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空蝉  作者: ゆいまる
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夏祭り 1

「幽霊!?」


 喉を突いて出た声が裏返ってしまって、僕は気まずさに口を噤んだ。光はそれには笑わず、すっとどこかを指差した。


「ほら、あっち」

「?」 


 僕はつられる様に指の差す先を見てみる。眩しさに細めた眼が捉えたのは、あの木の後ろに覆いかぶさるように茂った雑木林。さらに目を凝らすとその奥に、何か屋根の頭の様なものが見えた。


「あれ、幽霊屋敷なんだよ」


 なぜだか光は得意げにそう言うと、手を下ろした。


「戦争の時まで、あそこは華族の別荘だったそうなんだ。でも、その華族は戦後の混乱で没落。そこの一人娘が身売りするかどうかって話にまでなった」


 僕はまるで見てきたかのように流暢に話す光の声を聞きながら、じっとその屋根を見つめた。


「でも、華族っていうのは気位が高くてさ。まぁ、その娘も例外じゃなったわけ。で、自殺しちゃったんだって」

「自殺……」


 あまりにも暗い言葉に僕は息をのむ。

 生い茂る雑木林に匿われた悲劇。そう思うと、急にチラリとのぞくその屋根が寂しいものに見えてきた。


「それから、次々他の家族も変死しちゃって、それ以来、村の人間は気味悪がって、誰も近寄らないって話。今でも、夜になるとその娘の泣き声が聞こえるんだぜ」


 そんなの迷信だ。そう思っていても、何となく否定しづらくて僕は「詳しいんだね」とだけ言った。

 光はその言葉に気を良くしたようで


「ま、不思議探偵局の局長だからな」


 そう自慢げに言い放った。


「はぁ?」


 その間の抜けたフレーズに一気に僕は思わず脱力して振り返る。でも、光は恥じるどころか胸を張って


「この村の超常現象については俺が第一人者なんだ」


 そう言ってのけた。なんだ、子どもの怪談話か、真面目に聞いて損した。つまりはどこの学校にもある七不思議と同レベルなんだ。それで、河童の事も……。


「はいはい。わかりました。それより、さっさと祭りに行こうよ」


 付き合ってると、こちらが疲れそうだ。


「なんだよ! 信じてないな! 本当だぞ!」

「わかったから」


 きっと、さっきのあの子はお祭りを見にでも来た他の町の子なんだ。僕はそう勝手に結論づけると、先を急がせるように光の背中を叩いた。

 祭りに行けばあの子に会えるかもしれない。そう思いながら。


――


 光について行った先にそれはあった。小高い山にも見える場所にずらりと天まで伸びているんじゃないかと思う階段を僕は見上げる。

 左右の木々がさわさわと涼しげな音を立てて揺れていて、石組みの床に立つと肌寒ささえ感じそうだった。

 祭りには少し早いらしく、木々の間に建てられた提灯の明かりもまだついていない。人の影もまばらで、風に揺れる提灯と、入口の祭りの垂れ幕がなければ本当に今夜祭りがあるのか心配しそうなほど閑散としていた。


「ちょっと早いんじゃないの?」

「馬鹿。まずは軍資金稼がなきゃダメだろが」

「?」


 光の言っている事が俄かに理解できずにいると、彼はそんな僕の疑問に丁寧に答えてくれるわけもなく、さっさと石段を登り始めた。

 足の裏に跳ね返ってくる硬さに加えて、段差がまばらなのが苦しい。妙な力加減の変化はテンポよく階段を上る事をさせてくれない。

 一段前を行く光はこともなげに登って行くが、僕は正直、鳥居の真ん中が見えてくる前にへばりそうだった。


「ねぇ、ここ、何段あるの?」

「数えてねぇよ。そんなもん」

「なんだ、何でも知ってるんじゃないんだ」


 遅れをとっている事がちょっと悔しくてそういうと、光は振り返りもせずに


「数えたって仕方ないんだよ。ここの段数は毎回神様が決めるんだから」


 と、当然のことであるかのように言った。またわけのわからない事だ。そういや、どうして祭の日には喧嘩をしちゃいけないの、おばあちゃんに聞きそびれた。

 僕はその事に思い当たり、もう四段ほど先を行ってしまっている光に声をかけた。


「ねぇ、どういう事? それに、祭りの日は喧嘩しちゃだめって」


 切れる息が、スムーズな会話をさせない。でも、光は息一つ乱していないようだ。


「この階段を上るのは、神様に会うための試練みたいなもんなんだ。だから、毎回その試練の辛さは神様が決める。で、ここの神様は村の守り神でもあるんだけど、生と死をつかさどる神なんだ。その神への祭りに血の臭いでもさせてみろ。神様の魂が荒れて、村は大変な事になるんだ。……本当だぞ! お前、覚えてないのか?」


 まるで昔話だ。でも、きっと光はそうは思っていない。真面目な顔で、まるで僕に警告し、しかも僕がその事を知っているかのような口ぶりだ。

 祭りに血

 何かが胸のどこかで引っかかった。

 まるで忘れものをしたのはわかるが、何を忘れたのか思い出せない。そんなもどかしさに似ている。

 それにしても……と、僕は無限に続くのかとも思われる石段を見上げた。さっきから登っても登っても、さっぱりゴールの鳥居が近づいているようには思えない。

 石の様に重い足を止めて、肩で息をしながら光の背中を見た。見降ろされるのは気持ち良くない。先に行かれてたまるものか。

 僕は息が上がっているのを気取られないように、細く長い息を吐いてから、休憩目的を悟られないように彼に声をかけた。


「でも、本当に……凄く長い石段だね。一体、何段あ……」


 僕が来た道を振り返ろうとした。その時だった。


「振り返るなよ! 馬鹿!」


 鋭い光の声が降って来た。僕は驚いて思わず固まる。光は前を向いたまま。


「ここの石段で途中で振り返ると『連れてかれる』からな!」

「え?」

 

 ― 連れて行かれる




 僕はその何とも抽象的であやふやな言葉に、不安とゾクリとする涼しさを覚えて光を凝視した。


「いいか、登りきるまで。降りる時は降り切るまで、振り返るな。そうじゃないと、連れていかれて戻ってこれなくなるからな」

「連れて……」


 背後に何かの気配があるような気がした。

 急に、地面の引力が強くなったような錯覚を感じ、足元が頼りなくなる。


「ほら、もうすぐだ。行くぞ!」


 光は、やはり振り返らずに一気に残りの十数段を駆け上る。僕は慌てて「待ってよ!」声を上げたが、背中が何かにつかまったように重苦しくて、光の様に駆け上がる事は出来なかった。


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