(3)
気がつけば、あたしは市立図書館の本棚の前に立っていた。
夢じゃないかと周囲を見回したが、夢にしてはやたらにリアルだ。
我に返ってあたしは手に持っているものを見た。
絶対恋愛マニュアルがあたしの手の中にあった。
(こ、これは一体……)
「ふん、残念だったな」
突然、本のオバケの声がする。
「え!? 夢じゃないの?」
「あーん? 夢にしちゃリアルだったろ?」
「ど、どういうことなの?」
「ゲームオーバーだ。ルール違反で全て無かったことになるな」
「え? ルール違反?」
「第三者に俺様の存在を知られてしまっただろうが」
あ、モリヤ君……。
そ、そうか。
あたしが彼に絶対恋愛マニュアルと喋った瞬間に……。
「つ、つまり助かったってこと?」
「さあな。その解釈はお嬢ちゃん次第だろうさ」
「あは、ははは」
緊張感が一気に緩んで、思わず笑いがこみ上げてきた。
「じゃあ、今までのことは無かったってことになるの?」
「そうだ。日付もまき戻ってるぜ」
「日付がまき戻る?」
「今日はまだ火曜日って寸法だな」
「ということは、今までのこと全部、みんなの記憶からは消えてるんだ」
「というより、始めから無かったことになる」
「そっか……」
「契約は不履行だが本はきちんと本棚に戻せよ」
命令調で本のオバケが言った。
「あたし達をあんな目に合わせておいて、よくそんなことが言えるよね」
「あれはあれで駆け引きだったのさ。ああでもしないと話がまとまりそうに無かったからな」
「本当に駆け引きが好きだよね」
あたしは呆れて言った。
「俺様のマニュアルは恋のための駆け引きだらけだからな」
何故か得意げに本のオバケが言う。
「もっとも、お嬢ちゃんの恋には最初から駆け引きなんか必要無かったんだけどな」
「どうして?」
「俺様は節穴だったお嬢ちゃんの目に真実を見せてやりさえすれば良かったのさ」
「……なるほど」
「人が人を好きになるのに必要な時間はどれくらいか覚えてるか?」
「三ヶ月だったっけ?」
「正解。じゃ、あとは自分で考えな」
そっか、これでもうコーチングは終了ってことなんだ。
たったの4日間+αだったけど、本のオバケとはずいぶんと長いこと一緒に居たような気がする。
そんなあたしのセンチな気分を振り払うように本のオバケが言った。
「そろそろ俺様は戻りたいんだがな」
「そうだね、次の片想いさんが待ってるもんね」
あたしは言った。
迷える片想いさんの為に本はきちんと戻さなくちゃ。
「本棚に入れた瞬間にお嬢ちゃんから俺様は見えなくなる。最後に何か言いたいことがあれば聞いとくが?」
尊大な言い方だな、もう。
「オバケさん」
「何だよ?」
「ありがとう」
「おう。ミクミちゃんも頑張れよ」
そうして絶対恋愛マニュアルはあたしの目の前から消えてなくなってしまった。




