始まりの日
「はぁ・・・」
重い足取りのまま、俺は何とか今 大地を踏みしめ歩いている。
春の北風が冷たい。少し大きい制服も、何だか着心地が悪い。
朝からあんな夢を見て、元気に登校できる訳がないのだ。
坂道を登って行く。
両脇には桜の木がずらっと並んでいて、この坂を上りきれば学校に辿り着く。
やけに明るい日差しが鬱陶しい。
俺はなるべく下を向いて歩いた。
教室はやけに静かだった。皆緊張しているのだろうか。
俺は周囲を見渡す。友達どころか、知り合いすら一人もいない。
指定されていた席は窓側の一番後ろで、俺は内心喜んだ。
(ここならいつでも寝れる。)
元々、空を見るのも好きだったので都合は良かった。
席につこうとしたその時
「・・・・・」
隣の席の女子生徒が、じっとこちらを見つめてきた。
何だコイツは。
とりあえず鞄をおろし席についた俺は、隣の席の女子生徒を横目で見る。
じろじろ見られて、気持ち悪い。
心からそう思った、次の瞬間
「ねえ、名前教えてよ。」
正直びっくりした。
まさか初対面の奴にいきなり声をかけられるなんて。
俺は答えない訳にもいかず、目線を逸らしながら答えた。
「・・・・・つばさ。」
「ん?聞こえなかった。もっかい言って!」
「・・・翼。結城翼。」
すごくハキハキとした物言いの女の子だ。
「ふーん、アタシ新井雪乃。よろしくね!」
ニコッと歯を見せ笑った彼女、雪乃は、すごく可愛かった。
雪という単語を聞いた瞬間、少しビクッとしたが 気付かれてはいないようだった。
「よ、よろしく。」
言ってから俺は思った。
いつの間に、俺はこんなにも人と喋る事が苦手になったんだろうと。
ふと思い返してしまいそうになる
辛くて苦しくて、忘れてしまいたい程に悲しい記憶
それでも、あたたかくて優しい、あの記憶だけは
忘れられないものだった
(アイツと居るときは、いつも自然体だったなぁ)
なんて
遠い過去を懐かしむかのように思い出す。
「どしたの?」
「え、あぁ、いや・・・別に。」
雪乃は、明るく人見知りしない性格だった。
それと同時に、雪乃を見ていると翼の中の何かがこみ上げてきそうだった。
(唯・・・)
あの、愛想の良い晴れやかな笑顔と雪乃の笑顔が重なる。
どうしようもなく、泣きたくなった。
その後の担任が話していた事柄や、クラスの皆の自己紹介などはろくに聞いていなかった。
ただ、初対面だというのにニコニコとずっと話しかけてくる雪乃を見るたび、
ズキッと痛む胸が抑えられなかった。