暇つぶしの会話
Part:ウォルター
ビルからビルへと次々に跳び、一際高いGCNビルへと足をかける。壁を蹴って一気に駆け上がり、最後は大きく跳躍した。ビルに沿って吹き上げる風は強い、風をはらんだ上着がはためきバタバタと音を立てる。
見下ろす眼下には女が一人転がっている。白い髪と派手な服が強い風になぶられているものの、本人は倒れたまま動く気配はなさそうだった。
「イブ!?」
コピーは着地するなりイブに駆け寄って行った。抱えて起こすが意識は無いらしい。様子を見に近寄った俺は、コピーに睨まれ懇願された。
「本当に不本意だがお前に頼みがある。……協力しろ! これから僕たちを守れ。いいか、絶対に約束を破るなよ。今は信じてやる!」
「それは頼み事をする態度か?」
どう考えても、脅迫の間違いだろう。
「うるさい! イブを連れ戻す。そのために僕は彼女の意識に集中する。いいか? 絶対に裏切るなよ!?」
コピーは物凄い剣幕で捲くし立てると、俺の腕を掴んでギリギリと締め上げた。別に俺はその程度の力には屈しない。だがこいつの必死さには驚いた。利用できると考えていた面だが、これほどとは思っていなかった。やはりこいつは危うい、そして手強い……かもしれない。
「裏切る気なんかないさ」
口からはそんな言葉が突いて出た。もちろん口先だけのつもりもない。
『あなたも熱い人間ですね、57号に情が移りましたか?』
耳元でトーリアの声がする。どうだろうな、考えた事もなかった。
「じゃぁ行く。頼んだからな!!」
コピーはイブを丁寧に寝かした後、一方的にそう言った。そしていきなり倒れ込む。反射的に手を伸ばして支えたが、意識はなかった。体はだらりとして力なく、無防備もここまでくれば天晴れだ。あれほどの剣幕で”守れ”と念を押した意味がよく分かった。しかし、もう少し自分にも気を使え。イブの隣りにでも寝転んでから始めれば、倒れ込む事なんかないだろう?
「こいつら、今どうなってんだ?」
俺はトーリアに尋ねた。コピーはあんなに必死だったのに、今俺に見えるのは転がる女が二人だけ。二人の繋がりを不思議に思う部分もあるが、取り残されたようで居心地が悪い。
『57号はイブの意識にアクセスしています。あの子はイブとの間にEMNSとは別のネットワークを構築しました。そんな真似ができるのはあの子しかいないでしょう。理由は解明できていませんが、一人だけ権限が大きくなっています」
「前にも言ったが、俺には説明されてもよくわからん。コピーは具体的に何をするんだ?」
『意識の中に閉じ篭ってしまったイブを、どうにかして引っ張り出すんですよ。天岩戸のように。……知っていますか? ジャポネ文化の大昔の神話ですが』
「知らんな。俺は昔から体動かす方が得意でね、そんな高尚な趣味は持ってない」
『じゃあ説明するので覚えて下さい』
「おい、何でだよ?」
『太陽の化身である天照大神という女神が、できの悪い弟に腹を立てて天岩戸という、まぁ岩で封をする洞穴ですね。そこに閉じこもってしまいます。太陽が隠れてしまったので、空にある太陽も消え世界は真っ暗になってしまいます。これでは植物が枯れ果ててしまいます。そこで困った他の神々は集まって知恵を絞りました。後に三種の神器と呼ばれる鏡と玉を作り、岩戸の前で大騒ぎをします』
「こら、三種だろ? もう一つはどこだよ?」
『それは八又大蛇という別の話で草薙剣が出てきます』
「お、それは名前知ってるぞ、ゲームに出てきた」
『余計な茶々を入れないで下さい。いいですか、続けますよ?』
「お、おう」
『神々は本人に出てきてもらおうと画策したのです。岩戸の前で踊りの上手い女神が裸で踊り、皆も囃し立てます。心理戦ですね。見事閉じ篭っている女神は不思議に思い、こっそり外を覗き見ます。そして近くにいた神に尋ねました。自分が隠れた事で世界は真っ暗になっているのに、なぜ楽しそうにしているのか? と。なかなかいい性格ですよね。するとこう答えました、あなたより素晴らしい神が現れたので皆で喜んでいるのです。不安だった事でしょう、プライドもありますからね。女神は気になってその神を窺おうとします。しかし女神が見ているのは鏡に映った自分でした。太陽の化身なので光り輝いていて良く見えません。そこで、もっとと岩戸を少し開きます。それを待っていた力持ちの神が戸をこじ開けて、女神を引っ張り出しました。そして世界に光が戻ります。これは日食の話だと言われていますが、良くできてると思います。女神の性格というのが出ていて面白いですね』
「はあ、玉がさっぱり使われてないな」
『それは神事で使われているのですが、今回は端折りました』
「あぁそう……それで? この話とイブはどう関係するんだ?」
『いいえ、別に何も』
「マジか!?」
『はい、少し似てると思っただけです。57号はイブに甘い、傷付ける事を極端に恐れています。ただし時には力ずくででも引っ張り出さないといけない事がありますよね。手を出しあぐねるのも、自棄を起こすのも良くありません。そう思いませんか?』
「それは、言われなくても身に沁みて知ってるよ」
ついでに言えば、できの悪い弟という辺りも耳が痛かった。
「アマテラスオオミカミ……ねえ」
ひとりごちて転がるイブに触れてみた。さっきの話は太陽の女神だが、彼女なら月だろう。ぐったりとして死んだように動かないが、肌は温かく拍動も感じる。
「これが人工の生命体……ねえ」
美人過ぎる事を除けば、人と何ら変わらない。
「なあ、イブは何で閉じこもってんだ? 余計な話はいらないから、簡潔にあんたの意見を聞かせてくれ」
『おそらくですが、フラッシュバックでも起こしたんでしょう。倒れる前に、大きく脳波が乱れています』
「フラッシュバックって何だ?」
『トラウマですよ。そこからは研究施設が見えるでしょう? 辛い事を思い出したのではないかと思います。イブの精神は繊細ですからね、コピーたちの方がかなり図太い。でもニスビー氏は容赦しなかった。可哀相ですよね』
トーリアの言葉は溜息と共に搾り出された。だがそれに頷く気にはなれない。
「勝手に決めてやるな。こいつらが生まれてきた形は確かに不自然だがな、決めつけるのは余計なお世話だ。それはこいつらがこれから自分で決めればいい、他人が勝手に幸不幸を当てはめるのは傲慢ってものだろう?」
『それもそうですね、目から鱗ですよ。ウォルターさんはお強いですね』
「それも決め付けだ。俺は強くなんかねえよ」
『じゃあそういう事にしておきましょう。ところで、何故私の話に乗ってくれたんですか?』
「ああ? そんなの理不尽だったからに決まってんだろう?」
『……そうですか、それはありがとうございます。あなたに話してやっぱりよかった』
「恥ずかしい事言うな、礼なんか言われる覚えはないぞ」