追放聖女は温野菜で全てを乗り切る~断罪した王子はビタミン不足で唇がひび割れます
「リリアーナ!
君の『温野菜』などというふざけたスキルにはもう辟易だ!
聖女ならば民に祝福をもたらすような力をみせろ!」
王宮の大広間に、エドワード王子の罵声が響き渡った。
私は手に持っていた小さなセイロをぎゅっと抱きしめ、首をかしげる。
「でも、王子。温野菜ほどの祝福はございませんわ。とてもあったかいですもの」
「暖かいなら暖炉で十分だ!野菜を温めるだけのスキルなど召喚聖女として、わが国には不足だ!」
「ですが、厚生労働省の基準では1日350gの野菜が必要です。
温野菜なら『かさ』が減って食べやすくなりますし、栄養も満点ですわ」
「また、わけのわからぬことを!」
「いえ、これは厚生労働省の……」
「うるさい!『コーセロードシオ』など知らぬ!
そもそもお前のそのスキルはただの調理技術ではないか!」
「そのとおりです。誰にでも温野菜は平等です。それこそ民への祝福でしょう」
私は堂々と反論した。
「減らず口を!貴様のような芋臭い女、聖女の座から追放だ!
今すぐこの国から出ていくがいい!」
こうして、私はセイロ一つを持たされて王都を追い出された。
★☆
「あぁ、ついに追い出されちゃったわね。でも、この子がいれば大丈夫ね」
私、リリアーナは、現世の日本で自室のアパートで野菜を蒸している最中にこの世界に召喚された。
手持ちのアイテムは愛用のセイロだけだ。
もともと料理は苦手だが、蒸せばなんとかなる温野菜は私の生命線であった。
それは現世でも、この異世界でも変わりはない。
「リリアーナ様!カイルも連れて行ってください!」
従者の少年カイルが、大きな荷物を背負って私を追いかけてきた。
くせっけが揺れていて可愛らしい。
「リリアーナ様!カイルはどこまでもお供します」
「カイル、ごめんなさい。
私に付いてきても、美味しいお肉は食べられませんよ?
育ち盛りには厳しい生活になりますわ」
カイルはまだ12歳だ。
追放された私についてくるのは不憫なことだ。
しかし、カイルの目はかつてないほど真剣だった。
「リリアーナ様、私はリリアーナ様の『温野菜』のためなら、どこまでもついていきます」
「仕方ありませんね。では、たまには野菜に豚肉を巻いて蒸して差し上げましょう!」
「やったぁ!」
無邪気にはしゃぐカイルを、私は温かい目で見守った。
二人が辿り着いたのは、王都から遠く離れた南の「くらがりの森」だった。
普通なら絶望するような場所だが、私は豊かな植生を見て瞳を輝かせた。
「カイル!見なさい!この土、ミネラルがたっぷりですわ!最高のお野菜が育ちます!」
私は大地に聖女の魔力を注ぎ込んだ。
それは王宮では使う機会がなかったスキル『豊穣の土』
食べたことのある野菜を自在に育成できる便利な能力だ。
(考えてみたら、このスキルを使えば追放されずに済んだかも?
でも王宮には良い土がなかったから、しかたないわね)
そんな思考を巡らせている間に、みるみる辺りには新鮮な野菜があふれ出した。
玉ねぎ、かぼちゃ、キャベツ、サツマイモ……両手いっぱいに野菜を収穫する。
「さてと、どこかにかまどがあれば温野菜が楽しめるのだけど……」
森の中では、調理が難しい。
「リリアーナ様、森の向こうに宿屋が見えます!」
目ざといカイルが建物を見つけた。
私はそっと宿屋に入る。
「すいません。お願いがございます」
「おぉ、これは聖女リリアーナ様、どういったご用向きで?」
人の良さそうな宿の主人が出迎えた。この地までは聖女追放の知らせは来ていないようだ。
「こちらでかまどを貸していただけませんか?」
「かまいませんが……おお、その野菜で温野菜を?聖女様の温野菜がいただけるとは、大変光栄です」
借りた台所で、まずは簡単な蒸し料理を始めた。取れたばかりの玉ねぎの上下を切り落とし、皮を剥きます。上部に十字の切り込みを入れて、湯気が上がったセイロに入れ、10分待つだけ。本当はバターでもあればいいのだが、まずは塩だけでも、十分美味しいはずだ。ふたを開ければ新鮮で香しい匂いが台所に満ちる。
店主は腰を抜かさんばかりに驚いた。
「ただの玉ねぎがこんなに甘く……!塩が玉ねぎの甘さを引き立てているのですね!?
