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織田家の軍師  作者: 柳乃 晟
序幕
4/4

第参幕 「……何か用?」

 その日の夜、自衛団の面々は自身達が経営している酒場で大いに盛り上がった。

 自分達で倒したのだ、あの鬼を。

 その事実が喜び、感動、自信、様々な感情へと巡っていきそれぞれの頬を緩めていく。


 そんな中、老兵は日本酒をお猪口に注ぎながら周りを見渡していた。


(あの青年は何処へ行ったのだろう)


 鬼を倒した時は確かに居た筈だった。

 指揮をしたのは老兵自身ではあるが、老兵が誤ったりした場合はすぐフォローに入れるようにと青年は傍にいてくれた。

 黒髪で少し赤が混じった黒い瞳をし、スラリとそれこそ無駄な肉が付いていない綺麗な肉体。

 それこそ元武士として老兵が妬みそうになるほどに綺麗な身体をしていた。

 そして、何より纏っている気が違った。

 あれほどの者を現役時代に見た事はあるだろうか? という自問に対して応えは恐らく否、だ。

 恐らく、が付いてしまう理由はそれほどまでに実力のあった者と面と向かって対談した事がないからなのだが。


 何はともあれ、あれほどの青年を一瞬の隙があったとは言え見失ってしまった事が老兵には不思議で情けなくもあり、同時に恐ろしくもあった。

 ふう、と小さく息を漏らし、お猪口いっぱいに注がれている酒を一口で喉へと流し込む。

 口の中に広がる日本酒特有の甘み、飲み易いと感じる事からきっと上質な物なのだろう、と老兵はその味に満足し再び注ぐ。

 甘い香りがふわりと鼻をくすぐった。


 店内を見渡せば赤い顔をした若者達が酒瓶を片手に笑いあったり、或いは飲み比べをし、また或いは「今日の手柄は~」等と言い争っている。

 だが、その言い争いでさえも笑って見れてしまうほど今日は気分が良かった。

 青年に関しては勿体無いと思うが、仕方ない。

 諦めるというのもおかしな話かもしれないが元々此の町の人間ではないし、彼は”ただの”智将なのだ。

 なら、こんな田舎町にいるべき人間ではない。

 智将なら、その智をもっと活かせる場所へと羽ばたくべきなのだ。


 そんな事を思いながら、老兵は目の前へお猪口を突き出し軽く上へ持ち上げる。


(青年――いや、智将、と呼ぶべきなのかな? 名前を知らぬからこのような呼び方で(かたじけな)い。今日、此の酒を飲めるのは貴方のお陰だ。出来れば私自らお酌をしたかったが……居ないのなら仕方ないな。せめて、此の感謝の気持ちだけは伝わると良いのだが。――ありがとう、乾杯)


 そしてそのまま口へとお猪口を運び、一気に中身を煽る。

 喉へと流れ込み香りが口へ鼻へと広がる感覚に身を寄せ、口元を緩ませる。

 今日は倒れるまで飲み明かそう、老兵は心にそう誓った。



*****



「待ってくれよ!」


 老兵がお猪口を持ち上げたのとほぼ同時刻、青年は何故か自分に着いて来ていた少年に呼び止められた。

 場所は町から結構離れた森の中で、人なんか滅多に通らないようなそんな場所だ。

 周りを見渡せば木々と草しか存在しておらず、たまに聞こえるのは野生の動物達の鳴き声や虫の声だけである。

 人間の声等聞こえる訳もなく、相当森の奥地だというのに少年は躊躇わずに着いて来ていた。

 とはいえ、尾行に気付かずに此処まで進んできていたのか? と言われればそれは違うし、いつから気付いていたのか? と言われればそれは最初からである。

 知ってて業と此処まで無言で歩いてきたのだ。

 特に害意も感じられず、自分に害がないという理由だけで放置していたと言うのはなかなかに冷たい対応だといえるが。

 だが、冷たいとはいえこのように話し掛けられたのであればそれはそれで仕方なく対応するくらいの器量はある。

 まあ、あくまで仕方なく、なのだが。


「……何か用?」


 少年の言葉に今初めて君の存在に気付きました――なんて対応を取る事もせず、むしろ最初から知っていたけど今更何? といった雰囲気を感じる――要するに冷たい声色で青年は反応した。

 その言葉の冷たさ、冷酷とも言えるものに少年は一瞬びくり、と身体を反応させたが頭を左右に勢い良く振ってその恐怖を取り除こうと試みる……があまり効果は得られず表情は明らかに恐怖の色でいっぱいであった。


(自分に愛想がないってのは判ってるけど、こう明確に恐怖を抱かれるってのは……多少なりとも傷付くな)


 こう青年が思うように青年の今の声色は実際問題意図して出したわけでなく自然とこういう声色で発されてしまっただけだ。

 自分も自覚しているように思いやりも愛想もなく、基本的に各下の相手、もしくは年下にはよく怖がられている。

 本人的には普通に反応したつもりであるのにこうも怖がられると毎度毎度居心地が悪かった。

 顔付きもお世辞にも愛嬌がある顔ではなく、整ってはいるが細く釣り上がった眼の所為で偉く鋭い印象を持ちやすい。

 まあ、生まれ付きこんな顔で幼少の頃から怖がられる事の多かった青年からしてみれば既に諦めている事なのだが。


 そんな青年の心境を知らずに少年は絶賛恐怖でその場から離れたい衝動に駆られていた。

 青年の反応から自分が今まで青年を尾行していた、という事にずっと前から気付いていた事を悟り少年は思考を停止させてしまった。

 加えて青年の射抜くような冷たい声。

 逃げ出したい、と咄嗟に思ったが身体がすくんで動けなくなってしまっていた。

 そんな自分をヘタレだの女々しいだの心の中で叱咤するが、効果は得られない。

 むしろ心の奥底では腰を抜かなかっただけ偉いとさえ思っていたりする。

 それだけ少年は青年に恐怖していた。


「ふぅ。――君、さっきの町の子供じゃないの? こんな遠くまで何しに来たのか判らないけど、危ないからもう帰りなさい」


 月明かりのお陰で真っ暗とは言わないがもういい時間だ。

 そろそろ町へ戻らなくては危険である。

 ――いや、もう危険という意味では危険なのだがこれ以上遅くなれば夜行性の動物が動き出す上に明かりもなくなっていくだろう。

 そういう意味ではそろそろ頃合で、少年が話し掛けて来なければ自分から行くつもりでもあった。


 しかし、青年の言葉に恐怖で先程から眼に光がなかった少年だが、再び眼に光を宿らせ青年に詰め寄る。


「嫌だ! 俺は帰らない!」


 少年の言葉を聞いた瞬間、青年は額に手を当て天を仰いだ。

 少年はまだ青年に何か言っているようだったが生憎青年の耳にそれは届かない。


(面倒極まりない)


 はぁ、と溜息を吐き出し視線を少年に戻すとあーでもないこーでもないと必死の形相で青年に言い寄ってるのが見える。

 意識的に言葉をシャットアウトしているため、声は聞こえないが。


(とりあえず、聞くだけ聞いてやるか)


 はぁ、と連続で溜息を吐けばやれやれといった感じに首を左右へ振り、意識を少年の声へ向ける。

 ――要約すれば弟子にしてくれといった内容だった。

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