表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
朝まだきの花  作者: 薄桜
9/33

求めていたもの

 Part:イブ


 声が聞こえていた。男の声、なのにその声はとても心地良い。何故なのかは分からない、なのにその声は乾いた土に染み入る水のように心に沁みた。頬に触れる誰かの……手? 温かく、遠慮がちに触れている。そのぎこちなさが、温度と一緒に優しさまで伝わってくるようだった。

 私は声に集中する。知っている、この声は聞いた事がある。つい最近聞いたばかり。そう、よく覚えている。

「この声はウォルター?」


 ドキドキする、彼の言葉に。信じていた人に裏切られた過去。だから絶望して、色々な事に背を向け続けた。自分をずっと騙していた。不幸だと思うのは耐えられなかったから。でも一度そう思ってしまうと簡単な事だった。その代わり、自分の事も嫌いになった。

 自由の無かった今までの時間は、本当に息苦しかった。でも外に出た今は不安で、どうしていいのか分からない。

 57号がずっと傍にいて、何も言わなくても全てをやってくれる。彼女は一生懸命で、遠慮がちで、独善的だ。感謝はしている、でもその前に居心地の悪さを感じてしまう。自分は一体何なのだろう? ずっと胸にある疑問、それは未だ晴れる事が無い。

 彼の言葉が心地良いのは何故だろう? 分からないけれど、彼は私の声を聞いてくれそうな気がしている。私のしたい事、したくない事、知らない事、知りたい事、そんな不満が満たされそうな予感がする。

 もちろん不安もある。信じるのは怖いから。もう騙されるのが嫌だから。私はずっと臆病だから。ううん、でも彼は私が聞いてる事なんか知らないはずだ。だからきっとその言葉は本心。そう信じたい、そしてまだ信じる事ができた頃の自分に戻りたい。


 私は目を開けた。あぁやっぱり彼だった、ウォルターと名乗った男。頬にある彼の手に自分の手を重ねると、ピクリと大きく反応があった。

「戻ってきたのか、コピーが無事に連れ戻したみたいだな」

 コピー? 一体何の事だろう? 

「違う。僕じゃない」

 傍で57号の声がした。私の隣で不機嫌そうに起き上がる。

 そういえば、私は何故転がっているんだろう? 何故ウォルターがいて、57号がいるんだろう?……暫く考えてようやく思い出した。私が外に飛び出した理由なのに、何故忘れていたんだろう?

「57号駄目! お願い、彼を殺さないで!!」

 飛び起きて57号に頼むと彼女は驚いていた。そして段々不機嫌になっていく。

「……57号どうしたの? そんな顔をして、何か困るような事でもあったの?」

「何でもない!」

 しかしその言葉は不機嫌に言い放たれている。何でもないなんて、そんな感じじゃない。

「何だそりゃ? 緊急事態じゃなかったのか? お前連れ戻しに行ったんだろう?」

「行ったさ! でもイブを連れ戻したのは僕じゃない、あんただ」

「はぁ? どういう事だ、意味が分からんぞ」

「僕だってさ!!」

 怒っている57号と、当惑しているウォルター。二人は同時に私を見て、彼は申し訳無さそうに口を開く。

「とりあえず、この手は離してくれない? こんな美人に手を握られてたら、オッサンでもちょっと恥ずかしいなぁ」

 言われるまで気付かなかったけど、私は彼の手をしっかりと握っていた。私はビックリして、慌てて離して謝った。体が熱い、どうしよう恥ずかしい。

「あ、あの、ごめんなさい!」

「あぁ、いや、そんな謝ってもらうような事じゃないんだけどさ」

 でも彼は更に困っている。

「イブどうしたの? おかしいよ? 熱でもある?」

 57号がそう言いながら覗き込む。額に手を当て確認を始めるから、私はその手を振り払った。

「熱なんかないわ」

「でも少し熱い気が……」

「大丈夫、ないもの」

 この過保護が嫌なの。

「で、結局どうなってんだ? イブのイメージがどうにも違うんだが、こういう性格だったのか?」

「違う、イブはこんなに感情を表に出さない、僕にもどうなってるのか分かんないよ」

 二人とも不思議なものを見る目で私を見ていた。私の様子が違うと言って、二人だけで何か話している。何かずるい、いつもそう。私は置いてけ堀にされてばかりなんだもの。

 少し経って57号が私に言った、その言葉は私にとってショック以外の何物でもない。

「ねえ、君は誰? イブの中に誰かいるの?」

 始めは意味が分からなかった。そして分かると悲しくなった。彼女は何故、私の中に私以外の誰かがいると言うのだろう? 引っくり返せばそれは、彼女は自分の望んだ通りの私を求めている。つまり今の私は否定されている。

「……何を言ってるの? 私は私よ。私は他の誰でもないもの。」

 私がずっと感じていた違和感、その正体はこういうものだったのかもしれない。ザカリアの望む私、喜んでもらえる私。でもそれは私であって私じゃない。もう私にはできない。したくない。急に涙が溢れた。

「え、あ……イブ?」

 目が熱い。長い間忘れていた感覚だった。いつから泣いてないんだろう? いつ泣くのを止めたのだろう?

「何でそんなに泣くの、泣かないでよ」

 取り繕うような57号の声が聞こえてきた。でも、私には興味がない。彼女だって今の私に興味がないんだから、おあいこだろう。

「泣かせてやれよ。泣きたかったんだろ?」

 でもウォルターはそう言った。

「何でだよ。泣いてるんだぞ? どうにかしてあげないと」

「お前、泣く事が悪い事だと思ってんだろ? だが人間どうしても泣きたい時がある。そういう時は、しっかり泣きゃいいんだよ。な、しっかり泣いとけ」

 彼は私の頭に手をやった。ポンポンと叩いて、そのまま撫でる。だから我慢できなくなる。私は彼にしがみ付いた。

「うぉっ!?」

 しゃがんでいた彼は勢いで尻餅をついた。……ごめんなさい、でも今は声になりません。出てくるのは嗚咽だけ、涙もまだ止まらない。

「何だか子供みたいだな」

 彼はまた頭を撫でてくれた。それがとても嬉しい。彼に抱かれた格好になっているのに、何故か全く怖くない。本当に彼は不思議だ。ううん、何だか懐かしくて、私はとても安心した。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