甘いものなら嫌いじゃない
「甘いもン、作るかァ」
正道はある日、舎弟たちを集めてそう言った。
甘いもの、と聞いて嫁の文がそわそわしている。
じきに、すっぱいものが食べたくなるかもしれないが。
「姐さんのためですかい?」
「それもあるけどよォ。清洲の兄弟のためよォ」
信長は下戸の甘党だ。
女子供は言うにおよばず。
彼らに、現代の甘いものを味あわせてやりたい。
そんな好意から出た思いつきである。
それに、正道も、甘いものは嫌いではない。
「オレァ、甘いもンは嫌いじゃねェがよォ、作り方となるとさっぱりわかんねーしよォ――誰か、わかんねェかァ」
正道の問いかけに、舎弟の一人が威勢よく手を挙げた。
「頭! またいつもみたいに加藤のおやっさんに頼んだらどうですかい!?」
戦慄のムチャ振りである。
たまたま顔見せに来て、話を盗み聞いていた加藤図書助の背中に、冷たいものが走った。
◆
「まあ、加藤のおやっさんには後で頼むとしてもよー。甘いもんっつっても、そもそもこの辺、甘いもんがあんまりねーんだよなー」
舎弟のひとりがぼやく。
それを皮切りに、舎弟たちは好き勝手に話し出した。
「そうだべなぁ。くだものか、あんま甘くない干菓子みたいなのばっかでよー」
「そうそう。こないだ加藤のとっつぁんに甘いもんくれって頼んだら、なんか砂糖ケチった饅頭みたいなのだったしよー」
――アホ言うなーっ! 全員分の砂糖饅頭作るのに、どれくらい金かかったと思っとるんじゃー!?
砂糖もまだまだ高価な時代だ。
図書助も苦労したに違いない。
その苦労がまったく伝わっていないあたり、泣けてくる。
「そういえば、この間、図書助さまにいただいた砂糖饅頭はおいしかったですね」
文がつぶやいた。
仏がそこに居た。
救われた思いで、図書助は泣いた。
◆
「おう、そういえば浩二! お前、家が洋菓子屋だったよなァ! 作れんのか?」
「できるわけねーベさ! たしかに家は洋菓子屋だけどよう、おれ店の手伝いしねーし、厨房に入ったこともねーベよ!」
ムチャ振りを向けられ、浩二があわてて両手を振る。
その横で、やはり舎弟の一人がそっと手を挙げた。
浩二の親友、龍一だ。
「……オレならできるぜ」
「龍一! おめえがなんで!?」
親友の発言に、浩二が首をかしげる。
龍一は照れくさそうに頭をかいた。
「実はよう、お前の親父さんが、娘を嫁に欲しいなら、いっぱしの職人になれるように修業しろって……」
「おいぃ!? おめえ妹とデキてたっぺか!? いつの間に!?」
龍一の、試行錯誤の上にできあがった和風ケーキは、信長をはじめ方々に人気で、材料と資金を提供した図書助は無事元を取れたらしい。
※
フロイス「これが我が国のお菓子、金平糖にごさいます」
信長「知ってた」
フロイス「解せぬ」