さすがの正道も辟易へきえきしてきた。



「祝ってくれんのは、うれしいんだがよォ……こりゃあちと大げさじゃねえかい? とっつぁんよお」



 正道は、加藤図書助にグチをこぼす。

 図書助はため息をついた。


 理由は明白だ。

 山田正道が、この熱田の実質的な支配者だからだ。


 客観的に見てみよう。

 熱田の町で、商いの許可を与えているのは、熱田神宮だ。


 熱田神宮の大宮司、千秋せんしゅう家はなかば武士化しており、その武威を支えているのは山田党だ。

 それどころか、勘定方にも替えのきかない人材を送りこんでおり、熱田神宮は山田党の意向にそむいては回らない状態になっている。


 そして熱田神宮を牛耳られている以上、山田党に背けば、熱田で商売できなくなる。当然あきない衆は頭があがらない。

 そもそも、地方から人を集め、目新しい魅力的な品を作り出し、熱田に富を集積させている山田党は、怖い以上に、無くてはならない存在だ。


 さらには山田党当主、山田正道は織田信長の妹婿である。

 これでは熱田の何人も、逆らう気など起きるはずがない。


 山田党はすでに熱田の直接的な支配者となっている。

 にもかかわらず、当の正道は、その事実に気づいておらず、だからか自分のところに富をとどめない。鷹揚おうように富をばらいており、その人気は大変なものだ。


 しかし、だからといって素直に説明はできない。

 建て前上、おおっぴらに言えない部分が多すぎる。


 それに、権力に対して淡白な正道のことだ。

 事実を言えば、身を引いてしまうかもしれない。

 それでは山田党を前面に押し出して、伊勢湾海運の顔を気取っている熱田商人たちが困るのだ。


 だから図書助も、あたりさわりのないことしか言えない。



「なにぶん、熱田の衆は派手好きでございますので」






 信長「知ってた(にっこり)」



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