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朝まだきの花  作者: 薄桜
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嫌な奴

 Part:57号


 夕方のまだ外が明るい時間。食料を手に入れるために外に出た。昨日の事に気を取られ、朝はうっかり出かけそびれた。昼間は市が閉じていて、ようやく夕方の市が開く時間になったんだ。長かった、僕は腹が減っている。

 金の心配は無い。逃亡の際に酔狂な研究者がくれたんだ。よく知っている研究者で、EMNSの責任者だ。トーリアというやつなんだが、話すとなかなか面白い。彼の態度は他のやつとは違っていて、嫌じゃなかった。

 金と言っても、認証ブレスに記録されたデータなのでよく分からない。貨幣経済と流通というものは講師の授業で知っている。でもそれはイメージだけだった事を最近思い知った。

 そうだ、認証ブレスってのがどうも慣れなくてもどかしい。白っぽい柔らかいリングなんだけど、気になって仕方がない。皆が着けるものだから着けておけ。と、念を押して言われたし。確かにトーリアも他の研究者たちも着けてたから、我慢して着けている。

 僕たちのブレスは偽造らしいんだけど、きちんと調べさえしなければ真実としてまかり通る。と、自信満々に言っていた。トーリアはおかしな奴だ。でも実際何とかなっている。屋台での支払いに怪しまれる事はない。

 彼は僕たちに笑いかけ、よく笑わせようとしていた。それと時々困ったように笑った。僕たちは皆その経験を持っている。だから彼は特別だ。


 色々買って、おまけも貰って、人の多い市場を抜けた。それから人気の少ない通りに入ると、覚えのある臭いがした。忘れるもんかこの臭い。嫌悪する人物、ウォルターと名乗った野郎だ。正面角から現れたそいつは、ふざけた笑顔でこう言った。

「重そうですね。お持ちましょうか、お嬢ちゃん?」

 確かに僕は袋を7つ持っている。だがこんなものは重くない。近付いてきた奴は僕から袋を奪おうとする。一体何のつもりだ?

「取んな!」

「持たせてくれよ。子供に荷物持たせて歩く大人なんて、外聞が悪いだろう?」

「お前、何言ってんだ?」

「そうだよな。分かんねえよな、お前は……」

 奴は半笑いで溜息を吐いた後、講師のような面で話し始める。

「これは一般常識って言うんだがな、普通子供は大きな荷物を持たないんだ。大人が色々肩代わりをしてやるもんなんだ。それと、男は女にも大きな荷物を持たせない」

「で?」

「で? ってなぁ、俺は大人で男なの、お前は子供、そして認めたくないのかもしれないが、一応女ってやつなんだ」

「だから何だ? 僕には関係ない。お前と歩く気なんかないね」

「俺にはあるんだよ」

 こいつしつこい。……いや、好機かもしれない。昨日の事を訊けばいいじゃないか。こいつがイブに何をしたのか。

「分かった、持たせてやる。変わりに教えろお前はイブに何をした?」

「別に何も? 挨拶代わりに口説いたくらいだな」

 袋を押しつけると、奴は半眼で頬を引き吊らせて奪い取った。おまけに返答は起伏の少ない声で、何かこいつ鬱陶しい。しかも言ってる言葉の意味が分からない。

「くどく?」

「ああ、美人に対する当然の態度だろう?」

 ますます分からない。

「何が当然なんだ? ”くどく”ってどういう意味だ?」

「ああん? 知らないのか? まぁ、お子様だから仕方ねえな」

 こいつ僕をバカにしやがった。人通りの無い裏路地に入ると同時に、僕は奴に仕掛けた。左足を軸に回転し、背後を狙って蹴りを見舞う。体を捻り体重を乗せた会心の蹴りを放った……つもりだった。が、しかしあっさりかわされ空を切る。そのまま回転して勢いを殺し、体勢を立て直すと奴は溜息を吐いていた。

「血の気が多いな。この食い物を無駄にする気か? 勿体ない」

 言われて、改めて空腹に気付いた。頭の中でも笑いがさざめき、僕をいっそう苛つかせる。皆退屈なのだ。だから楽しそうな事を見つけると皆がそれを窺う。思いっきり睨んでるのに、奴は涼しい顔で袋の中を確認しているだけだ。

