第4話 薄氷上の幸せ
――死んでからも努力をしてやる。
そう意気込んで、俺は一日のスケジュールを決めた。
まず朝から昼。
この時間でポルターガイストの精度を上げ、昼頃までに使い切る。
昼に気絶することにより、悪霊が出てくる前の夕方に霊力が回復されるのだ。
そして夕方から夜、そして朝方。
この時間帯では生きている人間がいないかの見回り、そして悪霊退治だ。
一日に倒せる悪霊の数。最初は指で数える程度だったが、今では三桁である。
めちゃくちゃ成長している!
この商店街はどうやら霊の通り道らしく、迷い込んでくる亡霊・悪霊の数が尋常じゃない。
おかげでみるみる強くなり、最初の百倍くらい霊力量が増えた。
霊体の俺に食事は必要なく、死んでから口にしたものは皆無だ。
『よし、今日の悪霊退治のノルマも達成ッ! くゥ〜、いい朝だぜ……』
朝の日差しが眩しく、蝉時雨が耳を穿っていた。
努力を決意した時は真冬だったが、今はもう真夏だ。
半年? 否。一年と半年ほど、この生活を続けている。
頭がどうにかなりそうな時は数えきれないほどあった。
けれど、そのたびに生前のあの惨劇を思い出して自制している。
『いつか結界をぶち壊して外にも出れるのでは!? いや、でも除霊師とかに祓われるやも……』
このまま引きこもり続けて、ゴーストタウンの治安維持をするのが吉なのかもしれない。
きっと俺は井の中の蛙だ。外の世界には俺より強い霊や除霊師がごまんといる可能性がある。
もっと、もっとだ。もっともっと強くなってから外に出よう。
朝の日課であるラジオ体操(withポルターガイスト)をしつつ朝日を浴びる。
ふと、俺の脳裏に過ったものがあった。
『そういえば唐揚げ屋のおばちゃん、最近体調悪そうで店休んでたな。大丈夫かな……』
唐揚げ屋のおばちゃんはだいぶご高齢だ。
さらに、店はワンオペで回していていつも大変そうだと思っていた。
体を壊すのは無理もない話だろう。
『日課も終わったし、ちょっと見に行くか』
壁をすり抜けながら移動し、いつもの唐揚げ屋の前まで到着。
そこのカウンターにはおばちゃんが座っていたのだが、明らかにやつれた顔をしていた。
こんなに無理してまで店をやらなくてもいいのではとも思ったが、無理してでも続けたいのだろう。
俺だって無茶して努力し続けてきたし、現在進行形で続けている。
俺におばちゃんを止める資格はないし、止めたくても見られない、聞こえないからな。
そう、思っていたのに。
「え……零、ちゃん……!?」
『――は、え、なんで、見えて』
目が合っている。
おばちゃんが瞠目させ、何度も何度も目を擦って俺を見つめてきていた。
俺に手を伸ばし、頬に手を添えようとしている。
だが、手はすり抜けて空を切った。
『え……えっ? なんで、なんで見えてんの!? 俺っ、幽霊だぜ!?』
「…………よくわからんけど、生きてる間にまた見れて嬉しか……。お帰り、零ちゃん」
なんで見えているのか、気になって仕方がないさ。
けど、それ以上に自分の目頭が熱くなっている感覚にも驚いた。
また、もう一度喋れるなんて思いもしてなかった……っ!
『っ……! た、ただいま……ごめん、ばあちゃん……。勝手に死んで』
「ほんとさね。ほれ、早う家入りんしゃい。注文した唐揚げ百個、食ってもらわにゃ赤字さね」
『――ははっ! それもそうだな。お邪魔します!!』
店舗兼住宅であるこの唐揚げ屋。
その入口から招かれ、俺は恐る恐る敷居をまたいだ。
弾かれることはなかったが、ピリッと静電気のようなものを感じた。
家主が招けば問題はないのか?
