第弐幕 「放て!!」
少年は焦った。
少年からすれば今の状況は予想外極まりないのだ。
正直に言えば助けを求めたが自衛団の人間に散ってほしいとは思っていない。
というか、先程老兵に言ったのだ「一緒に逃げよう」と。
だが、老兵は「此処で散るのであればそれは本望」と笑顔で少年に向かって言った。
それじゃ駄目だと言う少年の言葉に老兵はただ笑顔で首を振るだけ。
逃げる気なんて見えもしなかった。
だから少年は一旦その場を離れて考える事にしたのだ。
自分だけで説得しても駄目なら他に人を呼ぼうとか、色々考えた。
結果、考えているうちに自衛団は出発してしまったのだが。
「なんで、なんで……!!」
勝算がある戦だと知らない少年は止めるためにひたすら走った。
あの時は助けを求める事しかないと判っていても自責の念に駆られる。
なんで、言ってしまったのだろうと。
「いた……!!」
そして見付けた、鬼と自衛団を。
少年は止めようと更に足を加速させようと前へ踏み出した、のだが。
「……?」
そこで少し異変に気付く。
鬼と自衛団は川を挟んだ場所に存在しており、鬼はまだ気付いていないようだ。
此処から突撃するにしても距離がるし、何より川が邪魔だ。
何をするつもりなのだろう。
「構えッ!」
少年が考えているうちに老兵の一言で兵達が構える。
無論、その声に気付き鬼達が自衛団のほうへ駆け出した。
「放て!!」
ヒュンヒュン、と鬼達に向かって矢が飛ぶ。
だが、鬼達は何度も矢が当たっているというのに刺さるどころか傷すら負わない。
どう見ても一方的な戦闘だ。
そして、最初に走ってきた鬼が川を超えじわじわと自衛団のほうへ近付いてくる。
彼等は彼等で矢を放ちながらも徐々に後退して行っている。
とはいえ、鬼と人間の歩幅は違う上に後ろを向きながら矢を放ちながらでは速度が全然違い見る見るうちに距離は縮まっていく。
その光景を見ていた少年はもう駄目だと思うしかなかった。
自分の所為だと、あそこに行っても自分は何も出来ないと。
誰よりも先に諦め、心が折れてしまった。
「放て!!」
そんな中、老兵の声が再び響いた。
少年はせめて、と彼等の最期を見届けようと顔を上げた。
しかし、目の前の光景に首を傾げる。
矢の先端には袋が付いていた。
なんだろう? あれは。
少年がそう思い首を傾げているとひとつが鬼に被弾する。
びしゃ
何かの液体が鬼にかかる。
「?」
鬼は不思議そうにその液を眺めていたが何かは判らない様で首を傾げるだけだった。
「放て!!」
そうして困惑している鬼の隙を狙い三度、矢が放たれる。
その先端には――火。
「!!!!」
火の点いた矢が鬼に当たれば鬼は見る見るうちに燃やされていく。
そうして先程の矢がなんだったのか少年は気付いた。
油だ。
油を鬼にかけて火を点ける、そうすれば鬼は簡単に燃え上がる。
きっと、そうゆう作戦だったのだろう。
少年は感心したがそれはすぐに消え去る。
何せ後ろは川だ、戻れば良いだけの話なのだ。
それに気付いたのだろう、鬼達は一斉に川へ向かって駆け出す。
――だが。
「放て!!」
再び上がる声、そして放たれる矢。
先端には、袋。
今度は何が入っているのだろう、首を傾げる少年。
その答えはすぐに判る。
ドーン!
矢が当たった瞬間破裂音が響く。
そして鬼は色々な部分を破裂させ、ある者は足を、ある者は腕を失い川へと辿り着く前にその場に倒れていく。
プスプス、と黒焦げになるまで火は止まる事はなくそこには五匹の焼死体だけが残った。
動かなくなった鬼を眺め、暫くしてから誰からでもなく歓声が上がった。
それこそ天が割れるような大音量で、だ。
此の戦いに勝って生き残れた事に対する喜び、故郷を守れた喜び様々な想いが声に出ている。
中には泣き出すものが出るほどだった。
呆気なく終わったように感じるものだったが、それでも恐怖がなかった訳ではない。
感極まる者がいても仕方がない。
その光景を見ながら老兵もまた、口元を緩ませた。