第8話 たった七日
『……あ、あれっ? 祓われて、ない……?』
琴弧ちゃんのお札で除霊されたかと思ったが、塵のように体が崩れることはなく、どこにも違和感はない。
ペタペタと自分の体を触り、何も異常がないことを確認する。
ふと顔を上げると、目の前の琴弧ちゃんは俯いて体を震わせていた。
「ぷ、くふ……あはははっ! これ本物の祓魔札じゃないから大丈夫ですよ~!」
彼女はコロコロとした笑いをして、目尻の涙を拭う。
ひらひらとジョーク用のお札を揺らす彼女。
どうやら、してやられたみたいだ。
『な、なんだ……びっくりしたしマジ焦った~~! じゃあ祓い屋って話もとかもジョークなんだな!』
「いや、それはほんとですけど」
『マジすか!?』
「マジです。ぶいぶいっ」
祓い屋、やはり世界にはそういう存在もいるのか!
俺が幽霊になってこの世界にとどまっていることからいるだろうなとは思っていたが。
『実際に会えるなんて思ってなかったぜ~。レアっぽいし』
「え? お兄さん何言ってるんですか? 祓い屋は今世界で一番有名な職業ですよ?」
『え……? い、いや、幽霊って見える見えないがあって、そんな有名になるなんて……』
「それは百年くらい前の常識です! 今は世界人口の約九割が幽霊の類が見えますよ!」
『…………百年で世界変わりすぎじゃね!?!?』
いや、百年も経ったら、普通はこんくらい世界って変わるもんなのか?
この街は百年前で止まっているから、何もかもわからないんだよ。
今の世界について詳しく聞きたいところだが、もう夜になる。
長々と話し続けるのは良くない。
『色々と気になることがあるが、今日はもう帰んな。もう夜が来る』
「嫌です! 今日からお兄さんとずっと一緒にいるんです!!」
『すげぇぐいぐい来るなこの子!? 俺が初心な男子学生だったら落とされてたぞ』
「それに――家に帰ったら死ぬ危険性があるって言ったら、お兄さんはなんて言いますか?」
琴弧ちゃんのおふざけの顔は一変、真剣なまなざしを向けながらそう問うた。
『……仮にそれが本当なら、どこかに保護してもらうとか……』
「祓い屋の家系の落ちこぼれの私に、頼れる人なんかいないんです。友人も一人くらいしかいませんし」
『…………~~ッ! あーーもうわぁったよ! ここにいる限り俺が守ってやるから!!』
「やったぁ~~!! 零太郎さん、大好きです♡」
『ぅぐっ……はいはい……』
ガシガシと頭を掻いて、もうどうにでもなれと言い放った。
彼女は心底嬉しそうに飛び跳ねた後、俺の腕に抱き着き、上目遣いで告白をしてくる。
ないはずの心臓が跳ねた気がするが、これは人との交流が久方ぶりなだけであってだな。
決して可愛い女の子に欲情しているわけではないのであって……。
心の中でそんな言い訳を並べつつ、俺たちを足を運ばせて一つの家へと到着した。
「ここがお兄さんのお家なんですか?」
『いんや、俺によくしてくれたばあちゃんの家。ここの唐揚げがマ~~ジで美味かったの』
「そうなんですね! 私も食べてみたかった~」
今の俺は、唐揚げ屋のばあちゃんの家を寝床にしている。
そこにこんな可愛らしい女の子を招くことになるとは、ばあちゃんも思いもしていなかっただろう。
とりあえず居間まで向かい、適当に座らせておく。
『悪いがお茶は出せないんでな』
「ゴーストタウンですもんね……大丈――」
『カプチーノかカモミールティー、どっちがいい』
「なんでお茶は出せないのにそんなお上品な飲み物が出せるんですか!? 普通逆ですよね!?」
『ん? いつの間にか置いてあったお供え物を拝借した』
昔この街で助けた人間が、俺のために置いていった……かもしれないものだ。
俺は食べ物も飲み物も食べれないから、賞味期限が来る前に消費してくれそうな子が来てよかった。
カモミールティーを用意し、早速彼女に今の世界について話してもらう。
「数十年前から幽霊の力の水準が爆上がりしたみたいで、そこから霊力を多く持つ人が生まれるようになったんです。世界は幽霊の存在を明確に認識し、悪霊を祓うための世界機関や条例、祓い屋が誕生したんです」
『はぇ~。俺がこの街に引きこもってる間にそんなことが……』
「祓い屋は自分の術式や技術を使って魔を滅する、いわばヒーローみたいな仕事なので人気なんです! ま、ダントツで殉職率ナンバーワンですけどね」
悪霊の被害が増えたので、耐震性ならぬ耐霊性の家などが建てられたり、低級の悪霊を祓えるスマホアプリもあるとのこと。
他にも防霊塩スプレー、使い捨て一人用簡易結界などなど。唆られる道具を見せてくれた。
てっきり百年後には車が空を飛んだりするかと思っていたが、霊関連で研究が遅れているのかもな。
『ところでなんだが、琴弧ちゃんはなんでこのゴーストタウンに来たんだ?』
「実は、私の祖母が幼い頃ここで助けてもらったって話をよくしてくれたんです。それでふらっと来てみたんです」
『おぉ、そうなんだな。優しい人もいたもんだな』
「多分それ、お兄さんのことです」
『なんだと!?』
百年前、幼い頃の女の子……助けた記憶なんか……。
あっ、もしや俺が生前最後に渦面から助けたあの子か!?
てっきり死相が出てると思ってたが、その後無事に生きたようでよかった。
しかし、世間は狭いものなんだな。
『さて、すっかり夜になったが、琴弧ちゃん本当にここに居座る気か?』
「あたぼうです! 一週間よろしくお願いしまーっす!」
『一週間も居座る気かよ!? はぁ……まあこれで琴弧ちゃんが無事になるならいいけどさ』
「たった七日ですが、お兄さんと寝食を共にできるなんて夢みたいです♡」
『さ、さいで。……あ! 食い物ねぇじゃん! 近くの川で魚でも捕まえっかー』
「お供いたします! さぁさぁ、魚どもをとっ捕まえてやりましょーー!!」
一週間、か。
なんで一週間かはわからないが、今までの寂しさが埋められるくらい孤独が消え失せている。
二人で、街灯すら点かなくなった夜道を歩きながら駄弁った。
それだけでとても楽しかった。
忘れかけていた人との会話の楽しさを思い出した。
琴弧ちゃんには感謝しなきゃな。
元気溌剌で、真っすぐで、とても可愛らしい祓い屋家系の女の子……。
そんな彼女が一週間後に霊に体を乗っ取られるだなんて、今の俺は知る由もなかった。




