第9話 ハイレタハイレタハイレタ
それから俺たち二人は、この荒廃したゴーストタウンでの生活が始まった。
食料は食べられる野草や、近くの川で泳いでいた魚などを琴弧ちゃんに食べさせる。
俺は食事の必要がないからな。
彼女が眠る時は、俺が側で立っている。
ここにいる限り守り抜くと約束したからだ。しかし……。
「お兄さん! 私と一緒に寝ましょう! 同衾っ♪ 同衾っ♪」
『俺は眠る必要ないんだ! それに、今年からJKの琴弧ちゃんと寝たら問題になんの!』
「お兄さんは幽霊だから無問題です!!」
『ダメです!!』
「そんなぁ……」
家の中の敷布団を敷いた途端にこれだ。
琴弧ちゃんはことあるごとにぐいぐいと来ては、俺が生前できなかったようなコトをしようとしてくる。
彼女は現在中学三年生、今年の四月から高校生になるとのことだ。
そんな琴弧ちゃんに翻弄される俺氏(推定百歳以上)……。
情けねぇよ俺!
「じゃあお兄さん。手、繋いでもらえませんか? ……寂しいんです」
『……それくらいなら、まぁ……』
「えへ、ありがとうございます。冷たいけど、なんだかあったかい気がします♡」
『気のせいだ。ほら、さっさと眠りんしゃい』
「我儘聞いてくれありがとうございます。おやすみなさい……」
『ああ。おやすみ』
生きている人間の手は、本当に暖かかった。
俺の手を握った時は微かに震えていたが、握り返したらそれが消えた。
詳しくは聞いていないが、きっと苦労しているのだろう。
せめてここにいる間は、気楽に過ごしてもらおう。
俺がばあちゃんにしてもらったように。
そのまま彼女の寝息に耳を傾けながら、俺は夜明けを待った。
――翌朝。
「お兄さん! おっはよーございま~~っす!!」
『おはよう琴弧ちゃん。朝から元気だな』
「そりゃもちろん! 熱い夜でしたからね……♡」
『何も熱くなかったんだが??』
寝起き早々に俺に絡みついてくる琴弧ちゃん。
今まで生きている人間に触れるなんて少なかったから慣れない。
「さぁ、何をしましょう!」
『とりあえず朝のラジオ体操でもすっか!』
「流石ですお兄さん! 朝から霊力増幅のために勤勉ですね!」
どうやら幽霊が霊力を増やすには様々な条件があるらしく、その一つは適度な霊体のほぐしらしい。
そして、悪霊を倒すと霊力がもらえるのは知っていた。
だが、悪霊の霊力は邪気が多いので、使用しないと自分が悪霊になる危険性があったとのこと。
俺の場合、夜明けとともにポルターガイスト練習で霊力を使い切っていた。
もししていなかったら邪気が蓄積し、俺も悪霊の仲間入りに……。
考えただけでも恐ろしい。
「この後はどうしますか?」
『琴弧ちゃんのしたいことしてもいいぞ』
「うーん……じゃあ朝ご飯のために釣りしに行きましょー!」
『了解。どっちが多く釣れるか勝負だ!』
「はいっ!!」
一週間という、短くも長い期間。
俺たちは全力で、何にも考えずにただただ楽しい日々を過ごした。
一日目は、最寄りの川で釣りをした後流れのまま川遊びもし、
二日目は、暖かい風呂に入るべく温泉を協力して掘り当て混浴され、
三日目は、二人で悪霊との全力の鬼ごっこ企画を開催し、
四日目は、真っ暗な街中で流れ星を見上げ、
五日目は、商店街にあったもので花火を作成をしてみたり、
六日目は、ただ……何もせず、二人肩を並べて縁側で外を眺め続けた。
温もりを再び感じ始めていたのだが、彼女と出会ってもう七日目。
今は夜で、琴弧ちゃんは布団の中で眠っている。もうすぐ夜明けだ。
一週間たったら、彼女はここを立ち去るんだろう。
侘しさを感じつつ窓の外を眺めていると、突然琴弧ちゃんが目を覚まして外に駆けだした。
「っ!!」
『こ、琴弧ちゃん!? どうしたんだ!』
「…………来る」
『来るって、何が?』
家を飛び出した彼女は、まだ暗い夜空を見上げながらポツリと呟く。
彼女は少し肩を震わせていた。そして俺の方に向き合い、こんなことを言い放った。
「実は私――今から死ぬんです」
『……え、はい? 何、言ってんの……? 冗談――』
「冗談じゃありません」
いたって真剣だ。いつもの冗談を言う表情ではない。
なんで? なんでなんだ? 俺が理解を拒んでいると、続けて彼女は口を開く。
「〝蘆屋道満の呪い〟。それにかけられて、私の魂は霊に喰われて体が乗っ取られるんです」
『お、俺が! 俺がいるからっ、そんなやつぶっ飛ばすって!』
「無理です。この呪いはその呪いをかけた本人を倒さない限り解呪されないので」
蘆屋道満。
平安時代にいた、安倍晴明と同じくらい有名な陰陽師だよな? なんでそんなやつが琴弧ちゃんに?