なんと素晴らしい!さすが聖女様だ!」
それからはトントン拍子に話が進み、私は宿の台所で「リリアーナの温野菜」という食堂を開くことになった。
提供する温野菜は健康にいいと瞬く間に評判を呼んだ。
「まるごとブロッコリー蒸しで、長年の腰痛が治った!」
「キャベツのざく切り蒸しを食べたら、ドラゴンを倒せた!」
「彩り野菜のせいろ蒸しの『いろどり』を見ただけで、目が良くなった!」
と評判が評判を呼び、森の周辺だけでなく、近隣から様々な人……冒険者、吟遊詩人、商人、さらには王侯貴族までが押し寄せた。
「リリアーナ様!今日もお客様がたくさんいらっしゃってます!」
カイルもかいがいしく働き、私の日々は喜びに満ちていた。
★☆
一方、王都は悲惨な状況に陥っていた。
温野菜を失い、肉やお菓子の暴飲暴食に耽る日々。
特に、エドワード王子は深刻な体調不良に襲われていた。
「……うう、腹が張る。肌もボロボロだ……」
王子は鏡を見て絶望していた。
王都の至宝と呼ばれた美しい肌はかさつき、吹き出物まみれになり、重い便秘で動きも鈍くなっている。
口さがない者は、これを「追放された聖女」の呪いだと噂した。
そんな中、さらに不穏な情報が舞い込む。
南の地で、聖女リリアーナが温野菜で世界を支配しようとしているというのだ。
「リリアーナめ!追放で許してやった私の温情を忘れ、王国に牙をむくというのか!」
怒り心頭の王子が密偵を放って調べると、周辺国の王侯貴族たちがこぞって私の店に並んでいるという事実が判明した。
「おのれリリアーナ!なにが温野菜だ!
卑怯な手で敵国と結託し、私と王国を危機に陥れるとは!兵を出せ!」
王子が歯を食いしばると、唇の割れ目から血が流れ出た。ビタミンが足りてないのは明らかだった。
すぐに兵士が招集されたが、皆どこか元気がなかった。
「……王子、立ちくらみが……」
「……口内炎が痛くて声が出ません……」
「……疲れが出やすいのです……」
鎧や槍も重たそうで、とても戦いに行けるようには見えなかった。
だが、怒り狂った王子は、そんなことにもかまわず兵たちを率いて、リリアーナの食堂へと向かった。
ビタミン不足の兵たちの行軍は遅く、「くらがりの森」の食堂にたどり着く頃には、全員が這う這うの体であった。
★☆
「さーて、今日もがんばるわよ!」
私はたくさんのセイロの前で腕まくりをした。カイルが見よう見まねでセイロを作ってくれたのだ。元の世界のセイロより、不格好だが、その分いいかんじで蒸気が逃げるので、使う分には問題ない。
なによりカイルがかいがいしくつくってくれたセイロを使って、料理できると思うと嬉しくて仕方がない。
私がセイロの前で野菜が蒸し上がるのを待っていると、外から聞きなれた声が聞こえてきた。
不機嫌な王子の声だ。
「リリアーナ!追放されたことを逆恨みし、王家に仇なすとは許せぬ!捕らえて一生幽閉してくれる!」
やつれた王子が、リリアーナ食堂の前で叫ぶ。
私はセイロを手に、悠然と王子を迎えた。王子の顔色は土気色で、肌荒れもひどい。
「あら、王子。ごきげんよう……と言いたいところですが、お顔の色が優れませんわね?
