心 雪乃ver
その日雪乃は、少し早めに家を出た。
特に理由はなかったのだが、なんとなく
ゆったりと登校できるのも悪くないと思った。
そして何より。
最近ずっと気になっている、結城翼という男の子。
翼と少しでも早く学校で会えたら、なんて。
下心が無かったわけでもない。
思えば、翼を一目見たときから気になってはいたのだ。
無気力そうな瞳に、脱力した身体。
ときおり、悲しそうに伏せる目蓋。
最初に会ったときからずっと
何も変わらず、翼のことが気になっている。
好奇心は人並みより強い方だが、こんなにも彼に惹かれるとは思ってもみなかった。
彼のことをもっと知りたい。
雪乃は強く思った。
教室に入り、窓を開ける。
そこから自分の席に座り、教室全体をぐるりと眺める。
当然だが、時間帯も時間帯なので
学校に来ている生徒は雪乃だけだった。
こうして1人で考え事をする時間は悪くない。
友達とたくさん話すのも好きだが、1人でいるこの空間は雪乃にとって特別なものだった。
何より落ち着く。
そしてまた、考える。
(アタシ、どうしてこんなに翼の事が気になるんだろう・・・・)
「お、おは・・・よ」
!?!?!?!?!?
突然、頭上から声が聞こえた。
ぼうっと考え事をしていたから、人が来た事すら分からなかった。
バッと上を見上げると、そこには翼の困ったような顔があった。
(びっくりした・・・・・でも、何でこんな時間に?)
驚いた事を悟られないように、必死に隠す。
それと同時に、翼が学校に早く来た意味を知りたいと思った。
(まさか・・・・アタシと早く会いたいなんて事は・・・?
・・・・ないな。)
一瞬自惚れかけたが、即座にそれを否定した。
翼はアタシのことを何とも思ってないはず。
なら、どうして・・・・?
本当に知りたいことも聞けず、アタシは適当な話題を振ってみた。
そして、言った直後 アタシはすぐ後悔することになる。
・・・・・いや、本気で好きな人とか。話題がちょっと・・・ていうか急に言って翼びっくりしてるし!
どうしよう!もっとちゃんと考えればよかった!
結局翼の本心は聞けず、曖昧なままに終わってしまった。
だけど、これだけは言えた。
「相談のるからさ。」
ずっと、ずっと
翼に出会ってから、ずっと言いたかった言葉だ。
いつも悲しそうな目をする翼。
アタシを話してるときでも、たまにふっと浮かない表情をする。
それが、たまらなく苦しかった。
力になってあげたい。
何か困っているなら、相談にのってあげたい。
ありのままの思いを、ようやくここで伝える事ができた。
すると
「・・・ありがとな、雪乃。」
え!?
今なんと!?
名前で呼ばれたアタシはすっかり有頂天。
やっと名前で、しかも初めて呼んでくれた!
これほど嬉しい事はない!
もう一回呼んで欲しいとせがんだが、翼はそれから一度も名前で呼んでくれなかった。
でも、嬉しい。
すごく嬉しい。
雪乃はその日、ずっと満面の笑みだった。
雪乃はまだ、気付いていない。
自分が翼に 恋をしているということを。