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朝まだきの花  作者: 薄桜
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VS ガキンチョ

 Part:ウォルター


「イブ!?」

 急にコピーが吠えた。こいつと睨み合っていたところに、いきなり転がり込んできたチャンスだ。どっちにしろもう少しだっただろう。ガキンチョを篭絡するのは楽勝に近い。こっちのペースに簡単に乗ってくれて、そこに追い討ちをかけるように転がり込んで来た隙だ。コピーは何かに気を取られていた。そして俺の存在をスッカリ忘れて、逃走を図ろうとしてくれたので捕まえてみた。という次第だ。俺は実に運が良い。


「放せ!! イブが苦しんでるんだ、行かないと、僕は探さなきゃいけないんだ!!」

 どうやらとても必死らしい。手足をばたつかせ、懇願はすぐに悪態へと変わった。

「早く放せバカ! ウドの大木!」

 ウドノタイボク? って、何だそれは? どこの言葉だよ?

「放してもいいが、お前はイブの所に行けるのか? お前さんらの便利な能力は、仲間を捜す事もできるのか?」

「それは! ……お前には関係ない!!」

「さっき探さなきゃいけないって、自分で言っただろ?」

 暴れる手足が一瞬止まる。兵器としてはまだまだだ。中身も見た目通りのガキンチョで余裕というものが無い。嘘がつけないのも弱点だ。だが、だからこそ付け込める。それにその方が良い。心に隙もない、それどころか心すらない完璧な兵士や殺戮マシンなんざ、味方でも恐ろしい……まぁ俺の言えた義理じゃないがな。そういう奴を欲しがるのは理屈でしか物を考えないの参謀のバカどもだけだ。あいつらは机の上だけで戦争やってるつもりだからな。

「もしお前がどうしても。と言うなら協力してやろうか? 実は俺な、イブの居場所が分かるんだ」

「何で? 嘘だ!! お前適当な事言ってるだろ!?」

「嘘じゃないさ。うまく逃げたつもりでいたんだろう? けど俺はずっとお前ら二人の場所を把握してたんだなぁ。残念だが、お前らはずっと監視されてたんだ」

「……嘘だ」

「嘘じゃないさ。今の隠れ家だがな、あそこは止めとけ。あれは不良どもの溜まり場だ。俺がガキども説得しておいたから、もう二度と近寄る事はないかもしれんが……。だが、あの部屋はイブには向かない」

「嘘だ……。嘘だ! 嘘だ! 嘘だ!!」

 コピーは更に暴れるが、俺にも放す気なんざない。少々痛いがしばらくは蹴られるに任せたまま、大人しくなるのを待つ事にする。ここから先は少し真面目に話しておきたい。


 三分も経たないうちに、コピーはすっかり大人しくなった。根性ないなこいつ。

「……お前、何がしたいんだ?」

 もちろん警戒心は相当だ。だが何もしない俺に疑問を覚えてくれたんだろう。分かり易くて嬉しいねぇ、狙い通りだ。俺は内心ほくそ笑み、本題を切り出した。

「俺はお前らを捕まえようとは思っていない。少し手を組まないか?」

「どういう事だ?」

 探るように低く潜めた声だった。そりゃそうだろう、俺だって絶対怪しむ。自分を監視してたなんて言う敵が、敵じゃなと言い出したって信じられる訳がない。とは言えこれは嘘じゃない。

「もう隠す意味も無いだろう。俺はお前らを無傷で捕らえろという命令を言い渡された。開発費を無駄にしたくはないそうだ。イブはもちろん、コピーの中でもレアケースのお前も、非常に重要なサンプルらしいな」

「やっぱりお前は敵じゃないか! 僕たちは戻らない、絶対にだ。イブにはもう辛い思いをさせたくない!」

 お優しい事で、だがこの妄信的な思いこみが一番怖い。

「だがな、俺は不真面目なんで、あんまりハードな仕事をしたくないんだ。ハッキリ言って気乗りのしない任務だな。無茶だろう? お前らみたいな化け物を相手にするんだ、死んで来いと言われてるようなものだろ?」

「酷い言いようだな。今こうして、その化け物を捕まえてるお前も相当じゃないか」

「その通り。だから俺は不真面目なんだ」

 真面目に努めても周囲の奇異の目、恐れる感情は変わらない。いや真面目に任務に当たれば当たるほどそれは増していく。助けた相手に怖がられるのは結構キツイ。功績を挙げ労われても、その裏には侮蔑が覗く。もうそういうのに馬鹿馬鹿しくなった。悩むのは止めたんだ。俺は俺らしく生きる。だからブン殴った。

「イブに何かあると困るんじゃないか? だから一時的に手を組まないか?」

「何故だ? 確かに僕にはメリットがある。だがそっちのメリットは? 今は捕まえないと言うのが本当なら、お前には何がある?」

「何って、美人とお近付きになれるじゃないか、おまけに恩まで売れる。彼女への印象が良くなるだろう?」

「は!? お前何言ってんだ? そんな理由で職務放棄か?」

「だからだよ。それよりイブだ。急いだ方がいいんじゃないか?」

 コピーは舌打ちをして、俺の背中に蹴りを入れる。だが俺は返事を待つだけだ。こいつが苦々しそうに口を開くまで、ほんの少しの間しかかからなかった。

「……分かった。どこにいるか教えろ」

 よし、落ちた。

「取引成立。お前もイブに俺の良いところを話してくれよ?」

「お前のどこにそんな場所がある? それより下ろせ変態親父!」

 ……こいつ、口の減らないガキだな。


「イブの場所は?」

『GCNビル屋上』

「了解」

「誰と話してんだお前?」

 解放されたコピーは落ち着きのない様子だったが、俺の独り言のような交信に疑問を持ったらしい。そりゃそうだな、独り言だとは思えない内容だ。

「トーリアだ。お前も知ってんだろ? それより、GCNビル……と、言って分かるか?」

 案の定コピーは首を横に振る。驚いた顔も予想通りだ。そういう顔がガキンチョらしくて良い。外の世界に出たばかりのこいつには、ビルの名前なんか無意味だろう。ゼネラル・コミュニケーション・ネットワーク。大手通信会社の持ちビルで、この街では一番の高さを誇っている。そして、これを建てたのは俺の祖父だ。

「あの上だ、一番高いビルがあるだろう?」

「あれ!? あれならいつも見てる、あんなのすぐに探せるじゃないか」

 すぐ傍のビルを指すと、今度は憮然とした顔になる。まぁ近いしな、取引としちゃぁ不満だろう。だがそういう場所こそ見落としがちになるもんだがな。


「おい、ついて来い。化け物なら跳べるだろう?」

「誰が化け物だ!? お前こそオッサンだろ、余裕こいて落ちるなよ?」

「オッサンだけどオッサンじゃねえよ! この俺が落ちる訳がないだろう? おい、行くぞ!」

「偉そうだな、お前なんかムカつく!」


 そして俺たちは跳んだ。GCNビルに向かってだ。

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