「嘘だ。彼女はお前の事ばかり考えている。黙り込んだまま、僕の事なんかまったく気付いてくれない!」

「ほお、そりゃぁ嬉しいねえ」

「何故だ? 何故彼女はお前の事ばかり考えている? 昨日の会話のどこに喜ぶ理由がどこにある?」

「……そうか、それは予想以上だ」

 奴はそう言った後、声を立てて笑い出した。癪に障る。こいつの低い声がやたらと耳に響く。気持ち悪い、苛つく、こいつ居なくなればいいのに。いや、消してしまえばいいじゃないか、邪魔な奴はいらない。イブに酷い事をした奴らと同じ、消してしまえばスッキリするはずだ。

 でもこいつは、あいつらと違って手強い。それがむかつく。フェイント入れて頭を狙うか、いや、いきなり心臓でもいいかな? 小細工は面倒臭い。あいつは僕の事を舐めている。本気でかかればどうにかなるだろう。


『……駄目、それは駄目』

 だけど動こうとすると声が聞こえた。それは弱くか細かったけど、はっきりと意思があった。耳からではない、頭の中に響いた声だ。イブの思い、彼女の揺れる心までが僕の中に流れ込む。それは僕を苛立たせる。余計にだ。

 でも僕には彼女が嫌がる事はできない、したくない。相反する思いに挟まれ、僕は壁に向けて拳を振るう。八つ当たりだ。だがそれも阻まれて届かない。

「止めとけ。逃げてるんなら派手な真似はするな」

 掴まれた手首はびくともしない。おまけに掴んでる奴の口には何かが入ってモゴモゴしている。

「ふざけた奴だな。お前一体何者なんだ? それと、勝手に何か食うな!」

「そんな怖い顔すんなって、可愛い顔が台無しだぞ、お嬢ちゃん? 別に迷惑料くらいいいだろ? フロランタン好きなんだよ」

「誰がお嬢ちゃんだ、気持ち悪い。僕のお菓子に何してくれるんだ? それおまけにもらったんだからな」

 女扱いされるのは許せない。体はどうあれ僕の意識は違うんだ。これも僕が皆と違う所だ。

「気の強いお子様だな。いやいや、でも子供ってのはそうでなきゃな」

 奴はまた笑い出した。馬鹿にされているようで僕の嫌悪感は益々強まる。そしてこの訳知り顔の男に対する警戒感も改めて強まった。ふざけているから引き摺られる。気付けば完全にこいつのペースになっていた。

「……お前、僕たちの何を知ってるんだ?」

 僕たちに驚きもしない、攻撃も余裕でかわす。僕たちは普通の人間じゃない。じゃあこいつは何だ?

「そう警戒するな、俺は敵になるつもりはないんだ」

 意味が分からない。僕たちの事を知っている奴が、敵でない訳がない。だが頭の中でまたさざめく。

『知ってる、知ってる』

『こいつこの間見たわね』

『そうそう、トーリアと話してたよね』

『話してた、話してた』

 トーリア? こいつ彼の仲間なのか? それなら少しは納得できる。だが奴の印象まで変えられるほどじゃない。

「味方だと言いたいのか?」

「俺を信じるか、信じないか。それは君たち次第だ」

 苛つく。何故こんなに苛々する言い方なんだ? 僕は信じたくなどない。だが、僕に流れ込んできた彼女の意思は『信じたい』という類のもので……そうなると、僕は選ぶ事もできなくなる。

 突然ビジョンが流れ込んできた。それはイブが見ている彼女の視界、何故外に? ソファに座って眺める光景ではない。路面、市のテント、空、どこかの高いビルの上、ぐるりと一周見回して、軍施設内の研究所に立つ鉄塔が見えた。それと同時に胸を割かれるような哀しみが伝わる。

「イブ!?」

 どこだそこは? 何故彼女は外に出た!? 目の前の嫌な奴より彼女の方が心配だ。僕は路地を飛び出し、イブを探しに行……く事が出来なかった。

 僕はその嫌な奴に捕まり、ガッチリと抱え上げられていた。

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