なんで現代でもその呪いが発動したんだよ!?
「最初はみんなに迷惑を掛けたくないから、このゴーストタウンで一人で死のうと思ってたんですよ?
でも、お兄さんは私に希望を見せた。もっと生きたいと、あなたと共に日々を過ごしたいと思ってしまった……。
せっかく死ぬ覚悟ができたのに、その覚悟が揺らいだ。お兄さんのせいで死にたくないって思っちゃったんです」
彼女の言葉に乗せた思いが、俺の魂に突き刺さる。
また……まただ。
俺の大切な人は、俺の前からいなくなっていくんだ。
なんで……。
「見ず知らずの悪霊なんかに私の体を好き勝手されたくない。だから――お兄さんが私の体を乗っ取ってください」
『は……? 何、言って……』
「お兄さんの魂が私に入ったら、多分辛うじて私の魂の一部が残ると思うんです」
『でも、俺は、本当は情けない人間で……』
「……実は私、人の魂に触れて記憶を読み取る術式を持ってるんです!」
『えっ?』
「いんや~~。お兄さんが生前、端の下で拾ったえっちな本は中々刺激が――」
『何読み取っちゃってんの!? ってか、めっちゃシリアスなのに何ぶち込んでんの!?』
重苦しい空気は霧散し、琴弧ちゃんはケラケラと笑っていた。
「記憶を読み取ったからこそ、お兄さんの生き様に惚れたんです」
『そう、だったんだな……。なんか恥ずいわ!』
「お兄さん」
『うん?』
「ゴミでも、私は変わらずお兄さんが大好きです。|私の体に入ってくれませんか《ずっと一緒にいてくれませんか》」
『ッ……俺は……』
琴弧ちゃんは俺の手を握り、告白をする。
俺はいつだってそうだ。
大事な場面で足踏みして、覚悟が決まらなくて。
威勢よく彼女に返答もできない……ゴミだ。
『――……ア、ヴ、オ゛オ゛オ゛オ゛ォォ!!!!』
「あ……もう、来ちゃった」
『なっ、なんだあれ!?』
俺たちの頭の上にある夜空の雲が蠢いたと思ったら、それが禍々しい骨の鯨になって大きな口を開けていた。
あれが呪いで、これから琴弧ちゃんの体を乗っ取る霊なのだろう。
鯨は口を大きく開け、ブラックホールのようにこの街の悉くを吸い込み始めた。
ゴーストタウンごと琴弧ちゃんを取り込むつもりなのだろうか。
「きゃっ!?」
『琴弧ちゃん!!』
体が浮いた彼女の手を掴み、なんとか地面にへばりついて耐える。
――この世には、救いようのないゴミがいる。俺だ。
俺こと青天目零太郎はゴミである。
覚悟を決めた女の子に返事すらできないゴミだ。
ピンチな場面で動けないゴミだ。
だけど!
