第5話 ぶちかませ! 生前葬!
時間は流れ、夕暮れ時。
空が朱く染まり、影が引き伸ばされている。
そろそろ悪霊が跳梁跋扈し始める時間帯だ。
『渦面……本当に現れるのかね』
俺はばあちゃん家を後にし、商店街を徘徊しつつ周囲の警戒をしていた。
それほど強くない悪霊がぼちぼち現れ始めているが、件の渦面はいない。
ばあちゃんはきちんと戸締りしておいてと念押ししといたから大丈夫だとして、以前の俺のように巻き込まれる他人がいるかもしれない。
家を俺の霊力で包んで守るという手も考えたが、元々ある結界的なものが壊れたら不安だ。
なので特に何もせず、なるべく過干渉せず、目を付けられないようにした。
その後、辺りがすっかり暗くなるまで徘徊を続ける。
しかしながら、待てど暮らせど一向に現れる気配がない。
ばあちゃんは今日死なないんだ。
だから渦面も現れないんだ。
都合のいいように解釈をし、踵を返してばあちゃんの家へと向かう。
悪霊を片手で祓いながら家へ足を運んだ。
霊体の俺に、血なんてものはない。
けれど、ばあちゃんの家に着いた途端に、血の気が引く感覚がした。
『なんで……なんで、扉が開いてんだよ!?!?』
ばあちゃん家の扉が開きかけており、足跡が家の中に続いているのが俺の瞳に映る。
呼吸を荒くし、半開きの扉を思い切り開けて、全速力で居間へと向かった。
ばあちゃん! 叫びながら部屋に入るとそこには、魂から否定したい光景が広がっていた。
嫌だ、いやだいやだと、心が否定したがっている。
「ぁ……ぐぅ……!」
『魂、魂? タマシイ! ちョちョちちちちちョーーーーーーダイ!!』
顔面が渦を巻いているバケモノ。
それが腕を伸ばし、ばあちゃんの首を締めあげて持ち上げていた。
やつは相変わらず不気味な笑みを浮かべていて、対照的にばあちゃんは苦悶の表情だ。
心の底からの焦燥。されど、完全に理解するには数秒の時間を要する必要があった。
『え……う、渦面……? なんで』
なんでここに。
なんで入ってきた。
見間違えるはずがない。
俺を殺したやつだ。間違いない。
理解をした途端、内側から煮えたぎるマグマのようなものがせりあがってくる。
そして大噴火を起こすように、叫んだ。
『渦面ぁああああああ!!!!』
『オぉ――!』
ポルターガイストで渦面を掴み、玄関へと吹っ飛ばす。
家全体を俺の霊力で包み込み、他の悪霊が入ってこれないようにした。
ばあちゃんは解放され、床にどさっと落ちた。
ゲホゲホと咳き込む彼女に駆け付け、背中をさする……はずだったが、さすろうとしても透過した。
『ばあちゃん! 大丈夫か!?』
「けほっ、けほっ……あ、あぁ。大丈夫だよ。助けてくれてありがとねぇ、零ちゃん」
『どういたしましてだけど……なんで、アイツが入ってこれて――』
突然、漠然とした不安が押し寄せてくる。
あの時、ばあちゃんの家に入ったあの時。ピリッとした感覚がしたんだ。
あれはもしかしたら、幽霊が入らないようにするためのものが壊れたんじゃないか?
普通なら弾かれる想定だったけれど、努力をし過ぎたせいで壊れたのでは?
初めから家を霊力で包んどけばよかったのでは?
じゃあ……俺が。
俺のせいで。
俺がばあちゃんを危険な目に……!?
『あ、ぅあ……。やっぱり、俺、は…………救いようのないゴミじゃねぇかよ……』
家族が惨殺されたあの日がフラッシュバックし、ないはずの胃液が込み上げてきそうになる。
呼吸が荒くなる。
膝から崩れ落ち、畳に爪を立てながら拳を握りしめた。
「――しゃんとしんさい! 零太郎!!」
『ばあちゃん……でも俺、おれのせいで……』
「何があんたのせいか! あんたのせいじゃなか。あんたのおかげで助かった!
せっかくの大往生だってのに、最期まで……我が子同然の子の泣き顔なんか見たないんや!!」
息が詰まる。
ばあちゃんの言葉で背筋が一瞬、しゃんと伸びた。
けれど、だとしても!
罪悪感が、消えちゃくれない……!
『でも、俺は……』
「零ちゃん、あんたの境遇はよぉ知っとる。自分の弱さを自覚して、嘆いて……。
よく言うやろ? 〝弱さを自覚してる人ほど強いって〟」
『でも俺は、弱くて情けくて、ダメなんだ』
「自分の弱さ、情けなさ、意地汚さ、嫌悪感。それら全部抱えながら進む泥臭い弱者が、いっちゃん強いんよ。
今のあんたはただ進まず、足踏みしてるただの弱者やよ。私を真に守りたい言うんなら、泥臭くバカ騒ぎしながら進め!!」
ぎゅっと口をつぐんで、熱くなった目頭を下に向ける。
ポタポタと畳に染みを作った。
そして、ぎゅっと拳を握りしめ、畳をぶん殴って穴を開ける。
ペチンと両頬を叩き、前を向いてばあちゃんと顔を合わせた。
『……ありがとう、ばあちゃん。もう、大丈夫だよ。もう……もう絶対、逃げねぇ……!!』
涙を流して、なおかつ怒っていて、それでも笑ってて……。
あの渦面に負けないくらい、俺の顔面がぐっちゃぐちゃだ。
ばあちゃんにも笑われてる。
『ばあちゃんは寿命で死んでもらう。けど、外のやつらが邪魔だ……』
渦面以外にも、騒ぎを聞きつけた大量の悪霊が集まってきて家の壁を叩いていた。
いくら俺でも、一晩守り切るのは難しいだろう。
俺が何とかするんだ。もう逃げない。
もう、あいつに負けない。
「いい顔になったね。私が好きな顔やわ」
『はっ、ばあちゃんって昔っから面食いだもんな』
「最期までやかましくてかなわん」
立ち上がり、玄関まで向かう。
外にはバシバシと家の壁を殴る悪霊がざっと数十体。
渦面は様子見と言った具合で、奥で笑いながらこちらをジッと見つめていた。
「零ちゃん。あんたに呪いの言葉吐くわ」
『これから戦おうってのに!?』
「――〝いってらっしゃい〟。これで、『ただいま』って言うまでは死ねんだろ?」
『……そう、だな。ああ、最高の呪いだわ』
玄関に立ち、押し寄せる悪霊を前に息を吸う。
そして、
『んじゃ、いってきます!』
両手を外へかざし、真っ黒な霊力を持つ全悪霊を補足、そしてポルターガイストを発動させた。
ドゴォオン!!
外の悪霊が壁にめり込んだり、衝撃波だけで祓われた者が多数いた。
『最期くらいバカ騒ぎで逝きたいってばあちゃんが言ってたんでな……。ぶちかまさせてもらうぜ、生前葬ォ!!』
迷いを捨て、覚悟を決めた不敵な笑みで、渦面と悪霊どもに宣戦布告をした。
最期の夜、存分に暴れさせてもらおうか!!




