本当のイブ
Part:ウォルター
俺が任務を受けた際に聞かされていたイブと、今実際目にしているイブのイメージは随分と違っている。武器の扱いに長け、実践向きの体術に、夜の方の技までも仕込まれている。と、報告書には記されていた。おまけに研究所で聞いた話によれば、彼女は感情が乏しくあまり喋らないというものだった。
それ故に俺は『非情な殺人鬼』というイメージを勝手に作り上げていた。見張っている頃には疑いもしてなかった。最初に接触した時には、多少の違和感があったが、それ以上に必死だった。だが、今目の前にいる彼女は全く違う。武器も兵器も殺人も全く似合わない、だってクレープ食ってんだぞ? おまけに目をキラキラさせて。
初めてらしいんだが、慣れないながらも一生懸命で、実に美味そうに食ってんだ。そうだな、まるで幼い子供みたいだ。……調子が狂う。おかげで俺は彼女に振り回されている。何故俺は彼女とデートをしているんだ?
コピーの方も気難しい。俺の持ってたイメージ通り、かなりヒネてて凶暴で、つまりは立派なガキだと訳だ。だがおかげで予測ができる。俺も十分ヒネてたからな。いや、まだガキみたいなものか。まぁ、ガキの部分に関しては、という限定でだが。
現在二人の追跡システムは、トーリアが誤魔化してくれている。二人をシステムの追跡対象から外し、代わりに街で暮らす誰かが二人として追跡されている。その後の事は奴次第、上手い芝居ができるかどうか、腕の見せ所だな。
彼女たちにも細工をさせてもらった。綺麗な髪色で勿体無いが髪をよくあるブラウンに染めた。さすがに目立ち過ぎる。おまけにコピーは髪をバッサリ切った。強要した訳じゃない、むしろ止めた。だが邪魔だと言って自分で適当に切りやがった。酷くガタガタなのにそのまま平然としているが、俺の方が気になっている。
彼女たちの潜伏場所も、暮らしていた廃墟のビルから繁華街の店舗の三階に移した。一、二階は店舗、三階以上は住宅の二十階建てのビルだ。階人の出入りが多い方が、紛れるには都合が良い。
一階は創作料理の飲食店で、デリもあるので食事には困らない。二階には美容院が入っているので、早速利用させてもらった。
このビルは親の知人の持ち物で、少し融通を利かせてもらった。俺の心情はさて置き、利用できるものは利用させてもらう。
服装もマシな格好にさせてもらった。特にイブ、彼女を見ていると勿体無く感じてしまうからだ。髪の色を変えた事で、妖精じみた印象が多少は和らいだものの、その姿にドぎつい色は似合わない。誰とのとも知れぬデカイコートも気に入らなくて。ショウウインドウに飾られていた、淡いピンクの柔らかそうなワンピースをついさっき着てもらった。
コピーの方は、本人の意向も重視した結果、完全に少年のような姿になってしまった。まぁ、いいんだけどな。今は部屋で大人しくしているはずだ。先に戻ると言って消えてしまった。多少の心配はあるが、あいつなら無茶をしないだろう。
そしてそれからが問題だ。俺とイブは今、街の真ん中にある開拓記念公園……の中にある噴水の縁に座っている。俺はコーヒーのカップを持って、彼女はクレープを食べながら。
「美味しいです。外にはこんな素晴らしいものが存在したんですね」
念願のクレープを始めて食べた彼女の口には、クリームが付いている。そしてその口はこれ以上ないほどに笑んでいる。
「あぁ、昔から存在はしてたぞ。しかしそんなに美味いか?」
「はい、とっても。クリームとイチゴの組み合わせは、こんなにも美味しかったんですね。チーズのケーキも素晴らしいです」
「へえ、そうか。よかったな」
「はい、美味しいです。あの、ひょっとして食べた事がないんですか?」
「無いな、男の食べ物じゃないだろ?」
コーヒーを啜りながら返事をすると、食べかけのクレープが目の前に突き出された。
「では食べてみて下さい、本当に美味しいんです」
何だこの展開は? デートと比喩はしたものの、実際にデートをしていた訳じゃない。クレープ食べている奴を見て、自分も食べてみたいと言い出したからで……そうだよ、彼女には普通の経験が少な過ぎる。だからこういう事なら叶えてやりたいと思う。外の世界というものをたくさん知って欲しいんだ。
「いや、いらない。イ……あんたが食べればいいだろう。あんなに食べたがってたんだから」
「だって美味しいんですよ、ウォルターにも知ってもらいたいんです」
そんな事を言われてもだな、食いかけをって……なぁ? 何で彼女は恥ずかしく……ないのか。周りから冷やかされて恥ずかしくなるもんだな、こういうのは。だが彼女にはそんな経験もおそらく無い。だから知らないんだ。
彼女は拗ねた表情でクレープを突き出し、意地でも俺に食わそうとしている。本当に子供みたいだ。
俺はクレープにかじり付いた。哀れだとか同情だとか、そんなのとは違う、と思う。ただ応えてやらなきゃならないような気がした。
「ねっ、美味しいでしょ?」
彼女は嬉しそうに笑っていた。くすぐったい気分は如何ともし難いが、ホッとした。
「ああ、ちょっと甘過ぎるけどな」
この後、イブを一旦隠れ家に連れ帰り、俺は一人で旧友の所に向かうつもりだった。貿易会社の主であるミラン・マクベル。彼が会社を立ち上げた際、祝いに皆で集まった。その時彼は、冗談とも本気ともつかない調子で『物資の横流しなら請け負うぞ』と、笑っていた。だから俺は今回それを真に受ける事にした。
実際そんな事をやっている輩はたくさんいる。そしてこの惑星グラファイトから逃げ出す者も多い、それに手を貸しているのが貿易業を行う彼らだ。彼らは仕事柄入出が自由でチェックも少ない。
長きに渡る戦争は住人の不安だけでなく、軍の怠慢や腐敗も生んだ。だがそのおかげで利用できる。乗組員のメンバーとして、あるいは荷物に紛れ外へ出るのだ。帰りの人員数合わず、少々見咎められても金を積めばお目こぼしが叶う。
俺はミランに詳しい話を訊くために、そして協力を願うため、彼の所に一人で向かうつもりだった。だがしかし、一度戻った後もなお、何故か彼女は隣りにいる。自分の事だから、自分で頼みたいとか言い出して。引かなかったんだ。
困った事に、彼女はなかなか頑固だ。




