歴史の意味など考えない
清洲同盟が成って、しばらくのち。
信長が、熱田にやって来た。
雨の日だった。
「織田の。お前が来ると、いつも降るなァ」
「まあな」
信長はうなずいた。
この男は自分が雨男だと自覚している。
「美濃取りは進んでるかァ」
「ぼちぼちというところだ。じきに本拠を移す。美濃との国境だ。熱田からは遠くなるがな」
「そうかァ。まあ、入ってくれやァ。文も喜ぶぜェ」
「そうさせてもらおう。そういえば、この間は珍しい菓子を寄越してくれたな。礼を言うぞ。母が、久々にわしの前で笑顔を見せたわ」
母――土田御前は信長の実母だ。
父信秀亡きあとの後継者争いで弟信行を推し、そのため信長は信行を斬ることになった。
「そりゃあよかったなァ。また舎弟に言って作らせるぜェ」
「ありがたい。そういえば、山田の。今日は連れがいてな。ぜひともここに来たいというので、連れてきた。とりあえずぬしの舎弟どもに引き合わせて置いてきたが、あとで顔を見せよう。なかなか器用なやつでな、重宝しているのだ」
「へえ? なんてェヤツだァ?」
「木下藤吉郎という」
◆
「おひけえなすって! 手前、生国は尾張中村。氏は木下名を藤吉郎と申すもののふに御座います」
「俺は安藤国綱。通称はヤス。山田正道をアニキと慕い、アニキ一筋に生きるアニキ第一の舎弟(自称)ッス!」
「ほう? しかし、わしも主君への忠誠心にはちょっと自信があるぞ?」
威勢よく名乗りあった二人は、ふふ、と不敵な笑みを浮かべあう。
「俺はアニキのためなら命捨てれるッス!」
「あまい、そんなの初歩の初歩じゃわ! わしは主の履いた草履なら、たとえ牛馬の糞を踏んでいようと頬ずりできるわ!」
「お、俺だってアニキの靴が汚れたら、よろこんで口でキレイにしてやるっスよ!」
「……やるな!」
「そっちこそ!」
なにやら妙な友情が生まれた。
「うおおおっ!? 豊臣秀吉じゃああっ!」
木下藤吉郎の名を聞いて、シゲルがすごい勢いで突っ込んできた。
「なんじゃこやつ! 曲者か?」
この時代の格好をしているせいで、山田党とは思われず、全力で警戒された。
「だれっスかアンタ!?」
「ヤスゥッ! お前は分かれよシゲルだよこのボンクラっ!」
◆
藤吉郎を屋敷に呼んだところ、ヤスもいっしょにやってきた。
「なんだァ、ヤス。お前も一緒だったかァ」
「はいっス! 意気投合して、マブダチッス!」
「はい! 安藤どのとはすでに肝胆相照らす仲にございます!」
正道が声をかけると、二人は肩を組み合う勢いで仲良く声を合わせた。
「……安藤ゥ?」
「アニキぃーっ!? 俺の名字っスよ!?」
ヤスが悲鳴を上げて猛抗議する。
「はは、安藤どの、その様子では、この木下藤吉郎ほどには、主の覚えは――」
「……木下?」
「殿ぉーっ!? 拙者の姓にござるぞぉっ!?」
悲鳴がダブルになった。
その様子を見て、文がくすりと笑い。
すぐに失礼だと気づいて無礼を詫びる。
そんな妹を見て、信長はわずかに口元をほころばせた。
「ま、座興はこれまでとしよう。山田の。こやつが木下藤吉郎だ。小者だったのが、普請や勘定に小才を示しよってな。使っておる」
「ほう? 普請っていやあ、ヤス。オメェの家の仕事とおんなじじゃねェかァ」
ヤスの父親は大工の棟梁である。
そのことを思い出してヤスに声をかけると、藤吉郎が興味を示した。
「ほう。安藤どののお家もご普請を?」
「んな大したもんじゃねえっスけど、まあいろいろ知ってる方じゃないっスか? 自慢じゃないっスけど、ここにはない技術いっぱい知ってるっスよ」
「それは興味深い。いずれとくと語りましょうぞ」
ふたりは親しげに語りあう。
どうやら本当に気があうらしい。
正道はにやりと笑った。
「木下の、ヤスと仲良くしてやってくれェ」
スーパー一夜城フラグが立った。
※
秀吉「教わった通りにしたら、一晩でクソ立派な砦が出来たんだけど……なにこれ怖い」