俺はばあちゃんの背中を追って歩き、見慣れた居間まで到着した。
「にしても零ちゃんが霊にねぇ……」
『えっ、ダジャレ? ……アハハーハハハ!』
「義務笑いをすな。全く、髪も真っ白になっちゃって、頭から炎も出てるし」
『えっ!? 待って、俺の見た目ってどうなってんの!?』
幽霊になった俺の姿は鏡に映らなくなったので、顔面事情はわからない。
詳しく聞いてみると、青い目で真っ白な髪、頭のてっぺんから人魂のような青い火が飛び出ているとのこと。
なんで頭から火が出てんだよ。俺ぁ蝋燭人間かい?
「零ちゃん、一体あの時、何があったんだい?」
『ああ、実はやべーバケモノに襲われたんだ。顔面が渦巻いてるやつ』
「…………それ、〝渦面〟かもしれん」
『? ウズラ? 何じゃそら』
険しい顔で、ポツリと何かを呟いていた。
座布団に座り、ウズラだかなんだかを詳しく聞いてみる。
「この商店街の建設工事中、顔が機械に巻き込まれて顔がぐちゃぐちゃになって死んでもうたもんがおったらしい。それからたまに、死ぬ直前の人の前にその霊が現れる……って怪談が現れたのさ」
『渦を巻いた面だから渦面かぁ』
ばあちゃんが話してくれたその霊が本当のことだとしたら、襲われかけていた女の子は死期が近かったってことになるよな。
あの後大丈夫だったんだろうか。俺に〝死期〟が移ったのならそれでいいんだけれど……。
まあそれは一旦置いておき、俺が死んでから渦面と遭遇しない原因が分かった。
死期が近い者を襲うらしいが、この街にはもう住民がほぼいない。
だから出現しなかったということだろう。
もしかしたら、もう現れることなんてないんじゃ――
「――今夜あたり、現れるかもしれんな」
『……は。なん、で? なんでそう言い切れんだよ、ばあちゃん』
「自分のことはよぉわかっとるのさ。私は……もうじき死ぬ。零ちゃんも、ほんとは気ぃついとるんやろ?」
『………………』
驚くことに、ばあちゃんの言葉にさほど驚きはしなかった。
わかっていた。わかっていて、わからないふりをしようとしていた。
日に日にやつれていき、ついには霊である俺が見えるようになったんだ。
もう……寿命だって……。
「そう悲しそうな顔しなさんな。最期くらいバカ騒ぎされて逝きたいもんよ」
『……ッ! そう、だな! よっしゃ、ばあちゃんは必ず老衰で殺す! 悪霊なんかに殺させねぇ!!』
「ふふ、あんたは昔っから頼もしいねぇ。けど同時に、自分の本音を隠したがるのがよくない癖やよ」
『へいへ~~い。生前から聞き飽きてるっての』
いつも通り、あの日々と同じようなやり取りだ。
ゴロンと横になりながら適当に返事をし、ばあちゃんはやれやれと言わんばかりに溜息を吐く。
とても嬉しそうであり、今にも泣きそうでもある表情だった。
彼女は重い腰を上げ、唐揚げの準備をしてくると言った。
今の俺は食べられない……と思ったが、お地蔵さんやお墓などのお供え物としてなら食べられるのかもとのこと。
俺もばあちゃんにつられて笑う。
こんな幸せがずっと続いてほしかった。
けど、もうすぐお別れなんだ。
また、寂しくなるなぁ……。
けどまあ、最期くらいは何事もなく、ちゃんとお見送りをしよう。
この家にいる限り大丈夫だとは思うが、後でパトロールもしておこう。
――その考えが間違っていた。
浅はかだった。
家を後にすべきではなかったんだ。
俺がこの家に入ったことにより、玄関に貼られていたお札が真っ黒に焦げているという事実に気が付かなかった。
……悪霊の侵入が可能になってしまったんだ。