ちゃんとお野菜を食べていらっしゃいますこと?」
「会う早々、イヤミか!」
「イヤミではありません。野菜は健康に大事だと申し上げたではありませんか。厚生労働省の基準では一日350gの野菜が……」
「またその呪文『コーセーロードシオノキジュンデハ』か、それは呪いの言葉ではあるまいな?!」
思いもかけないあきれた難癖に、私は声も出ない。
「お前を捕らえ、王国の塔に幽閉する!命を取られないだけありがたいと思え!」
王子が剣を構え、私ににじり寄ってくる。
「何が温野菜だ!」
振り下ろされた剣が、重厚な鍋にはじかれる。
鍋の持ち主は、少年カイル。
小さくはあるが、以前よりわずかに背は伸び、その目には戦う意思が宿っている。
「貴様はリリアーナの従者カイル!王家に歯向かうつもりか!」
王子は激昂する。
「私はリリアーナ様にのみ仕えます!王でも王子でも関係ありません!」
脅しに堂々と対するカイル。
「うるさい!野菜ばかり食べているやせっぽちがぁ!」
王子の剣がカイルめがけて振り下ろされる。
「リリアーナ様を害する者は、このカイルが倒します!」
カイルがそう言うが早いか、素早い動作で王子の懐に入り、鍋で剣を弾き飛ばした。
そのまま鍋ごと体を預け、王子を地面に押し倒す。
遠巻きに見ていた兵たちは、あまりの展開に動揺を隠せない。
「くそ!チビのお前にやられるとは!」
悔しそうに呻く王子の前に、カイルは堂々と立ちはだかった。
「日々、リリアーナ様の温野菜をいただいて訓練してきた結果です!」
「野菜ばかり食べているやせっぽちなお前が……!?」
「リリアーナ様はアスパラの豚肉巻も作ってくださいます。栄養バランスは完璧です」
「馬鹿な!温野菜は野菜だけではなかったのか!?」
私はふふっと微笑んだ。
「セイロで肉を蒸してはいけないという法はございませんわ。
肉と野菜を一緒に蒸した料理は格別ですのよ。」
「くそっ!ずるいじゃないか!」
エドワード王子は仰向けのまま、子供のように悔し涙を流した。
「あらあら。せっかくの美しいお顔が台無しですわ。これで顔をお拭きなさい」
私は王子に歩み寄り、温かな布を彼の顔にかけた。
「あ……温かい!これはいったい?」
「セイロで蒸したタオルですわ。血行が良くなり、心も落ち着きます」
「なに……セイロで……?……あぁ……」
セイロと聞いてタオルを引きはがそうとするが、その温かさに抗えず身をゆだねる。
温かい布がかさついた肌をしっとりと包み込み、涙で濡れた眼にもじんわりと熱が戻ってくる。
「あぁ……このぬくもり……これがリリアーナのぬくもりか……」
王子はタオルを掴んだまま、べそべそと泣き続けた。
ひとしきり泣いた後、王子は弱々しく言った。
「リリアーナ、僕が悪かった。どうか王宮に戻って、温野菜を僕にふるまってくれないか?」
「ごめんなさい。私は王宮を離れて今とても幸せなのです。この森で、セイロとカイルと共に生きていきますわ」
王子は自らの過ちを後悔し、泣きはらした顔のまま森を後にした。
「リリアーナ様!カイルはがんばりました!ごほうびにいつものアレを作ってください!」
「『キャベツと豚肉の重ね蒸し』ですね。もちろんですわ!」
「やったぁ!」
世界を救うのは、剣でも、祝福の魔法でもない。ただ丁寧に蒸しあげられた、温かい野菜なのだ。
リリアーナの温野菜伝説は、まだ湯気を上げ始めたばかりである。
(完)
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