第7話 少女との邂逅
百年が経過した。
いや、お前いつまでゴーストタウンで鍛え続けるん?
そんな疑問が生じるかもしれないが、備えあれば患いなしだ。
そう、俺は大海を知らない井の中の蛙!
いかんせんゴーストタウンで情報が入ってこないから、世界情勢の何もかもも知らない。
今の俺の実力も、きっと外では大したことないんだ。
だから鍛え続ける。たとえい独りぼっちだとしても。
『でも、本当に強くなったよな。俺』
並大抵の悪霊なら、俺の霊力をぶつけるだけで消滅する。
そしてもう一つ。試したことはないが、今の俺のポルターガイストならこの街全域を余裕で持ち上げられる。
内包する霊力が膨大なため、自分のポルターガイストでたまに圧縮したりもしていた。
そのおかげか、敵から見える俺の霊力量を誤認させることもできるようになった。
『街も、随分廃れたなぁ……』
ばあちゃんがいた商店街はすっかり荒廃して植物が生えている。
商店街外も、まともに住める場所なんてほぼない。
この街にあった神社もすっかり参拝者がいなくなり、荒神になってしまった神様を倒すのはさすがに消滅しかけた。
今の季節は冬の二月。
あとどれくらい、今の日々を過ごそう。
明日まで? 来週? 来年? 何十年後?
いや、きっとずっと俺は此処にいる気がする。
何か……何かしらの、俺の霊生を大きく変えるきっかけがない限り……。
『――ん? 街に誰か入ってきた』
ぼーっとしていると、俺の霊力探知に幽霊以外の何者かが引っかかった。
現在の時刻は昼下がり。肝試しではないだろう。何かしらの調査員か?
謎の人物を襲おうとする霊も今のところいないし、様子見でいいだろう。
そう思いながら、商店街の入り口にあるアーチに腰を下ろしながら息を吐く。
探知に意識を傾けていると、その人物が徐々にこちらに近づいてきた。
そして、その人物は商店街までやってきて、俺の瞳に映る。
『……女の子?』
俺の下、もといアーチを通り抜けたのは、アホ毛が生えている黒髪黒目の女の子だった。
制服を着ているし、中学生か高校生だろうか。
そろそろ日も傾いてきているし、帰るように言わなきゃな。
アーチから飛び降りて着地し、彼女のもとに向かって歩き始める。
生きている人間から幽霊の俺が目視されるのはごくわずかだ。
しかし、霊体全体に過剰などほどの霊力を込めれば、普通に見せることが可能である。
同時に触れることも可能だ! ……ま、ここ数十年は人に会ってなかったけど。
『そこのお嬢ちゃん。ここは危ないから立ち去った方がいいぜ』
「え? っと、とと、うわぁ!?」
『あ、危ない!』
その女の子はいきなり現れた俺に驚き、足元に転がっていたダルマの置物につまずいて体勢を崩した。
すぐさま駆け出し、彼女を抱きかかえて転ばずに済む。
『ふぅ。大丈夫だったか?』
俺が抱きかかえた女の子は、大きな目を丸くして何度も瞬きをしていた。
よく見たらこの子、めちゃくちゃ美少女だな!?
お淑やかそうで、整った顔で、たわわな果実が二つもあって……。
もし俺が悪霊だったら手ぇ出してたかもしらん。
今の俺は絶対しないがな!
「あ、え、その。お兄さん、ありがとうございます! ……やば、鼻血出てきた……」
『え、どっかぶつけたか!? すまん……』
「ちがっ、違うんです! そのぉ……お兄さんがメロくってぇ……」
『メロ……? よくわかんないけど無事でよかったぜ』
なんだ? 女の子の様子がおかしくなり始めたぞ。
顔をぽっと赤くして、瞬きの回数がめちゃくちゃ増えている。
何が何だかわからないまま、俺は彼女を下ろして向き合った。
「お兄さん、改めてありがとうございます! 私は天歹琴弧です!」
『俺は青天目零太郎だ。琴弧ちゃん、もうじき夜だから家に帰った方が――』
「零太郎さん……! 出会って間もないのですが伝えます! 一目惚れしてしまいましたぁ!!」
『わはは、そっかそっか。……はい? え、今、ナンテ……??』
女の子あらため琴弧ちゃんは、夕陽に照らされているから顔が赤いのか。
それとも先の言葉が聞き間違いじゃなかったから赤いのか。
そんな疑問がぐるぐると俺の中で渦巻いていたが、彼女が次に口を開けてそれがはっきりした。
「お兄さんに一目惚れしちゃったんです!」
『えぇ!?』
「私とお付き合いしてもらえませんかっ!!」
『ええぇ!?!?』
「一週間だけ!!!」
『えっ…………なんでぇ!?!?』
俺の驚嘆の声が商店街に響き渡る。
何を言っているんだこの子は!? は、ハニートラップ? にしては彼女、真剣すぎる顔してるな……。
数秒思考を巡らせた。
俺はもう死亡済みの亡霊だ。対して彼女は青春真っ只中そうな学生。
一週間だけというのもよくないだろう。
断らなければいけない。
『えーっと、気持ちはめっちゃ嬉しい! けどほら、俺危ないやつかもしれないぞ?』
「そんなことないです! 騙されてたとしても本望です!!」
『うーん。困った』
中々強情な子だ。
本当のことを伝えて、無理ということを示して見せよう。
『実は俺、もう死んでるんだ! このゴーストタウンを彷徨う亡霊なんだっ!!』
「亡霊……? あははっ、お兄さんって面白いジョーク言うんですね! じゃあ私からも面白いジョークを一つ……」
彼女はそう言うと、懐から一枚の紙を取り出して俺の体に押し付ける。
あれ? ってかなんでこの子、俺は霊体なのに触れて――
「実は私――祓い屋の家系の生まれなんです」
『……はぇ?』
よくよく見たら、今俺の体に貼られているこの紙、お札だ。
うまく読むことはできないが、「退魔」という字は辛うじて読める。
まさか……まさか本当に……!?
「お兄さんが手に入らないのなら……私がこの手で祓っちゃいます♡」
『えっ、琴弧ちゃ、ちょっと待ッ――!!』
バチュンッ!
何かが潰れ破れる最後の音は、嫌に耳に残った。