だから!
今日でその全てを変える!!
『俺はゴミだよ……だけど、俺も、覚悟を決めた。琴弧ちゃん、こんな俺のことを好きになってくれてありがとう』
「ふふっ、お兄さんって結構ヘタレですよね?」
『うっ、うるせーやい!』
「あははっ! 大丈夫ですよ~。どれだけヘタレでも、私は見限るなんてしませんから。ずっーと好きですから♪」
彼女は俺の両手を包み込み、地面から手が離れて俺も宙に浮く。
鯨に吸い込まれ始めた。
「私はきっとこの後、魂の残滓だけになってお兄さんと話せなくなっちゃいます。けど……〝期待〟していいですか?」
『ああ、必ず迎えに行く。今度は二人で、もっと色んなことしようぜ!』
「えへへ、楽しみです! じゃあ改めて……大好きです」
チュッ。
リップ音が鳴ったその瞬間目の前が真っ暗だった。
暗闇が開けた後は、頬を赤らめた彼女の顔が目に映る。
刹那、俺の意識が……どんどん彼女に吸い込まれてゆく……。
「返事は、何年先でも待ち続けますからね。おやすみなさい、零太郎さん」
『あぁ……おやすみ、琴弧ちゃん……――』
意識が完全に溶け、霊体が吸い込まれてゆく。
そして俺は――。
# # # # #
「――あぐっ!? ぅゔゔ……」
強い衝撃が全身を駆け巡り、それで俺は目を覚ました。
なんだっけ。
何をしていたんだっけ。
地面に横たわった自分の体を動かそうとするが、上手く動かすことができない。
自分なのに、自分じゃないみたいな。
夢の中で夢を見ているような。
そんな感覚だ。
「ぅ、あぅぁー……?」
あれ? 声すらも出せない?
なんか声も可愛らしくなっているような。
いや、そうだ。
ああ、そうだった……。
俺は生まれたての子ヤギのようによろよろとしながら立ち上がり、近くに置かれていた割れた鏡の前までやってくる。
本来、幽霊の俺は鏡に映らない。
けれどそこには、映っていた。
「ぁ、あぁ……」
琴弧ちゃんだった。彼女の姿が、目の前の中にいた。
けれど、彼女の黒髪黒目アンドアホ毛はない。
銀髪碧眼で、アホ毛の代わりに青い炎が頭のてっぺんから生えている。
「あ、ぃエぁ……ハ、いえあ……。ハ、レ、タ。ハイ、レタ、ハイレ、タ。――ハイレタ」
俺は、琴弧ちゃんの中に入ったんだ。
まだ体が馴染んでいないから上手く動かせない。
人の体で発生するのがおよそ百年ぶりだから上手く喋れない。
瞳から零れるものの止め方がわからない。
鯨の霊はどこかへ消えたらしい。
よかった。
よかったけど、わかってしまった。
また独りぼっち――。
(いや、でも微かに俺の魂以外にもある……。まだ、琴弧ちゃんはいる!)
そうだ、行かなきゃ。
もう足踏みはやめだ。
涙をぐしぐしと袖でふき取り、まだ慣れない足取りで足を運んで商店街を後にする。
舗装されていない道を歩き、街の端まで歩き続けた。
街の端にある透明な結界。
俺はこれを言い訳にして、このゴーストタウンから出るのを躊躇っていた。
でも、もう迷わない。
足踏みしない。
琴弧ちゃんともう一度……肩を並べて歩むために。
いつまでもめそめそしてたら、中にいる琴弧ちゃんに笑われちまうしな。
「ア、あぁー、あー。ん、うまく、しゃべれるように、なってきたな」
発声練習をした後、すぅーーっと息を深く吸い込む。そして、
「――いってきます!!」
パリーーンッ!!
今まで抑えていた霊力を全開放し、結界をぶち壊した。
もう夜明けだ。
開ききった瞳孔に光がさし、思わず目を細める。
まだ覚束ない足取りながらも、朝陽に照らされながら歩みを進めた。




